132.アフリカの中国人「前編」(マシンゴ) 激しさを増す中国のアフリカ進出。その内幕へ足を踏み入れてみると・・。

アジア・パシフィック医療改革フォーラム メール会員の皆様

おはようございます。
安希@すがすがしい秋晴れの日本から、残りのアフリカレポートを書いています。
毎日、ハイカロリーな食事をとって、お菓子や夜食をたくさん食べて、あとは昏々と眠る日々。
足つぼマッサージも取り入れ、疲労感はだいぶ抜けてきたように思います。10月ごろからはバ~ッと元気に、はしゃぎまわりたいです。

さて、ジンバブエ再訪の続きですが、今回は、ジンバブエで行動を共にすることになった中国人技師(労働者)たちとの日々をレポートしたいと思います。
現在までに訪れたアフリカの国は24カ国(全53カ国中)ですが、近年のアフリカと言えば、中国抜きでは語れないと言えるほど、中国の進出が目立っています。

アフリカと言えば、もともと欧米諸国(イギリス、フランスなど)が植民地支配を競い、その後独立を経て、冷戦中は放置され、そして冷戦崩壊後の今は、世界スーパーパワーの一つ中国がアフリカをほぼ手中に収めた感じですね。
特に、前回のジンバブエレポートにもあったように、旧宗主国であるイギリスに反感を持ち、いわゆるアメリカ欧米主義を拒絶しているジンバブエの様な国が、ではどのスーパーパワーと手を組むか(傘下に入るか)となると、中国。となるわけです。
これは、今回の旅で訪れたスーダンも同じです。スーダン大統領がICCに逮捕状を出されようが、どれだけ欧米に嫌われようが、わが道を行く国は、同じく欧米なんて全然気にせず我が道を行く超大国中国と手を組めばいい、という国際的な構造が出来てきたのでしょう。
へぇ~、中国ってすごいわねぇ。

確かに中国の世界的な進出度合は、その他先進諸国の比ではないわけですが(そもそも人口が違う!)、じゃあ、中国が、あるいは海外にいる中国人が「国際的か?」と言えば、う~ん、どうなんだろ~、という印象を持っていました。
だって、中国人、英語話せないんだもん。中華街をさっさと作って、現地の人とも他国の人とも、交流なんて一切しないんだもの。それに中華鍋持って来て、中華料理しか食べないんだもの~!!えぇ~、どうせ作るなら、おばちゃんにもちょっと食べさせて~。
というのが、中国人でした。

アフリカ現地の人達の感想も、「反アメリカ勢力として中国が助けてくれるおかげで、国際社会で完全孤立せずやっていけることを感謝する反面、中国の傲慢なやり方というか、現地の人達を一切無視したような入植や個々の態度への反感もある」らしい。
そのほとんどの石油が中国に流れていると言われるスーダンの人は、私を見かけるとよくこう言いました。
「日本人は大好きだ。日本人は支援にくるフレンドリーな人たちだ。中国人は搾取にだけ来るビジネスマンしかいない。」

さて、そんな訳で、アフリカには中国人はたくさ~ん来ているけれど、旅人として、ほとんど交流する機会がなかった私は、アフリカにいる中国人についてほとんど何も知らずに過ごしておりました。
ところが、ジンバブエの宿で、中国人技師の一団と出会い、不思議なことに行動を共にすることになったのです。
グループ最年少の26歳の電気技師の青年が、片言の英語で積極的に話かけてきたことがきっかけでした。
青年が何度も部屋へやって来て、中華料理を作るから、一緒に食べよう!と誘われ、そりゃあお腹は空いていたし、中華料理が食べられるなら、喜んで誘いに乗っちゃうのがおばちゃんでして、いつの間にか技師のみなさんとも仲良くなりました。
そして、5人の中国人技師(コックさんを含む)と、現地人(ジンバブエ人の運転手)一人を含む、計6人の電信会社グループとの珍道中が始まったのでした。

■アフリカの中の中国

6名の技師たちは、オフィスをブラワヨという街に構え、ジンバブエ国内をあちこち回りながら、携帯電話のポール(発信基地)の整備をしている人たちでした。
私が出会ったときは、首都ハラレの宿にいたわけですが、彼らには業務用の車(トヨタハイラックス)と現地人の運転手がついていて、まずは買い物に行こうと誘われました。
中華料理をごちそうすると言われたので、私が以前(2007年)に通っていた、繁華街の中華料理屋のことを話すと、彼はそこは知らないと言い、僕たちの行きつけの中華料理屋で食材だけ買ってこようと言いました。
「行きつけの中華料理屋?」

彼の車で行った先には、豪華な門構えの中華料理屋と中華食品を扱う店が確かに出現。なんだ~この豪華なレストランは~!っとおばちゃんはビビった!
そして、彼らは100米ドル札を数枚取り出し、買い物開始!
「好きなものを好きなだけ、かごに入れればいい!」と気前がいいのはありがたいけど、中華食材なので何を買ったらいいのかわからないおばちゃん。
「辛いものが好きだ」と言うと、四川省のピリ辛ザーサイのパックを3つも買ってくれた!
「お酒は飲みます」と言うと、アルコール度数55%の酒瓶を2本、買った!ついでに、おつまみも2袋!
「トイレットペーパーが無くて困っています」と言うと、中国のやわらか~い(だってアフリカの固い紙ではお尻が切れちゃう!)ペーパーを1ロール買ってプレゼントしてくれた~!うれし~!

それにしても、あそこまで豪華で高級で完璧な中華街が門の中にあるとは・・・、さすがというか、どうして中国人はこうも完全に中国を移植するのだろうか・・と、反感と言うよりは、なんだか今回は感心してしまいました。
ジンバブエが飢餓に陥ろうが、食糧難になろうが、なぜか中華街には、食べ物も酒も、完璧なレストランも存在する・・・。すごいのです。

■さすがは中国のコックさん

さて、食材を買いこんで宿に戻ると、同行しているコックさん(今は技術者だけど、以前コックとして10年働いたことがある)が、せっせと中華料理を作ってくれていました。
まな板や包丁、中華鍋はもちろんのこと、ネギを含む野菜や米、調味料のすべてに至るまで、完璧なものを揃え、宿のキッチンだって堂々と占領して、豪華な中華料理を何品も作り、そしてもちろんチャーハンも~!わ~い!ビールにザーサイ~!わ~い!

そして、意外だったのが、彼らがとても寛大だったということ。
もちろん、26歳の青年以外は誰も英語はできませんでしたが、コミュニケーションを図ろうとすると、みんなとても親切で、現実には他のアフリカ人の滞在者とも仲良くやっていました。
中国語を堂々と話しながら、他の人たちにも中華料理をふるまう彼ら・・・。
逆に、日本人のように相手の文化や言語に配慮して・・・気を使い・・みたいな面がなく、サバサバしていて、決して自分たちの生活ペースは崩さないけれど、だからと言って殻に閉じこもるのではなく、来るもの拒まずみんなで楽しく、のノリがあり、楽しい夕飯時となりました。

ひと度彼らのサイクルに巻き込まれてしまった日本人バックパッカーおばちゃんは、今までに抱いていた「中国主義に閉じこもる中国人」というイメージを覆されることになりました。

世界中に拡散する中華街と中国人、彼らの海外進出の内側が、少しずつ見え始めました。なんとも新鮮と言うか、面白い体験です。

話が長引きそうなので、続きは後編にて・・・
この後、彼らのナイトクラブデビューを手伝うことになったおばちゃんは、そのあともハイラックスで発信基地巡りにまで同行することになり・・・のお話です。

ではまた、ごきげんよう。

安希

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