映画『A Film About Coffee』を観て思ったこと (ルワンダ)

皆さま、こんにちは。安希です。

今日は、先週のレポート『アフリカ人はバカで怠け者ですか?えっ?!』の続きで、ルワンダのレポートです。そもそも、この一件を思い出したのは、帰国後すぐに映画を観たことに起因します。『A Film About Coffee』という、世界を席巻するコーヒー熱を伝える映画、とりわけ「サードウェーブ」と言われるコーヒー文化を伝える映画を観たことがきっかけでした。

サードウェーブコーヒーっていうと、ブルーボトルコーヒーのイメージが浮びますけれど、豆の品質や産地、農園、焙煎方法や淹れ方にも徹底的にこだわった、ちょっとお高いコーヒーオタク的なコーヒー文化を追いかけることが映画のテーマだったと思います。個人的には、コーヒーが好きで、コーヒー文化やカフェ文化がすごく好きで、サードウェーブコーヒーについても、ちょっと敷居上げすぎだなぁ(笑)という印象はあるものの、基本的には好意的に受け止めています。だって、コーヒー一杯で幸福なひと時を過ごせるんだもの。すごいことだと思います。映画は、こうしたコーヒー大好き人間たちのコーヒーへの愛と幸福感を表した(表そうとした)作品でした。(たぶん)

ただ、サードウェーブコーヒーの世界が2つの要素に分けられるように、この映画にも2つの要素がありました。一つは、焙煎方法や淹れ方といった、先進国のコーヒー消費文化。そしてもう一つが、豆の品質や農園といった、途上国の生産文化です。消費文化の部分については、あ〜コーヒー美味しそうだな〜(でも映画としてはちょっと物足りないな〜)ぐらいの満足度で観賞しました。ただ、生産文化についての部分は、手放しで「農園いいな〜、フェアなトレードっていいな〜」といった単純な感想には至りませんでした。

■ 映画観賞中に、呼吸が止まった!!

昨夏のアフリカ旅行の最後に、コーヒー発祥の地エチオピアで、コーヒー関係の仕事に従事する友人と「コーヒー豆ハンティングの旅」をしたことは、世界のおもてなし第9回『エチオピアのアラビカコーヒー』に書きました。帰国後、たまたまコーヒーの映画があると知り、これはコーヒー好きとしては見逃せない!ということで、公開直後に友人を誘い、映画館に向かいました。

映画のテンポはややスローで、コーヒーへの愛が感じられて素敵なんだけど、コーヒーのことを少しぐらいは知っている人にとってはやや退屈な内容。私でもそんな風に感じたので、私より100倍コーヒーに詳しい友人は、かなり退屈してるんじゃないかと、映画に誘った張本人としてはドキドキしました。ところでもっとドキドキしたのは、世界の豆の生産地として「ルワンダ」の「フイエ」の豆が出てきた時です。だって、映画に出てきたまさにその工場に数ヶ月前に行ったばっかりだったんだもの!!
「あっ、ルワンダ出てきた!」って思ったところで、既にドキドキしましたが、次に工場が映し出されたところで、息が止まりました。映画鑑賞中だから叫べなかったんだけど、スクーリーンを指差したままフリーズしちゃいましたね。
「そこ、ついこの前行ってきたよーーー!!!!豆も買ってきたよーーー!!!!」って、心の中で叫びました。
その豆は、隣の席にいた友人にもあげたので、彼女ももちろん「その工場の豆」のことはよく知っています。

映画を観た後、友人は「こんなクッソつまらん映画に誘うなよボケ!」と私を責めることもなく、コーヒーの良さがいろんなところに表れていて、コーヒーのこと知らない人には良い教材として使えるんじゃないか、と、ポジティブにコメントしてくれたのだけど、生産者について描かれた部分については、「なんかモヤっとする」と。私は「明快にモヤッ」ときていたので、自分1人じゃなかったんだと思いました。

具体的に友人がモヤッとしたのは、ルワンダと同じく、生産地として取り上げられたホンジュラス(?だったと思うけど、とにかく中南米)の農園のことでした。いわゆる先進国のコーヒー愛好家が、農園の生産者を前にずらーっと並べて、「美味しいコーヒーを淹れてあげてる」というシーンがあって、「どうです?素晴らしいコーヒーでしょ?」って言うんですけど、すごく違和感があったと。だって、豆のこと、コーヒーのこと、コーヒー豆への愛を一番分かってるのは、当たり前だけど「その豆を作った生産者自身」に決まってるじゃんか!?農園のおじさんたちも、コーヒー(自分の豆で淹れたやつ)を、えらくハイテンションの欧米人のお兄さんに振る舞われて、「美味しいでしょ?」って聞かれて、「もちろんです」ぐらいしか答えようがないようでした。そりゃそうでしょう。どういう意図があったのかは知りませんが、どうしていつも彼ら(欧米人)は、「自分たちが一番最先端で何でも知っているので、それを教えてあげましょう」というスタンスになるのか、しかもすごく無邪気に「教えてあげたら、喜ぶに違いない」って思い込めるのか・・・よくわかんないです・・・。友人は、このシーンにモヤッときたとのことでした。

ちなみに私がモヤッときたのは、ルワンダのシーン。一つ目は、経営者サイドの欧米人が、野原に集まった現地の農民に「私たちはただビジネスをしにきただけでなく、みなさんのコミュニティ作りにきました」っていうシーン。経営者や映画製作者(アメリカ人)側の意図としては、「これまでのようなドライなビジネスや搾取トレードではなく、フェアトレードによってコミュニティを助けにきたんだよ」っていう側面を宣伝したかったんだと思いますが、ルワンダに行ってきたばっかりだったおばちゃんは、モヤモヤを通り越してムカムカしました。どうしてそんなに上から目線なんだろう、と。「コミュニティを作りにきました」って、じゃあこれまでルワンダには「コミュニティはなかった」とでも言いたいのだろうか。人類発祥の地と言われるアフリカで、国という概念が生まれる前から、ずーっと先祖代々、この土地で生きてきた人たちには、コミュニティがなかったから、欧米人が「コミュニティ」を「作ってやる」ってことかい?!と。笑。

もう一つは、ラストシーン。ここの豆のウリは「豊富な水資源を活用した『水洗浄の豆』」なんですが、その洗浄用の水を湖から引いてくるついでに、周辺の村にも水を引くことができ、それによって村の人たちは「水を引いたもらえて喜んでいますよ〜!」っていう話になっています。村のおばあちゃんが、人生で初めて水道を見ましたって言って、感謝と喜びの民族ダンスを踊るシーンで終わるんです。なんじゃこれ、って思いましたね。もちろん、水道をひいてもらえて、村の一部の人たちは嬉しかったと思いますが、これで経営者側が「自分たちは何て良い事をしたんだ」と思うのは、あまりにも短絡的だと思います。

ルワンダの湖から「先進国の人間が飲むコーヒー豆を過剰に洗いまくるために大量の水を摂取することになった」事実は変わらないですし、少なくともこれまでは、村の人たちは水道なしでも生きてこれていた。世界には、悲惨な状態になった湖や河川が山ほどありますが、そうなってしまった原因のほとんどは工業用水や商業用水などの、本来人間が生活に必要とする水量以上の水を摂取し始めたことにあります。ルワンダも、それに手をつけてしまった。しかも、洗った豆は先進国の人が飲むんだと思うと、あと50年、100年した後に、今回の選択が後悔に変わる可能性だってあると思うんですね。他の村々が真似をして水道を引き始めたりして、湖が急速に縮んでいくと、漁業や他の農業、湖周辺の村々の生活に支障が出てくるかもしれません。コーヒー豆という新しいビジネスを始めたことは、別に悪い事ではないですが、映画の中で言われているような「我々は、WIN WINの関係でビジネスをしにきた」というのは、やっぱり詭弁じゃないかなって、おばちゃんは思うわけです。

そして映画の後、友人が言った一言が印象的でした。「この映画、どこが出資して作ったのかな?」

映画の中に通底していた「先進国のコーヒー愛飲者のおかげで、ビジネスも水もコミュニティもなかった貧しくてプリミティブなアフリカの人たちを助けることができるなんて、素晴らしいと思いませんか?」的なメッセージに、おばちゃんはモヤっときたのでした。

■ ルワンダの虐殺記念館で学んだこと

ところで、私がこのコーヒー工場のことを知ったのは、本当に偶然からのことでした。道を歩いてたら、工場があったの!!(笑)どの道にあったかというと、フイエのバス停から虐殺記念館にいく途中の道にあったんです。つまり、1994年にルワンダで起きたジェノサイドの記念館に行く途中の道に、この工場があって、しかもこの豆屋さん、フイエのバス停のexpoにも出店していて気になっていたので、後日改めて訪ねることにしたわけです。片道12キロくらい歩いて工場まで行きました。

虐殺記念館とジェノサイドは有名なので、皆さんご存知かと思いますが、記念館には今でも、当時虐殺された少数派のツチの人たちの遺体(約800体)が保管されていて、かなり迫力があります。
注:https://ja.wikipedia.org/wiki/ムランビ虐殺記念館

遺体の生々しさもさることながら、館内にはジェノサイドに至るまでの歴史が紹介されていて、いろいろ勉強になりました。もちろん、ジェノサイドについては映画や書籍でも知っていましたから、すべての情報が新しかったわけではないけれど、実際に現地まで行って管理人さんから話を聞いたことで、新たに知ったこともありました。そして、ジェノサイドまでの一連の歴史というのが、実は今回の『A Film About Coffee』に繋がるものがあると思ったので、ポイントを少しだけ書いておくことにします。

ジェノサイドに関しては、多数派のフツが少数派のツチを虐殺した、いわゆる民族問題に端を発した内戦という理解になっていると思います。それはそうなのですが、じゃあフツとツチがずっと仲が悪かったかというと、そうじゃないんですね。もともとルワンダにはフツとツチとトゥワの、主に3つの部族がいて、ツチを頂点としたルワンダ王国を作っていました。当時は、ツチが遊牧系でフツが農耕系といった分業はあったものの、とくに諍いや搾取や差別はなく、平穏に暮らしていました。ところが、19世紀の終わり頃から、ルワンダも欧米諸国の侵略を受けます。最初にドイツ、次にベルギーが来るわけですが、ベルギー(フランス語系)が面倒なことをやってしまうんですよね。というのも、ルワンダの支配構造を強化するために、ツチとフツの間に人種的な優劣をつけて、鼻が高くて肌の色が明るい優等民族のツチが、鼻が低くて肌の色が濃い野蛮なフツを支配するというストーリーを持ち込み、ツチと武力を使ったフツへの間接支配を強めるわけです。

こうして、ツチとフツの間に亀裂が生まれて、いきなり劣等民族にされたフツの不満が爆発して、終わりのない民族紛争に突入していく・・・と。ジェノサイドって、昨日まで仲良くしていた2つの民族が、いきなりラジオのアジ演説に煽動されて衝突したように言われることもありますけれど、1994年までにも、小さい火種はいっぱいありました。

さらに、ベルギー&ツチの支配に怒ったフツが、今度は支配者側になると、逃げ出したツチが隣国ウガンダ(イギリス、ドイツ、フランスの植民地覇権争いの末に、英国領となった英語の国)でゲリラ化してルワンダ愛国戦線を作り、ルワンダ奪還を目指すようになります。

ここからの情報は、虐殺記念館で学んだことになりますが、ツチのルワンダ愛国戦線(英語系)の勢力拡大が始まったのを受けて、当時政権を握っていたフツに肩入れすべく、フランスがフツ軍部隊の強化に乗り出すわけです。約1年間で兵士の数を10倍に増やし、ただの寄せ集めでしかなかったフツ兵に武器の使い方や統制のとれた部隊の作り方を伝中。そして約一年後、増強された武力は、愛国戦線の兵士に対してではなく、ルワンダに住んでいたツチの一般住民に対して行使されるという悲劇を生んだ。つまりジェノサイドが引き起こされたということらしいです。

もちろん、現在のカガメ政権は、元ルワンダ愛国戦線出身のツチ側の人(英語系)ですから、フランスに対する歴史観はネガティブでしょうけれど(虐殺記念館の論調もそういう傾向を帯びている可能性があるけれど)、そういった色眼鏡分を差し引いたとしても、記念館に残された写真や証言を見る限りでは、「フランス軍が軍事強化に来ていなかったら、あれほど大規模な虐殺は起きなかっただろう」と言いたいツチ側の気持ちは理解できる気がしました。

そしてなんだかんだ言っても、結局は先進国の(ここではイギリスとフランスの)覇権争いに巻き込まれてるだけなんじゃないの?と。

■ いつだって、表向きは『善意』なんですけれど・・・

おばちゃんが何を言いたいかは、安希レポの読者ならもうお分かりかと思います。

植民地支配の時は、野蛮なアフリカを近代化するという『善意』に基づく『教育』があったし、軍隊の強化の時も、寄せ集めでしかない弱っちい兵士と国民をゲリラから救うためという『善意』に基づく『教育』があった。そして今度は、貧乏で水道もなくコミュニティすらないルワンダの人たちに、ビジネスと水とコミュニティを与えるという『善意』に基づく『教育』がなされているわけです。手を替え品を替え・・・、というやつですが、歴史は繰り返すなと。

奴隷まがいのブラック労働や搾取に比べたら、もちろんフェアトレード的な考え方は素晴らしいと思うし、アフリカの暮しを良くしたいという善意のようなものも理解はできるんです。でも、映画を観終わったときに、この映画のディレクターは、どれくらいアフリカが好きなんだろう?って思いました。どれくらいリスペクトしてるんだろう?どれくらいアフリカを歩いて、アフリカをどんな風に感じてきたんだろう?って。

工場へ向かう道すがら、少年がカゴを持って家から走り出てきたことがありました。周りにバナナやイモがたくさん植わった素敵な家です。少年が出てきたら、お母さんらしい人が玄関から彼を呼び止めたので、彼は一旦玄関に戻って、追加の包みをまたカゴに入れてもらって走り出しました。少年の弟や妹らしいちっちゃい子たちが、後ろについていこうとするけど、足が遅いから途中で諦めて、お兄ちゃんだけが走って行くんですね。道の向こうからは、他にもたくさんの子どもたちがやってきて、みんな水汲み用のポリタンクを持って、笑いながら通り過ぎて行きます。少年は額に汗を光らせながら、重たいカゴを持って走り続け、ついには、畑で一休みしているおじさんやおばさんのところに、カゴを持って走り下りて行きました。時計を見たら、ちょうどお昼時でした。すごくお腹が空いていたから、ああ、畑の人たちは、みんなあのカゴを待ってるんや〜、うらやましいな〜、カゴの中身、何かな〜、キャッサバだったらいいのにな〜、なんて思いながら、その光景を横目に、また延々と歩きました。アフリカの民族ダンスなんて誰も踊っていなかったけど、よくある生活の一場面として、豊かさを感じるワンシーンとして、記憶に残るものでした。

彼らはさぁ、コミュニティを与えてもらわなきゃいけないのかな?

ルワンダのエクスポで、学生さんから『アフリカ人はバカで怠け者ですか?ムズング(肌の明るい人)は、僕たちをそう思っているでしょ?』という質問を受けて、どうしてそんなことを聞くのかな?と思ったのだけど、彼がこの映画を観たら、どんな気持ちになっただろうと、つい考えてしまいます。「水道なんて見たこともありませんでした」というおばあちゃんが、感謝と喜びの民族ダンスを披露するシーンを見て、「ああ、よかった。欧米の人たちが、僕たちに水道を引いてくれたんだ!」とは、やっぱり思えなかったんじゃないだろうか?

長くなりましたが、ルワンダレポート終了!さて、次はどこのレポートを書こうかしら?

ではまた、ごきげんよう。
安希

P.S 映画の出来映えについては、いろいろ疑問もありますけれど、それとは別に、フイエのコーヒー豆はとっても美味しいです。コーヒーに詳しい友人のお墨付き(彼女は、「丸い味」と表現しています)でもあるので、機会があったら試してみてくださいね。

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2件のコメント

  1. “「あなたのエントリーは長すぎて読み切れない!」というお叱り”を文字通りとって、それなら読まなければ良いのに、文句言う筋合いではないだろうと。訳の分からないことを言う人がいるものだと、一種の義憤でした。話しはとても面白かった。
    キーワードは「どれくらいアフリカが好きなんだろう?」
    長さなんか無視してどんどん書いてください。

  2. ■アフリカのコーヒーについて
     ご夫妻でエチオピアを旅行された方のブログを読んだことがあります。
    現地の人の家に行って、本場のエチオピアコーヒーを飲ませてもらったら、これが激マズ、そのコーヒーには砂糖ではなく塩が入っていたそうです。
    これはローカルな習慣なのかも知れないし、砂糖が高価なのか、いろいろわかりませんが、とにかくアフリカは広い!のだと思います。

    ■上から目線?の問題について
    自分たちの考え方や生活スタイルが最高で普遍的であるから、途上国もそれにならうべきだ、というところです。

    中村さんのレポートを読んで、「未だにそうなのか」と思いました。
    高校のとき、ディケンズの小説で「白人の義務」という言葉を知りました。18世紀です。
    有色人種は、愚かで、怠け者で、邪教に耽り、貧しくみじめな生活をしている。
    従って白人はキリスト教を教え、善導し、文明生活をさせる義務がある、と。
    これはキプリングの詩”The White man’s Burden”で有名なことを、あとから知りました。

    中学のとき、「インドとイギリス」岩波新書.という本を読みました。
    著者はインドとイギリス双方で取材しているのですが、そのインド(1973年)が、客引きのウザさとか、カーストとか、中村さんのレポートのインドと、まず変わらない。
    「ルピー」の下に「パイサ」という通貨単位があるくらい。

    そして、取材したイギリス人は、「我々はインドに鉄道や病院や学校をつくったやった。それなのに独立して我々の保護を離れてしまったから、あんな状態になってしまった。おそろしい。」と述べて両手をひろげたそうです。
    著者は、そういったインフラが、すべてイギリスの利益に結び付くようにつくられていったことを調べていました。

    日本でも、「朝鮮に鉄道や病院や学校をつくってやった」と言う人がいますね。

    ■植民地政策について

    英仏の争い→ツチ・フツの争い→虐殺。。。

    フィジー諸島がイギリスの植民地になったとき、イギリス政府はインド人を送り込みました。
    はっきりいって、ノンビリ暮らしていたフィジー人より、インド人は商才に長けているので、少数派だけれど、裕福になる。
    当然、フィジー人とインド人の間で争いが起きるので、イギリス人は高見の見物をきめこんでいればよい。

    「分割して統治せよ」って、うまいもんですねえ。

    ■歴史の問題について
     ボリビアはスペインの植民地にされてから、銀や岩塩といった鉱物の供給国になりました。
    ボリビアの人々は、はるか昔にジャガイモの耕作を止めて、鉱山で働く賃労働者になってしまった。
    だから、鉱石の市場価格が低下すると、たちどころに飢えてしまう。
    鉱石を食べて生きていくわけにはいかないからです。
    インドの西ベンガル地方のジュート農場の人々も同じです。

     早くから植民地化され、一次産品の供給国に特化されてしまうと、もう後戻りできない。
    耕作地や牧畜を放棄させられてしまっているので、自給できないからです。
    どんなに低賃金でも、それに甘んじて衣食を得るしかない。
    貨幣経済に組み込まれるというのは、世界市場に翻弄される、ぞっとするようなところがありますね。

    ■フェア・トレードについて
    そういった惨状があるから、フェア・トレードという考え方が生まれたのだと思います。
    フェア・トレードの生産物は、アンフェアなそれより高価になるでしょう。
    だから、フェア・トレードの生産物を買うのは、裕福な人たちでしょう。
    有機野菜を買うような、ファッションとしての消費ができる人たち。

    でも、日本人は、中国製格安スマホより、周囲に合わせてiphoneを買うようなところがありますから、ブランドをつくれればいいのでしょうか。

    途上国の一次産品が信じられないほど安いから、先進国は豊かな暮らしができる。
    わたしたちが使っているパソコンには大量の銅が使われています。
    ボリビアやガーナで銅鉱石を掘っている労働者の日給は3ドルに満たないそうです。
    機械を使って掘る方が良いように思えますが、人間は機械より安い値段で働く。
    そこに奴隷労働者の存在理由がある。
    機械の値段が下がったら、職を失った人たちは、都市のスラムに流れ込むのでしょう。

    最近、ボリビアと、ついでインドで、児童労働が合法化されたそうです。
    子供は、大人よりもっと安い賃金で働くから、でしょう。
    機械よりも安く。
    ストリート・チルドレンが増えるより、そのほうがいいのか?

    フィリピンのマニラにローマ法王が訪れましたが、そのときマニラ警察は、ストリートチルドレンを片っ端から捕まえて留置場に放りこんだそうです。現地にいた人から聞いたんですが、あー!!、って感じでした。。。

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