171.アラブの春 第二話 (チュニス) 経済の悪化。自信の喪失。最後に残された道は、保守化だけ?

皆さま、こんばんは。
2011年9月11日、安希@チュニスの宿で、へとへとで下痢だけど、テロから10年の節目レポートです。
(本ブログをアップするのは、たぶん明日12日のヨルダンへのフライトの前になると思うけど・・・。そう言えば、ネットカフェって朝から開いてるんだっけ?)

今日は朝から、ラジオ局のパーソナリティーの男性(30前後で、アラビア語とフランス語チャンネルの2局で仕事をしている人です)に会い、
午後からは、テレビ制作会社のジャーナリストの女性(30)と行動を共にしました。

朝8時30分にホテルを出て、夜8時にホテルに戻るまで、ず~っとおしゃべりをしていたので、さすがに疲れました。(苦笑)
しかも、昨晩屋台で食べた変色した野菜からウイルス性の下痢になり、腹痛と脂汗と下痢で体力をすごく消耗しました。
(終盤の会話は、お互い単語が出てこないわ、呂律が回らないわで・・・。でも話したい!という気持ちは最後まで尽きなかった。)
ただ、体調は万全ではなかったけれど、チュニジア最後の日にふさわしい、本当に素晴らしい出会い、充実した時間を過ごすことができました。

今、ベッドの上にいます。
かなりへろへろですが、「アラブの春2」だけ書き終えてから次の目的地へ向かいたいと思います。
もちろん、たくさんの話を聞いたので、ブログには極めて部分的なことしか書けないのだけど・・。という前提で。

■革命の芽

今日うかがった話では、革命の最初の芽がでたのは2008年ごろ(鉱夫の事件)、そのあと、2009~2010年にかけて、南東部での増税に反対した市民が自殺を図り、デモに発展した事件だったらしい。それまでは、民衆が政府に対して自分たちの意思を表明するなんてことはなかったため、水面下で独裁政権への不平をため込んでいた人々が、このころから目覚め始めたらしいです。

次に、よくメディアでも言われている、青年の焼身自殺事件。教養のなかった貧しい若者が、政府の許可なく商売をしていたことを役人がとがめ、酔っぱらってヤケを起こした青年が自殺。それまでも、政府の商業規制(独占など)に不満を持っていた民衆が、一気に抗議運動に傾いて行った。
しかもこの事件では、抗議運動をした民衆に対して政府側が発砲し、そのことが、政府への不信感を煽ったのだそうです。
「自分たちの政府は、国民に向かって発砲するんだ!うえ~びっくり、最悪だ!」ってな感じです。

私の以前のイメージでは、チュニジアと言えば、アラブ諸国の中では最も政治と経済の安定した西洋主義的国でしたが、実際には、民衆は静かに、けれど確実に、「自分たちの国は、何かがおかしい」と感じ続けていて、いくつかのきっかけによって〝沈黙する民衆″の思いが爆発した、と。

革命が起きたので、10月に選挙が行われます。(大統領選挙ではないです)
これは、憲法委員会のメンバー150人を選ぶ選挙らしく、ここではおそらく30~40%の圧倒的な支持を得て、イスラム主義政党が勝つだろう、と。
というのも、チュニジアには現在106もの政党(メジャーなのは7党くらい)があるので(本当かなぁ・・・間違ってたらごめんなさい)、非宗教的民衆の票は、分散されることになります。
ただし、ラジオのお兄さんは、チュニジアは中産階級がマジョリティーをしめている国なので、現在も立場が分からない〝沈黙する民衆″は、決して無教養でも極端に貧しいわけでもなく、民主化に向けて適切な選択をするだろうし、そう信じたい。と話されていました。
(これまでは独裁体制だったので、支持政党も選挙のことも、考えたことがなかったけれど、いざ考えたとして、国民はそれほど常識はずれな選択もしないだろう、と感じているらしい)
もちろん、憲法を定めるには、最終的に国民の過半数の支持が必要なわけで、イスラム主義政党が委員会のメンバーの多数を占めたからといって、〝沈黙する民衆″が反対票を投じれば、宗教的憲法が簡単に作れるわけではない。・・・なるほどね~。

■自信喪失と保守化(原理主義)

サイバー君たち(弟さんや、今日話をした二人)は、この革命をイランイスラム革命のようには絶対にしたくない、という思いを持っています。
政教分離(憲法上では定められていないけど、元大統領の独断と偏見により、公共機関や学校での過剰な宗教的行為や服装は、禁止されてきた)、男女同権、公教育の充実などは、これまで通り維持し、独裁政治と政治腐敗をなくしたい、というのが彼らの主張。

ただし現在、言論の自由を盾に、イスラム系勢力が勢いを増しているのは確かです。貧しく教養に乏しい層を中心に支持率22%。これが最終的には30%。あるいは、どこにも入れたくないけれど・・・という消極投票派票の取り込みに成功すれば40%はいくだろうといわれています。(超多党制の国で40%取れば、圧倒的な第一党になります。)
イスラム勢力は、いわゆる、民主的イスラム国家の建設を訴えていますが、サイバー君たちは、それはプロパガンダに過ぎないので、権力を握ったらすぐに原理主義に転じる、と読んでいます。

そこで疑問に思ったのが、イスラム勢力支持者は、どんな年齢層に多いのか?

実は若年層に多い、というのが複雑なところですね。

理由は二つ。
過去にイスラム主義派が起こした事件を知らないので、イスラム主義への抵抗が少ない。もう一つは、経済悪化のしわ寄せが若年層にいっている。
つまり、仕事がない貧乏な若者が、宗教に傾いていっているということですね。
なぜなら宗教は「神を信じれば、あなたは救われます。信仰を深めれば、あなたは立派になれます」という分かりやす~いメッセージを出すから。

ここでふと思ったのですが、この十年間、世界をぐるぐる回って痛感してきたことは、このことだったんだなぁ、と。
人は、仕事、居場所、他者からのリスペクト、を失ったり、経験や教養が足りないと、自信を失います。
この失った自信を一番てっとり早く埋めてくれるのが、過激な宗教やイデオロギーやナリョナリズムなどが示す〝答え″なのだと思います。
〝答え″の中では、分かりやすい敵が示され、自分たちの優位と正当性が保障される。

特に世界経済が不安定な現在(日本ももちろん含まれます)、また、新自由主義の中で一定割合の人々が底辺に取り残される状況下にあって、世界のあちこちで、保守化(原理主義、ナショナリズム、民族主義、一種のナルシシズム?)が進行していく気がします。

それから、テレビ会社の女性は、国内の男尊女卑化も懸念していました。
チュニジアは世界でも屈指の男女平等国家。女性が社会で働くのは当然という環境でやってきましたが、最近になって、「女性の社会進出が男性の失業率を高めている」との不満が出てきていて、「女は家庭へ」みたいな流れもあるらしい。

彼女は、ほかの兄弟よりも昔から勉強ができたので、学位もとって、親の反対を押し切って単身首都に乗り込み、休みなく働き、転職を重ねて今のポジションを得たわけです。
それなのに、「男の仕事を奪っている」と批判されたら・・・・。そんなこと言われてもねぇ・・・。
男性が仕事を得られないのもかわいそうだけど、なんと言うか、仕事がない男性たちの自信喪失が、保守化へつながっている一例のように思いました。

どこに行っても思うことですが、問題は、国家間にあるわけでも、異宗教間にあるわけでもなく、また、イデオロギーや経済システム(社会主義か資本主義かなど)をとっても、どっちが正しいとか誤りということはありませんでした。

問題はほとんどどこも同じ、原理主義。つまり極端で過激な一部の人たちの思想です。
どの国にも、宗教にも、システムにも、良いところも欠点もあって、完璧はないのですが、そのことが受け入れられない極端な思想(排他主義)が、どこへ行っても問題になっている気がします。

ちなみに、チュニジアにはユダヤ系コミュニティもあって、仲よく共存しています。
つまり、異宗教の共存は可能だし、ずっとそうやってきたわけです。
問題は、たとえばイスラエルの強硬派とか、ハマスとか。他を受け入れられない過激派だけ。

■古い文脈、変わりゆく世界、最適化を迫られる社会とメディア

ところでテレビ会社の女性の夢は、フリーランスのジャーナリストとして紙媒体のメディアで仕事をしていくこと。
なぜフリーランスかというと、既成のメディアでは窮屈だから。
つまり、世界がこんなに変化しているのに、それを古い文脈でしか紹介できない現在の職場に限界を感じているから。
例えば、ごく一部で起きたデモの様子や民衆の怒りだけを、うま~く編集して、映像のインパクトで視聴者を誘導してしまっていることなどに、いろいろ悩む点が多いらしい。

うん・・・そうなんだよね。

特に、起きている問題や構造を単純化しすぎているというか・・・分かりやすい対立構造をすぐに作ろうとしてしまうとか・・。
う~ん、彼女の言っていることは、分かる気がするなぁ。

そして、弟さんを含むサイバーな若者たちが言うのは、
「時代とともに、社会も世界もどんどん変化している。その変化に伴って、僕たちの考えや、生き方、社会システムや経済や価値観が変化していくのは当然のこと。だから僕は、今重要なことや正しいことを、後世の人に押し付けてはいけないと思っている。だって時代が違うんだから」

うん・・・そうなんだよね。

メディアも、政治システムも、生き方も、時代に合わせて最適化していかなくちゃいけません。

彼らは、政府の検閲やネット規制をかいくぐって、ネットという個人メディアを通じてネットワークを作り、革命を起こしました。
そして、バックパックを担いでレポートしているフリーランサーのおばちゃんの仕事スタイルを面白がり、また励ましてもくれました。

昨年から現在の仕事を始めて、日本のメディアの中でも大手有力紙と呼ばれるような媒体のやり方に、とんでもなく古臭い権威主義を発見し辟易したこと、「お前みたいなフリーなんぞ、簡単に潰してやります」と言わんばかりの威圧的な態度に気分が悪くなったことを思い出しつつ・・。
けれど今回、チュニジアの爽やかで軽やかで前向きな若者たちと話をして、誰がなんと言おうと、自分の信じることを自分のやり方でコツコツやりつづけようと思いました。
自分にはそれしかできないし、自分には、それができるんだから。

10年前のこの日、アメリカのテレビには、完璧に撮影されたテロの様子と、アメリカ国旗を燃やすパレスチナの子供たちの映像が、繰り返し繰り返し流されました(ほとんど洗脳のように)。
そして、西側諸国は、大量破壊兵器を探して、独裁者を狩るべくイラクへ行きました。
この10年に、私たちがメディアや政府を通じて手に入れてきた情報って、一体なんだったんだろう。
(ちなみに今、ここでは、アルジャジーラが猛攻をかけている感じ。宗教プロパガンダ。)

何が正しいか、答えはすぐには出ないけど、やはりイラクにも、自発的な民主化(独裁者フセインの追放)を実現してほしかったなと思います。今、この一帯で起きている、アラブの春のなかで、彼らもまた目覚めるべきたっだんじゃないか、と。
そのことを心にとめて、次の10年、また前を向いてやっていきたいと思います。

脈略のない話になってきました。(苦笑)
そろそろ寝ます。
次はイスラエル。チュニジア(アラブの国)でたっぷり議論させてもらったパレスチナ問題を、今度は逆サイドで。
後半戦も体調を維持して、最後まで充実した旅をしたいと思います。よ~っし!

ではまた、ごきげんよう!

安希

P.S 遠野レポートの続きは、また時間のある時にでも。旅中は、時間が・・・ない。

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