「お前は社会の役に立っているのか?」
〜生産性という言葉をめぐって〜

先月上旬、大学時代からの友だちのアマンダとパートナーのエイミー(二人は、雑誌『Kotoba』でかつて取り上げたことのあるレズビアンのカップルです)のところに子どもが生まれました。元気な男の子です。新しい命の誕生を心から祝福したいと思います。

皆さま、こんにちは。
安希@ポーランドのクラクフでこのブログを書いています。

少し前になりますが、LGBT(日本の政治家の理解において、子を産み育てない人間、とされている人々)への支援をめぐって「生産性」という言葉が使われました。「生産性がない」という否定形で使われました。どのような内容だったのか気になってはいたものの、旅が忙しくてなかなか調べる時間がなく、昨晩になってようやく原文に目を通すことができました。一読した感想は、やや拍子抜けした・・といったところでしょうか。LGBTを巡る記述も、そうでない部分も、かなり適当と言いますか、真剣に書かれた文章ではないんだろうなという、軽めの印象を受けました。初歩的なミス(例えば、アメリカの首都はニューヨークです、レベルの初歩的な間違い)や、文章のねじれ(今年は雨が降らなかったので池の水が溢れそうだ、のようなねじれ)が散見されました。ざっと一読しただけでも「?」と首を傾げた箇所が、6つほどありました。おそらくこの文章を書いた議員さんは、LGBTのことはあまり知らないし、良くも悪くも興味はないのだろうと思います。あの文章を掲載した理由は、LGBTについて議論するためではなくて、「朝日新聞」を叩きたかったから、だと私は理解しました。なぜかというと、朝日新聞をとりあえず叩くと特定の層から熱狂的な支持を獲得できるから。特定の読者を意識した文章、つまりは支持者へのアピールを目的とした、ただそれだけの文章という印象を受けました。

他方、今回議論を呼んだ「生産性」という言葉については、使われた対象(LGBTや子作り)に関係なく、その言葉自体が持つ意味について、少しばかり立ち止まって考えてみたいとも思いました。ですから今日は、使う人や使われ方によって何かとてつもないザラつきを心に残すこの「言葉」について書いてみることにします。

生産性とは何なのか?

今回、政治家がLGBTへの支援を否定する意味合いで「生産性」という言葉を使ったことは、特に驚きではありませんでした。政治家が自分に必要な支持を獲得するために社会に存在するマイノリティを攻撃すること、社会の分断を煽ることで支持基盤を固めるというのは、これまでも繰り返し用いられてきた手法です。特に経済成長が鈍化した社会ではよくあることです。経済が成長を止めてからのこの何十年かの日本をざっと振り返ってみるだけでも、生活保護受給者や外国籍の人などが攻撃の対象とされてきました。今回はたまたま「LGBT(と朝日新聞のセット)」が対象に選ばれた、という程度のこと。まったく驚くべきことでも、珍しいことでもありません。ただ、言語道断である、というだけです。

経済成長が鈍化した社会で、政治家が「生産性」という言葉を用いて民衆を煽ると何が起きるか?社会は窮屈になり、人々は病んでいくことになります。生産性という呪縛に絡めとられていく。それがこの30年近くの間、ずっと日本を覆い続けてきた病魔の一つだったのではないか、と私は思います。

『お前は社会の役に立っているのか?』

「生産性」という言葉を用いて、政治家が(また煽られた民衆が)、「生産力」をバロメーターに人々を選り分け、貢献度によって優劣をつけるようになると、人々は「自分は貢献できているだろうか?」と不安を感じるようになります。「みんなに遅れをとってはいけない」と、他者と自分を比較して、焦りを感じるようになります。「もっと人の役に立たなくては」というプレッシャーを感じるようになります。

生産的でなければいけない、というプレッシャーは、人をいろいろな病へと追い込んでいきます。病み方は人それぞれです。生産的で役立っている自分を過度に演出したり強調したりする(自己犠牲的な労働であったり、意識高い系wであったり、強い承認欲求であったり、奇妙な上から目線であたり、過剰な競争意識であったり)というのは、現代日本を象徴する病の一つです。逆に、人によっては萎縮したり虚無感に苛まれていったりする場合もあります。非生産的で役に立たない自己像に失望していく(自分は無価値な人間だと考えたり、ついには生きている価値もないと絶望してしまう)という病もあります。

『自分は社会の役に立っていないかもしれない』

「生産性」という言葉を用いて、政治家が「国家に役立つ」人間像を定義し、貢献度によって待遇を変えるようになると、人は「非生産的かもしれない自分への恐怖」に怯えるようになります。人よりも役立っている自分を必死でアピールするようになるし、一方で自分より少しでも役立っていなさそうな人を探し出して叩きはじめます。例えば、「私は一人ではなく、二人も子を産んだ」とか、「少なくとも私はこんなに納税している、それに比べてあの人は」といった具合に、粗探しやダメ出しが果てしなく続いていくことになる。

生産的でなければいけない、というプレッシャーは、人を非寛容で攻撃的にします。人々は、お互いを監視し合うようになり、そうしているうちにお互い疑心暗鬼に陥り、やがては通報し合うようになる。そして最後は「非生産的なもの」の排除へと向かいます。その過程で人は保身を求めて、より「大きなもの」「強きもの」「多きもの」への同化を望むようになる。言い換えれば、権力に媚びるようになっていくわけです。つくづく嫌な社会ですね。笑

「生産性」のプレッシャーがもたらす病は、人を不安にさせたり、焦らせたり、攻撃的にさせたりと、いろいろな形で社会の中に現れてくるわけですが、カルト宗教への誘惑もその一つだったんじゃないかと思います。

オウムをはじめとするカルト宗教はどれも、「世界を素晴らしく理想的なものに作り変えたい」という強い願望から始まっています。世界を破滅させようとして始まったわけではないのです。入信する人の多くは、真面目で純粋な人が多いそうです。オウムで事件を起こした信者たちも、理路整然としていて学歴が高く、理想に燃えて入信した若者たちばかりでした。彼らは、俗世間のだらしなさに失望し、より崇高な世界を求めて入信しました。自分の能力が、人類の理想のために極めて生産的に活用できる理想郷を求めて帰依したのだろうと思います。

カルト宗教の世界は、雑多なものが支離滅裂に混じり合う俗世間からみると、胡散臭いというか嘘っぽい感じがしますが、それはその世界が極めて「純化」されているからです。純化とは、「その宗教世界の規格に合わないものを、徹底的に取り払っていくこと」です。人間の持ちうる能力を極限まで高めて真理を追求していた信者たちにとって、だらしなさ、無意味さ、非生産的なもの、非効率、非合理、というような、いわば「不純物」は、おそらく堪え難く邪魔なものだったでしょう。そして理想を追求しすぎた結果、オウムの定義において「不要」な人間は、「ポア」すればいいということになってしまいました。排除による純化と、純化によるさらなる排除の圧力。「生産性」という言葉は、使われ方を間違うと、人をこういう心境に追い込んでいくのではないでしょうか。

 

さて、どうしてこのようなエントリーをわざわざ旅の途中に書いているかというと、冒頭にもある通り、私は今、クラクフに来ているからです。ちょっと勘のいい読者なら、私が昨日1日をどこで過ごしたか、もうピンときたのではないでしょうか?はい、そうです、昨日はアウシュビッツにいました。

ナチスというのはそもそも、世界恐慌によって壊滅的な打撃を受けたドイツ経済の立て直しの期待を背景に台頭してきた政党です。そして支持率上昇の起爆剤として使われたのが、アーリア人の優越を謳った優生思想、民族主義、選民思想でした。人種的に純粋なアーリア人の国を作るために、そうでない人々や邪魔と見なされた人々が、次々と「不必要な人材」として指定され、強制収容所に送られました。収容所に送られた人の規模ではユダヤ人が圧倒的に多いですが、ロマ(ジプシー)やポーランド人、ソ連軍の捕虜、障がい者、同性愛者、政治犯、反社会的分子(例えば、避妊したドイツ人女性、つまりアーリア人の子を作ろうとしない“非生産的”なドイツ人女性)、エホバの証人の信者など、社会の中に存在していたあらゆるマイノリティが、ナチス政権の定義する「純粋なアーリア人の国」という理想国家の不純物として排除の対象になりました。政治家のさじ加減一つで、ある時から突然「社会のお荷物」とされたわけです。

『役立つ者と、役立たない者を選別する』

アウシュビッツというと、ユダヤ人がガス室送りにされて虐殺されたというイメージが強いと思います。それはもちろんその通りですが、全ての人がすぐにガス室に送られた訳ではありませんでした。アウシュビッツに到着すると、人々はまず、ガス室へ直行する組と、囚人として肉体労働をする組に選別されました(他には、人体実験に使われる組というのもあった。)老人、病人、妊婦、子ども、障がい者などは、「役立たない」と見なされて、すぐにガス室へと送られました。健康的な若い男性を中心に、「役立ちそう」な人は囚人として登録されて、飢餓や病気で絶命するまで肉体労働をさせられました。

映画:強制収容所での選別の様子は『シンドラーのリスト』を、囚人の労働の様子は『サウルの息子』を、同性愛者と強制収容所の関係は『Bent』を、ポーランドとナチスの関係は『戦場のピアニスト』を、アーリア人の優生思想をあおる映像は、リーフェンシュタールの『意志の勝利』と『オリンピア』を観て勉強してみてください。

『あなたは社会のお荷物です』

「生産性」という言葉は、使われ方次第では、社会を豊かにする前向きな意味を持つ言葉です。ただ今回のような否定的で、かつ偏狭な定義で使われると、私たちの社会を縛ることになります。その縛りに際限はありません。

「社会のお荷物」が特定されたあと、だから「お前なんて生きている価値もない」とマイノリティを追い詰めたのがホロコースト。だから「自分なんて生きている価値もない」と自らを追い詰めるのが自死です。

さて、バルカン半島から東欧を北上する2ヶ月間の旅もそろそろ終わりに近づいてきました。いつもと変わることなく、何も生産することはなく、ただただ、旅だけしてきました。旅をして、行く先々の街で、博物館や記念館や資料館、それから多くのモニュメントを見て回りました。フリーウォーキングツアーにいくつも参加して、朝から晩まで街を歩き回って、たくさんの話を聞かせてもらいました。とは言えやはり、これといって生産はしませんでした。(笑)万歩計をつけていたら、ちょっとした記録ぐらいは作れたかもしれないけれど・・。

ただ、こんな風にゆっくり、のんびり、あてもなく世界をほっつき歩いていると、何百年、何千年、またはそれ以上の時の流れの中を、人類がどんな風に生きてきたか、社会を作り上げてきたか、といったことが少しずつですが感じ取れるようになってくる気がします。人間の行動パターン、文明が栄えるときと衰退するときの分岐点などが、ある程度の類似性や法則性を持って浮かび上がってくるように思います。

 

写真:冒頭の写真はボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで撮った一枚です。アウシュビッツの写真ではなく、サラエボ市内の弾痕の写真でもなく、あえてこの一枚を選びました。今回の旅行中で、個人的に一番ドキッとしたのが、このモニュメントを目にした時だったから。ここに刻まれているのは、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で亡くなった子どもたちの名前です。自分と同じ年に生まれた子ども(当時12〜13歳)が、92年に亡くなっていました。戦死者の碑に自分の生まれた年が刻まれているというのは、前置きなしで突然目にするとドキッとするものですね。子どもたちの多くはスナイパーに撃ち殺されたそうです。サラエボオリンピックが開催された84年生まれの子どもも、紛争が勃発した92年に生まれた子どもの名前もあります。短すぎる人生です。

かつて、多種多様な宗教や民族や言語が入り混り、第二のエルサレムと言われるほどの繁栄を誇ったサラエボ(84年のオリンピックはその象徴だったんですが・・)は、チトー(民族主義の芽を徹底して摘むことで、ユーゴスラビアを一つにまとめあげていたカリスマ指導者)が死没したあと分裂が進み、最後は血で血を洗う民族紛争へと転げ落ちていきました。昨日まで一緒に暮らしていた隣人どうしでボッコボコに殺し合あうはめになりました。

市内のフリーウォーキングツアーを率いてくれたガイドさん(80年代半ばの生まれなので、紛争の生存者です)が、自分の街の誇りを語る時、繰り返し口にしたのが、「tolerant」すなわち「寛容」という言葉でした。かつて栄え、今またその姿を取り戻しつつあるサラエボのキーワード、それが「寛容」です。マケドニアでも、コソボでも、スロバキアでも、そうでした。若いボランティアガイドさんたちが、街の、文化の、文明の、歴史の、「繁栄」と「誇り」について語る時、何度もこの「tolerant」という単語を口にしました。寛容さを失いさえしなければ、「生産性」は自ずと、自然に、そして多様な形で、社会のあちこちで発揮されていくのではないでしょうか。雑多なものが入り混じっていてこその社会ですから。

こうして宿のキッチンに座って、1円の足しにもならないゴミブログを書いていたら、お昼を過ぎてしまいました。今日も生産性はゼロですが、まあ、これも人生さ、と開き直って、今からアイスクリーム食べにいってきます。

ではまた、ごきげんよう。
安希

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