2015.11 ミャンマーの歴史的な選挙: 公平な選挙を支える国際社会の監視の目 (ミャンマー)

皆さま、こんにちは。安希です。

今日は、ミャンマー総選挙の話の続きです。選挙前から、「公正な選挙が行われるかどうか」についてはいろいろな議論、憶測、不安がありました。もしかしたら、1990年の選挙(アウンサンスーチー率いるNLDが圧勝したが、軍政府が選挙結果を無効にした)と同じことがまた起きるのではないか、という心配もあったようです。
投票が終わり開票作業に入ったあと、私は現地の友人たちと開票結果が公式に発表されるのを今か今かと待っていたのですが、これが延期につぐ延期となって、しびれを切らしたNLDがフライング気味に「圧勝宣言」を出し、それでも結果が発表されず・・・と、本当にヤキモキしましたけれど、結論から言うと「選挙結果を待つ間」に民衆の結束はさらに強まったんじゃないかと思います。なかなか面白い体験でした。

■ ネットの時代なんですなぁ

投票が終わったあと、一番速報性があったのはネットとSMS(ミャンマーではSIMカードの普及がここ数年で一気に進みました)でした。ミャンマーのネット環境は、国際平均から言えばまだまだ遅れていますが、それでも9年前には考えられなかったような自由で個人的な情報のやり取りができるようになりました。ネットと政治と若者というと、アラブの春を経験したチュニジアを思い出しますが、ネットが、若者の政治参加の形を変えてきたのは事実だと思います。

過去には、韓国のノ・ムヒョン政権や、アメリカのオバマ政権が生まれた時にも、やはり若い世代を巻き込むことに成功したネットやモバイルの力が、フレッシュな政権誕生を後押ししています。
ミャンマーのネット環境は、政権誕生を後押ししたと言えるほどではなかったにせよ、若い世代の間では一定の影響力を発揮したと思います。投票日当日や選挙後にも、投票してきたことを示す投稿(ミャンマーの選挙では、投票した人は指の先を青いインクに浸して投票済の証拠とする決まりがあるので、指の自撮り写真など)が溢れ、盛り上がりをみせていました。

SNSの特徴でもありますが、投稿される写真って、たいていポジティブで楽しそうなんですよね。「投票してきたよ〜!いえーい!」的な。(笑)こういうノリで政治参加できるというのは、やっぱりネット世代の強みなんだろうなと。

選挙結果は、新聞やテレビや雑誌でもチェックしていたものの、やはりそれらのメディアにはタイムラグがありますし、リアルタイムで何が起きているかが一番分かり易かったのはネットでした。ネットメディアをチェックしつつ、FacebookやSMSで送られてくる情報を頼りに、選挙結果を待ちました。
時が止まっていた9年前のミャンマーからすると、信じられないような情報伝達スピードとネットワーキング!宿の若いスタッフたちもそうだし、今回協力してくれた友人(ヤンゴンの事務所で仕事している旅仲間)の職場の若手スタッフもそうだけれど、みんな「どっからそんな情報みつけてくるの?!」っていうくらい、手広く、素早く、しかもかなり正確なものを集めていました。こういう情報ネットワークの中心にいるのは、やはり若い世代とネットメディアなんですよね。こういう流れって、ミャンマーだけでなく、多くの国の権力者にとっては脅威だろうなと思います。これからもっと脅威になっていくだろうなって。

■ 選挙と関係ないけれど、モモと感動の再会を果たす

投票結果がなかなか公式発表されないので、もうこれは待っていてもダメだなと見切りをつけ、ヤンゴンを離れて別の村に移りました。9年前にお世話になった家族(モモという女性)が住む村です。選挙速報は、友人がSMSで逐一送ってくれるわけだし、都市に張り付いている必要なんてないですからね。

ネット環境もほぼ皆無で、モモと連絡を取る手段が手紙以外になかった9年前。軍事政府の検閲もあるだろうし、郵便システムが機能しているかも定かではないし、という中で送った手紙は、こちらの気休め程度のものでしかありませんでした。

お世話になったモモという女性は当時38歳。若い夫と妹4人と弟と子どもが3人いて、近所には、他にもたくさんの親戚が住んでいました。寿命が短いミャンマーですから、40代と言うと若くはありませんし、モモが元気にしているかどうか、病気になったりしていないかと、この9年間はたくさん心配もしました。

村周辺の様子は、変わったところもあれば、全然変わらない部分もありました。9年前に滞在していた宿のオーナーに挨拶をして、また泊めてもらうことになり、翌日は記憶を頼りにモモの家を探しました。出入りしていた親戚の家が洪水被害にあって引っ越したのもあって、ちょっと迷いましたが、だいたいこの辺というところで雑貨屋に入り「モモって知ってますか?」と聞くと、隣を指差す。そういえば、当時のモモの家は建て替え中で、建築中の居間で最後の食事をさせてもらったことを思い出しました。
正面玄関から入っていくと、見覚えのある女性がふーっと出てきて、きょとんとした顔で「アキ、アキ・・・」と繰り返している!そう、彼女はモモの妹のキンネモ!9年後にアポ無しでふらっと現れたのに、顔を見てすぐに名前思い出してくれるなんて、ちょっと感動でした。モモは外出中でしたが、妹さんと一緒にしばらく待っていると、夫のバイクの後ろにまたがったモモが帰ってきました。モモは最初信じられないという顔をしてましたが、「モモ、帰ってきたよ」と言うと、手を握りしめて喜んでくれました。

■ 投票するっていうのは、大変なことなんだ!よ。

再会の話は長いので飛ばしますが、モモや妹さんの指には、もちろん「投票済インク」の痕がありました。とにかく、アウンサンスーチーを堂々と賞賛できることが嬉しいらしく、「NLDの勝利、ほぼ決まったも同然だよね、おめでとう」と言うと、よっぽどその話題が嬉しかったのか、村の選管委員の方の家にも連れて行ってくれました。

そこで分かったのですが、住民みんなが公正に参加できる選挙にするために、相応の準備をし、その結果としての歴史的選挙があったということです。

選挙とは何か、投票の仕方(投票スタンプの押し方)、投票所での手順など、事前に住民を教育したそうです。投票って、慣れてない人にとっては不安な行為ですし、「みんな最初は分からなくて当然だよ」というスタンスで丁寧に教えてもらえるのは心強いと思いました。読み書きができない人でも、ちゃんと投票に参加できるような工夫もされていて、これなら参加しやすいなと。日本でも組織票が強いのは、「みんなで行く」という心強さがあるからだと思います。単身世帯の若者で、選挙に行った事がない人にとっては、投票って割とハードルが高いのかもしれない。それこそ「皆さまお誘い合わせのうえ・・・」という感じで投票所に行くのであれば、行ってみようかなと思う若い人、出てくるかもしれないなと。そして、一度習慣づくと、次からはずっと参加しやすくなります。

■ 国際的な監視の目

選管委員さんの家を訪ねた時は、まだ選挙結果は出ていませんでした。NLD圧勝ということで間違いなかったのですが、なかなか公式発表がでなくて、また軍が邪魔してるんじゃないかとか、中央の選挙管理委員会が不正を働いているとか、公正にやりたいからこそしっかり時間をかけたほうがいいんだとか、いろいろな考えがあって、ヤキモキしながら過ごしました。

選管委員さんの話で興味深かったことの1つに、「海外からの監視の目」というのがありました。EUなどは、早くから選挙の手伝いをしていたようですし、NGOや国際機関、各国の監視団、それから海外メディアの流入が、今回の民主的な選挙を大きく後押しした、と話されていました。(だから、一応選挙に興味があって現地入りしていたおばちゃんまでが、「君がここにいるということが選挙管理委員会への圧力になるから、とても感謝している」と言われて、おじさんにジュースおごってもらった。モモも一緒におごってもらった。笑)

内政干渉に関しては、いい面も悪い面もあるなというのが私の個人的な考えですが、国際社会の監視の目(世界的な人権団体やジャーナリスト)の存在意義について、改めて考えてみるいい機会にはなったと思います。今や日本国内にも、言論圧力や権力とメディアの癒着など、海外メディアや国際機関から指摘を受ける形でしか襟を正せない問題がたくさんあるわけですからね。
国家間で干渉し合うと角が立ちますが、国家の看板を背負っていない中立的な国際ネットワークであれば、利害関係に巻き込まれることなく、ピュアに人民の側に立って行動できます。もちろん理想ではあるけれど、少なくとも、国際社会の監視の目というものには、そういうポテンシャルがあるんだなということを実感しました。

さて、モモの家を発つ日の昼頃、彼女と一緒に買い物をしていると、村の人たちが次々と話しかけてきました。「公式発表がでた!」と。みんな嬉しそうでした。と同時に、「あったり前じゃないか、この瞬間をどれだけ待ってたと思うんだよ!」という、これまでの軍事政権や、だらしなかった選挙管理委員会への反発も感じました。
私自身は、ミャンマー人ではないですし、公正な選挙を経て国のリーダーが選ばれれば、どんな人でもいいんじゃないかと思っていましたが(実際、前大統領のテインセインは、なかなかのやり手だったと思っているし)、でもモモや村の人たちは、やっぱり「待ちに待った、アウンサンスーチーの勝利!」を一緒に喜びたかったんだと思います。

ヤンゴンと村にしか私は行っていませんが、2週間の選挙期間の滞在を経て何より強く感じたのは、「アウンサンスーチーって、本当にスーパースターだな、ということ」。他の誰であってもダメなんですよね、彼女でなければ。伝説のアウンサン将軍の娘で、めちゃめちゃ美人で、頭が良くて、品があって、特権階級の人なのに人民のために戦ってきた・・・っていう、そのストーリー性は、やっぱり唯一無二。
大統領を超える国の指導者となったことで、選挙後には「女独裁者」など、いろいろ言われるようになっていますが、そもそも多民族国家で紛争が絶えないこの国で、「民主主義」を掲げられるのは、現状では彼女だけだと思います。こんな人、もう出てこないんじゃないかとも思います。ある意味、彼女が「独裁」できるうちはまだいいけれど、もう70歳超えているんだと思うと、ミャンマーの民主化は前途多難な予感しかしない。おめでたいだけの話では全然ないと思いました。
中東で欧米的民主主義が大混乱(大惨事)を巻き起こしているという現実もありますし、ではアジアという土壌には、果たして民主主義などというものがフィットするのか?という大いなる疑問も含めて、今後もミャンマーをウォッチングしていきたいなと。

またまた長くなってしまって、ごめんなさい。
書きたいこと(話し合いたいこと)は、いっぱいありますが、今日はこの辺で。

ではまた、ごきげんよう。

安希

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2件のコメント

  1. 「アジアという土壌には、果たして民主主義などというものがフィットするのか?」
    含蓄のある一文ですね。

  2. 9年目の再会についてもいつか聞かせてください。「モモとの感動の再会」のタイトルが目に入ったとき、最初、あれ!ミャンマーでも餃子のことをモモというのか、と。(情けない)
    絵で示されていた投票の仕方、面白かった。ミャンマーの人たちの将来が素晴らしいものになるように。

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