190.楽しくなくてもいいですか? (アメリカ) ド田舎の農村で、舞台創作をはじめて10日目。そろそろ、はっきり言わせてもらいましょう。

皆さま、こんばんは。

安希@カリフォルニアの片田舎で舞台創作をやっています。
Arvinという小さな街で、9割がメキシコ系の移民、スペイン語が日常的に話されているような、いわゆる僻地農村ですね。
そんな場所で、芸術に触れたことなんて一度もないような人たちを巻き込んでステージを創る企画です。
こんな風に書くと、何だか意義深く面白いプロジェクトのように見えるのですが、(そして実際にそうなのだけれど)、いざ現地でプロジェクトを始めてみると、やはり日本で想像していたような〝ひたすら充実した感動の創作活動!”のようにはいかないのです。

プロジェクトは、Community-based theater なるものを26年間専門にやってきたプロの集団と、夏の間だけ参加する研究生10名、それと地元の人によって構成されています。
で、おばちゃんのポジションはというと、研究生。
このポジションに入れてもらうために、エッセイを書き、面接を受け、推薦状を書いてもらい、少なくはない参加費(学費)を納め、参加にこぎつけました。そして猛烈なペースで仕事を終わらせ、あるいは中途半端のまま投げ出し、あるいは断り、この一か月のために時間を作って、とても楽しみに、また気合を入れて9年ぶりのカリフォルニアでのプロジェクトに乗り込みました。

ところが、この10日間、何をやっていたかというと、
地元の人にオーディションに参加してもらうために炎天下でのビラ配り(カリフォルニア内陸のこの時期の農村の気温は、日中は40度近くになります)。
見知らぬ地元の人たちに、「すみません」と声をかけ、オーディションに来てくださいね~と笑顔を振りまいてビラを撒く。

次にオーディションに合格した40人近い人たちと一緒に、舞台稽古が始まったのですが、脚本は英語とスペイン語が半々で、しかも地元の歴史や生活がもとになったものとあって、とにかく主役は地元の人々。
我々裏方は、演技経験ゼロの地元の人に「来てくれてありがとう~」の気持ちで手取り足取りしながら、地元の人の練習場にモップをかけ、便所掃除をし、舞台セットのペンキをひたすら塗り・・・と、毎日8時半から22時頃まで作業に追われています。

で、おばちゃんは思った。 「ツマラナイ」と。

こんなことをするために、私は何千ドルも払ったのだろうか?
仕事を中断していていいのだろうか?
貴重な一か月を費やしていていいのだろうか?と。

そのフラストレーションはハンパなものではなく、心がと~っても暗くなってしまいました。
地元の人に素晴らしい舞台創作の経験をしてもらう、という真っ当なコンセプトに論理としては賛同できるのですが、自分の置かれた立場のあまりの惨めさに、何と言うか胸が苦しくなりまして・・・。
しかも今年は、例年になく研究生の平均年齢が低く、もうおばちゃんとは一回りも若い子たちばかり。ティーンエイジャーに交じって、ペンキを塗り、しかも自分のつたない英語力のせいで顎で使われたりするこの屈辱を、なぜこの歳になって味わわなくてはいけないのだろうか?と。

そして最悪なのは、本当なら歓迎すべき地元の人たちに対してまで妙な敵対心が湧いてきてしまったことです。

何か月も前から楽しみにして金を支払った自分が、モップかけをしながら見ている脇で、たまたまオーディションに呼ばれてやってきた地元人たちが、つたない演技をしている様子をみて、それを素直に喜べなくなってしまったんですね。
(自分自身が、一生懸命笑顔を振りまいて、お願いして連れてきた地元の人たちだったのに・・・・)

自分の中にある心の暗さというか、嫉妬心というか、変なプライドというか、いろんなものに打ちのめされました。
歳のせいもあって、「何者でもない自分」や「役に立たない人」でいる辛さが、学生時代なんかとは比較にならない重さで襲い掛かってきた10日間でした。(周りの若い学生さんたちは、インターンシップのような気持ちで取り組んで、あとで履歴書に書ければいいや、という考えや、大学の単位に認めてもらったり、夏休みの間のちょっと気の抜けたプロジェクト程度の緩さで臨めるのかもしれないですが、おばちゃんになると、一か月仕事を休むのはいろんな意味で大変なのです。うんうん。)

そんなことで、ものすごーく暗く、ネガティブになっていった10日間でしたが、一つ面白い現象に気づきました。
それはアメリカ人の前向きな発言です。

朝晩、二回のミーティングの度に一人ずつ「今の自分の気持ち」なるものを発言するのですが、その時の言葉のポジティブさに、(分かっていたこと)とは言えカルチャーショックを受けました。
「素晴らしい!」「ワクワクしている!」「みんなに感謝したい」「感動だ!」みたいな言葉の連呼です。

そんな輪の中で、むちゃくちゃ暗い気持ちを抱えているのに、おばちゃんなりに無理に笑い(白い歯を見せてね)、「いいね!」なんて言ってごまかしてきたのですが、心の中では「ウソつけ!モップかけのどこがワクワクやねん!」みたいに吐き捨てておりました。はっはっは。

そして10日目(初めての休暇の前日)の朝、初めて研究生だけでのミーティングがありました。その時におばちゃんは、ついにみんなに打ち明けました。(というか、もうこんなことに時間とお金を使うのはムダなので、途中で辞めにして、もっと違うプロジェクトに移ろうと思っていた)。

「正直言って、ツマラナイ」と。

すると他の生徒が、「実は私もそう思っていたの!!!!」と共感してきたのです。

で、一時間半の生徒オンリーのミーティングは、苦しみを打ち明ける会となりまして、少なからぬ涙が流され、(というかほとんど全員号泣やん!)、結構笑えました。
気の利く子が、ティッシュの箱なんかを持ってきてくれて、みんなで輪になって、鼻水ズルズルやりながら・・・・。

そして一人の子がいいました。
「スタッフと一緒の全体ミーティングの時は、『ポジティブである』ことが暗黙の了解になっていて、少なからぬプレッシャーがあった。本当は、自分たちだけが置き去りにされている気がしていたし、〝創作”はスタッフが、〝主役”は地元民が担っていることで、その中間にいる自分たちは、あまりにも〝必要ない存在”になっていた。これは酷い。怒りすら感じる」
と。

「うんうん、そうなのよ~~!!!!」

研究生10人で共感しあったあと、次は一時間半の全体ミーティングが始まりました。
みんなの意見は「グループミーティングで思いを打ち明けたので、とても良かったです」という、いつもの元気な方向へシフト。けれど実際、問題は何も解決していないわけだし、生徒同士で打ち明けあって「めでたしめでたし」で済むものではありません。そこで、自分の順番が回ってきて、正直迷いました。本当のことを言うべきか、とりあえず「いろいろ話せて、元気になりました!」と適当なウソをつくべきか。

で結果は、はい、再び不満をぶちまけました。

「ここに座っているのは、とても心地の悪いものです。私は、このプロジェクトのことを全く面白いと思っていないし、この街で時間と金をムダにしています」と。

し~ん。

すると再び、研究生サイドが爆発。
もう、この際、言いたいことは正直に言わせてもらいます!という流れになり、いつの間にか話はヒエラルキーやら人種差別やら白人優位社会やら虐げられる者の苦しみやら優越感やら、という方向へ向かい、スタッフからも意見が噴出。
研究生の何人かが、苦しさのあまり言葉に詰まり、またまた涙が・・・・という展開になり・・・。

で、おばちゃんはというと、結構感謝されました。両サイドから。
「正直に自分の気持ちを表すという点において、これ以上ないというところまでバーのメモリを上げた功労者」ってことで。(苦笑)だって、ツマラナイのに「楽しいで~す!」なんてアメリカ流のウソをつき続けるのがイヤだったんだもの。

そんなこともあって、ドロップアウト寸前でしたが、一転して留まることになりました。
夏の研究生は今年で9回目らしいですが、過去にも爆発して結束したグループもあれば、崩壊したグループ、静かなまま終わっていったグループ、いろいろあったみたいです。とりあえず、爆弾を投げまくった張本人として、このプロジェクトがどんなことになっていくのか、もう少し見ていこうという気持ちになりました。
それに、今年の研究生は若いですが、みんな本当はすごく一生懸命で本気なんですよね。
でなければ、「プロジェクトが甘ったるい」ことに怒ったりはしませんから。
「もっといろいろと、挑戦させてくれ!」という証拠なのだと思います。

そして、すごく残念ではあるけれど、おばちゃんに与えられた役目というのが、ここへきて否応なく分かってきました。それは、
「どんなヘマをやらかしても、どんなに役に立たなくても、どんなに言葉が不自由でも、安希を見てみろよ、彼女よりはマシだ」
という安心感を与えること。
本当に惨めな役回りだと思います。でも、それが現実なのだし、こんなことでもないと、こういう体験はもうできませんから。

出発前、私をこのプロジェクトに推薦してくれた恩師に
「スペイン語はできない、英語も上手く話せない私が、どうしてアメリカのスペイン語圏の田舎で舞台を創らなくちゃいけないんですか?」と訊いたとき、恩師はこう言いました。
「君が言葉や文化の壁で四苦八苦する姿は、現地の人(英語が不自由で、アメリカの底辺にいる移民)の励みになるはずだから」と。

そんなことのためにひと夏を棒に振り、何千ドルも払ったのかと思うと、もちろんバカバカしい気持ちだって湧いてくるものですが、まあ、いいや。しんどかった10代、20代を思い出しながら、もう一回地獄を見てみることにしましょう。でもおばちゃんになった分、じゃっかん図太くもなったので、「楽しくもないのに、楽しいなんて言えるかい!」と悪態はつきながら、ヒエラルキーの圧倒的底辺にて(一人、飛び抜けて底辺の特等席)、地獄見学ツアーを堪能することにします。(苦笑)

そんなわけで、もう一度、惨めな自分と向き合っています。(ほんと、ペンキ塗りばっかり、私は囚人じゃないんだぜ!みたいな。笑えるわ)

アメリカ生活、全然楽しくないです!(笑)

ではまた、ごきげんよう。

安希

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4件のコメント

  1. SECRET: 0
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    あきサン!
    いつも愉しんで読ませてもらってます。
    ヨーロッパの人々と比較して、日本人は本音と建前が違う・・考えていることがわからないと批判されてたけど、そうですね。アメリカ人にもありますね。弱みは見せることなく、ポジティブ思考ですごーく人間が強く見える人たち。中にいると、自分が劣等感に押しつぶされそうな経験。でも、人間の本質って表皮を取り払って、根幹のところはあんまり変わりないかもしれません。弱みを見せることが許されるか、許されない環境の違いかな。ペンキ塗りでも いろいろ考えながら、深い作品に仕上げてください

  2. SECRET: 0
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    安希さん

     アメリカにいらしたのですね。
     このレポートを拝読して、また思い出しました。マリのこと。
     初めてバマコ空港に降り立ったとき、出迎えてくれたベテランの先輩通訳から言われた言葉。「あのね、通訳って士農工商の下だからね・・・」

     安希さんのこと、いつだって応援しています。お体に気を付けて。
     

  3. SECRET: 0
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    勝手ながら(?)勇気づけられました。
    安希さんに何か楽しい気持ちが訪れますように!

  4. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    安希さんは大変だと思いますが、この体験記は勇気と元気を与えます。
    私も壁に当たりながらも進めそうです。出来るだけ、心が動く日々を過ごしたいものです。

    安希さんより約20年早く産まれた者より

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