忙しく旅してます

皆さま、こんにちは。
安希@コソボ北西の街、ペーヤに来ています。コソボに来てからやたらと忙しくなってしまって、気づいたら今日でちょうど1週間。来る前は首都で数日ぶらぶらしたらすぐにアルバニアに戻ろうと思っていたのに・・・。

コソボに来て最初の3日間は土砂降りで、特にやることもないだろうと思っていたらどっこい、出会いに続く出会いがあって、朝から晩まで予定がビッシリになってしまってました。でも、首都プリシュティナは治安がすごく良くて、昼夜を問わず歩き回るにはいい街でした。夜中に一人で徘徊しても不穏な感じはなかったです。さすがに夜11時から飲み会に誘われた時は、そんな夜から飲むのかい!?と思うのと同時に、バーまで一人で行くのは正直嫌でした。(私はめちゃくちゃ怖がりなので、夜一人で飲みに出歩くなんてことは、まあ、まずありません)
でも、警戒しつつ歩きだしたら、そんな危ない感じではなくて、23時からでも飲みに行ける治安だからこその「23時からの誘い」だったんだなと、納得。いいカフェとバーが本当にたくさんあるので、のんびり楽しむには本当にいい街です。

さて、プリシュティナでは、地元の若者(道端で出会って、そのまま意気投合して夕食を共に・・)や、台湾人のプロジェクトチームと仲良くなって、一緒に遊んでました。(台湾とコソボは、それぞれ中国とセルビア、それらをはじめとした取り巻きの国々から国家承認されてないという点で、少し類似してるんです。それで、そういう国同士関係を深めていこうというので、若い人たちが自ら立ち上がってプロジェクトをやってるんですね。すごく勉強になる面白い催しでした。ただ、日本の人にとっては馴染みのないトピックだから、ここにはあえて書かないけれど・・)

あと、コソボに来てから、宿にいる人の質がガラッと変わってきた感じがします。まあ、コソボですからね。イタリアやギリシャに行くのとはちょっと違いますよね。バルカン半島の国の中でも、クロアチア、ブルガリア、ボスニア・・・と行き先はいっぱいあるわけで、じゃあなんでわざわざコソボなの?ってなるわけです。だからコソボに来ている旅人は、(もちろん、通過点だから一応来てみただけの人もいるけど)、わりと何か思うことがあるとか、じっくりこの国を見たいとか、じっくり旅をしたいとか、どちらかというと地に足を付けたい、腰を据えたい、というような人が多いような印象でした。政治的な関心が高い人も多かったし、話していて本当に面白かったです。

飲み会と食事会続きで、やや睡眠不足気味だったプリシュティナ3日間の後、ミトロヴィツァというかつての激戦地であり、今尚、セルビア系の住民とアルバニア系の住民が橋一つ隔てた川の両サイドで強い民族意識を抱えながら暮らしている地域へ行って、両サイドを歩いて回りました。バスで仲良くなったアルバニア系の若者に橋の近くまで案内してもらったのだけど、彼女たちは橋は渡れないので、そこでお別れして私(と同行したメキシコ人のおじさん)だけ、川の反対側へ。そっちでは、通貨もセルビアの通貨で、セルビアとロシアの国旗がそこかしこに掲げられ、プーチンのポスターがあちこちにあり、という・・・雰囲気でした。もちろんアルバニア系側は、アルバニア国旗とアメリカ国旗があって、(コソボ建国にアメリカはものすごく協力・投資しているので、首都にはクリントンの像やブッシュの名のついたストリートまであるらしいです。超親米国家です)、丘の上からその分断された街を眺めていると・・・「え〜っと、冷戦」ですね。しかもやっぱりアルバニア系(アメリカサイド)の方が潤ってる・・・のが確認できたりして、興味深い光景でした。

で、その後、プリズレンという南西の街に移動して、そこから一気にアルバニアに国境を越えていこうと思ってたのだけど、このプリズレンという街がまたまた面白くてですね。ここはオスマン帝国の影響が色濃い、よりムスリム色の強い街なんだそうです。という事実は、もちろん街のあちこちにあるモスクや流れてくるアーザンを聞いていれば分かるんですけど、実はこのプリズレンに向かった日の朝、たまたま宿でトルコ人の学者に出会って、彼と一緒にプリズレンに行くことになったので、余計に「トルコの影響の強さ」を感じることとなりました。だって、トルコ語がどこでも通じるんだもん。プリズレンでは、言語の習得は、アルバニア語、トルコ語、セルビア語、英語の順になってるらしく(現地の人がそう言っていたが、家庭によって優先順位は多少違うかもしれない)、トルコ人の彼は、レストランでもバスでも、90%くらいはトルコ語で通せてました。

で、プリズレンの話もトルコの話も面白かったけれど、まあ、それは置いておきましょう。(シリアの難民情勢とか、クルド問題とか、ISISとか、トルコ経済とか、気になってたことは全部教えてもらいましたけど、彼のPoint of Viewもあくまで「一つの見方」という前提が必要だと思いました。日本の読者はあんまりこういう話は興味なさそうだから端折るけれど・・・)

で、プリズレン。トルコ文化の影響大という面白さだけだったら、予定通り1泊ぐらいでアルバニアに抜けてもよかったんですけど、しゃべっていたら、どうやらすごくいい山があるらしく、しかも翌日にはプリシュティナからのハイキンググループが山に行くらしい、と聞いて予定変更。そこからグループのオーガナイザーに電話して、予約。そして翌朝には、2200メートルの山へ。

いや〜〜〜〜〜、いい山でした。2000mの峠を三つ越えていくコースでしたけど、天候にも恵まれて本当に良いハイキングをさせてもらいました。でも、こっちのハイキングは、「すぐ休む。すごく休む」ので、超スローペースすぎて、下山してきたら夜の9時を回ってました。まったく統制の取れていない、だらだら、ゆるゆる、みんなが好き勝手な場所で、好きなだけ休んだり、食べたり、寝たり、遊んだり、自由気ままなトレッキングでした。日本だったら絶対にああいう風にはならないわ。(笑)おばちゃん的には、体が冷えるから、もっとさっさと進みたかったんですけど、日本にいたら、こんなに「じっくりと山に親しみ、景色を目に焼き付ける」ような登山はできないな〜と思うと、彼らの山の楽しみ方は、それはそれで新鮮であり、尊いもののように感じられました。

もちろん、休憩中の楽しみは、地元の参加者たちとおしゃべりです。そしてもう一人、11歳の時に戦火を逃れてフランスへ渡り、難民認定を受けて成長したという方にも出会いました。大人になった今、もう一度自分の祖国、自分のアイデンティティを確かめたいということでコソボに旅行にきた、というフランスパスポートのコソボ人の女性です。彼女からは、難民問題についての思いを聞かせてもらいました。とても貴重な時間だったと思います。彼女は、安定を取り戻したコソボに戻り、こちらで生きていくことも検討しているそうです。

彼女曰く「コソボにいる若者は、ここを出てアメリカや西ヨーロッパに行くことこそがチャンスであり夢だと思っているけれど、私は逆にフランスに育ててもらって、外からの視点でこの国を見られるので、コソボにこそチャンスがあるように見える。だから、何かやってみたいと思っている」と。

山っていいでしょ? 出会いがあって。^^

そんなわけで、今日からはペーヤという、これまた山が素晴らしい街にやって来ました。プリズレンで一緒だった日本人の女性バックパッカーさん(筋金入りのパッカーさんで、彼女、本当にいい旅をされてるんですよ。いい出会いでした)に山のことを教えてもらって、急遽、アルバニア行きを延期して、再びコソボ内を移動してきました。(プリズレンの宿で一緒だったシンガポール人のフリーランスの雑誌編集者の旅人さんと一緒にバスで来ました。彼女の生き方も、これまた面白いです。ネットで仕事ができる時代になって、バックパッカーのあり方も多様化してきましたね)

コソボって、小さい国なんですよ。でも、出会う人が面白すぎて、山がきれいすぎて、歴史が複雑すぎて、なかなか出国できません!!!! 帰りのフライト確保してるから、こんなぼやぼやしてられないんだけど。焦るおばちゃん!でも、山にはやっぱり登りたい。

てなわけで、すんごい忙しいです。ブログ書いてる暇なんかないわい!でも、書いちゃったけど。

ではまた、ごきげんよう。

安希

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