181.ホットスポットです (チェルノブイリ) 原発事故から25年。ガイガーカウンターが、ピピピー!と鳴りまして、ビビりました。

皆さま、こんばんは。
安希@2012年最初のレポートは、86年に原発事故が起きたチェルノブイリから。

今年の新年は、チェルノブイリから約85キロの小さな村で迎えました。晦日、大晦日、新年と、ひたすらウォッカを飲んでいた記憶しかありません。
ワインは少し、ビールはほとんど飲めないので、決してアルコールに強いわけではないのですが、なぜかウォッカだけは大丈夫。

村へ同行したロシア人が最初に潰れ、次にウクライナ人(都会人)が潰れ、生き残ったのは私と村の人々だけ。ウォッカだけは強いというのは、薄々は気づいていましたが、今回3日間で45ショット飲んでみて発見したことがあります。
ウォッカを飲めるかどうかは、脂っこいものをどれだけ食べる力があるか。だと思う。潰れた二人に比べて、おばちゃんはどう考えてもガツガツ食べまくっていたから大丈夫だったのかな、と。

初っ端から話がそれました。

その後は、東部の産業都市や、農業都市、南西部の小都市などを回り、正教のクリスマスを祝ったり、外語大を訪ねたり、獣医さんに放射能やら諸々の話を聞いたり。

その間ずっと民泊が続き、新しい出会いが続き、歓待が続き、でもロシア語圏の語学の壁は高く・・・、疲れがたまっていたのか、おばちゃん、ついに言葉が発せない病にかかりました。

ウクライナの人々は温かく、どうにかしたいとは思ったのだけど、言葉が、言葉がぁ・・・でてこない・・。そして、一日だけ予定を繰り上げて、首都のホステルに逃げてきてしまいました。どれだけ経験を積んでも、人とコミュニケーションをとることは、おばちゃんにとっては永遠に鬼門だな、とつくづく。

さて、キエフの宿で一人の時間をとったことで、疲労も回復。
そして、気になっていたチェルノブイリへついに行くことができました。
(今回の旅行の目的は、チェルノブイリではないですが。ウクライナでいろいろ思うこともあって・・・行ってみることにしました。)

チェルノブイリ&原発(放射能)については、専門書が出尽くしているので、あえてここでは説明しません。(というか、おばちゃんは科学者ではないので、放射能のことはよく分からないし・・・)ただ、ガイガーカウンターを持って実際に10キロ圏内を歩いてみて、また事故があった4号機を目の前にして感じたことを3点だけ。

■ホットスポットの不気味さ

放射能というと、空気中に散らばっているとか、体内被曝が怖いとか、近距離は危ないとか、まあいろいろ憶測していたことはありました。従ってチェルノブイリに行くまでは、距離が近いためにやっぱり被ばくするのかな・・・と、ある程度覚悟を決めて行ったわけです。

けれど、実際に現場を歩いて思ったのは、場所によって、放射線量が全然違うということ。
ガイガーカウンターの感度(性能)をある程度信用するという前提で書くと、わずか10センチでも、数値が20倍くらい変わってきます。

除染されている道と、そうでない脇道では、数値が3倍違うし、さらに除染が手つかずの数メータ―先は、15倍くらい高くなる。建物の中の数値は低く、外へでると、ピピーっと数値が上がってきます。

で、一番不気味なのが、いわゆるホットスポット。これは、水たまりに生えたコケなどに放射能が吸収され、濃度が高まったケース。
コケに近づいていくと、ピピピーーーー!!!!っと、警告音がさく裂。そして、数センチ手を遠ざけると、数値がすぐに下がっていくのです。へえ~、こんなものなのか~、と。

ただ、警告音が鳴るほどの高い数値にガイガーカウンターをかざしている間、つまりカウンターを握った左手を近づけている間は、ほんと嫌~な気持ちになりましたね。
そして、さらに数値が高いコケもあったのですが、自分で測るのが怖くなって、護衛君に頼んでみたら、「僕も身の危険を感じるので、測りたくない」と。なので、測らずに帰ってきました。

一日に被ばくできる数値(放射線量×時間)まで見学を続け、最後は「あと、2分、1分、ゴー」みたいな感じでバンに乗り込み、逃げました。
(安全基準は高めに設定しているらしく、ロンドン―ニューヨーク間を飛行機で飛ぶのと同程度の被ばく量だそうです。)

こんな場所で日々作業にあたっている人が3000人(チェルノブイリ全体では4000人)います。

■漏れ続ける放射能

事故が起きた4号機も、見学しました。事故後25年経った今も、放射能が漏れ続けているので、見学は8分まで。それ以上いると、1日の許容被ばく量を超えてしまうとのことでした。

ガイガーカウンターの数値も上がりっぱなしで、4号機周辺の放射能は、ホットスポットのような蓄積されたものとは違い、事故炉から空気中に漂ってくる放射能です。

作業員3000人が交代で管理し続けている4号機の〝現在″です。

25年後の日本です。

■グーグルマップの時代

30キロ圏、10キロ圏のチェックポイント。それから4号機周辺は、監視も強化されていました。
写真撮影禁止か、あるいは、カメラのレンズを向けてもいい方向が決められています。
なぜかというと、「原子炉を狙ったテロを警戒して」。
これは世界共通で、原子炉周辺の写真撮影は国家の安全保障にかかわる問題でもあるわけです。

4号機周辺には監視カメラが50台もありました。
が、護衛がポロッと一言。

「実際には、グーグルマップがあるから、どこに原子炉があるかなんて誰にでもわかってしまうんだけどね」

ここ数日は、イランの核開発をめぐって、また議論が活発化しているようですが、核兵器の保持によって国力を維持する時代は終わったと思います。敵国の原子炉を狙って爆破させてしまえば、わざわざ原子爆弾を運んで、落として、なんて面倒な作業をしなくてもいい時代。原子炉を狙わなくても、例えば原子炉の冷却装置が動かなくなるような方法を考えてしまえば、もう〝お終い″ですね。

イランも北朝鮮も、核兵器なんて作らなくてもいいんだよ。
アメリカも、ロシアも、フランスも、日本も、どこもかしこも、みんな自爆装置をしっかり抱え込んでるんだから。

グーグルマップの時代に、国防って何ぞや?と。

以上。

明日は列車に乗ってモスクワへ。良い出会いがありますように。

ではまた、ごきげんよう。

安希

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1件のコメント

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    先日、東大の児玉龍彦教授のお話を伺いました。今回の原発事故で避難民の方が情報が知らされなかったばっかりに、無駄な被爆をしたそうです。涙ぐむ教授に避難民の方々が置かれている状況の深刻さを改めて感じました。
    日本はどうなるんだろう。

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