129.モザンビークに英語が聞こえる(チモイオ) かつてポルトガル領だったモザンビーク。西へ向かうと・・あれぇ?ポルトガル語じゃなくて、英語が・・。

一般読者向け

皆さん、こんばんは。
安希@モザンビークのチモイオという街で書いています。
明日の朝には国境を越えて、隣国ジンバブエへ入国する予定です。
モザンビークは想像以上にネット環境が悪く、レポートや連絡事項が溜まりに溜まってきたので、予定を少し早めに切り上げてジンバブエへ行ってみることにしました。

さて、ジンバブエと言えば、スーパーインフレで一躍有名になってしまった残念な元経済大国。
2年前にも首都ハラレに1ヶ月滞在し、札束を抱えて街中を歩き回ったことは、以前のレポートに書きました。

けれど、インフレと食糧難を除けば、通信関係やインフラに関しては依然として高いレベルを維持している国に違いはなく・・・。
そこで、食べ物がなくてもネットがつながる(可能性の高い)ジンバにかけてみることにしました。
しかも、聞くところによると、ジンバブエには今、食料もあるらしいのです。マジで?

大混乱とスーパーインフレのピークを迎えたあと、ジンバブエ政府はジンバブエドルをついに諦め、USドルの使用を公認しました。
現在は、USドルと南アのランドの二つの通貨が使われています。
1USD=10ランドを、ミックするして使うそうです。
つまり、バス代が25ドルの場合、25ドル払ってもいいし、20ドルと50ランド払ってもいい。
30ドル払うと、5ドルか50ランドでおつりが来るらしいです。
そして、食料や日用品もスーパーや商店街に戻ったらしい。あの空っぽになった街が、再び元の姿に戻りつつあるのねぇ。(なんだか感動的ですねぇ)

と言っても、私はまだジンバブエに入国したわけではなく、モザンビークで勝手に想像して書いているだけです。
そして、何故今、こんな情報を書いているかというと、モザンビークに住んでいるジンバブエ人からい~っぱい情報を集めたからです。
つまり、ジンバブエの大混乱のために、多くのジンバブエ人が周辺国へ逃れ、そのうちの一つがモザンビークだったのですね。
モザンビーク人はポルトガル語を話しますが、その中に英語を話す人がかなり混じっていて、流暢に話す人のほとんどがジンバブエからの避難民です。
(言葉が通じるので、おばちゃんはとても嬉しくなって、ジンバブエ人に話しかけてしまうのです。ホホホ。)

ところで、今滞在しているチモイオという場所は、ジンバブエ国境に近いだけあって、ジンバブエ人率が高くなってきています。そして、ここまでに訪れたモザンビークの町とは少し雰囲気が違う気がするのです。

とりあえず二日間だけですが歩き回ってみた感想としては、町全体が倉庫みたい・・・。
アフリカの一般的な街の風景には、小さな売店やカフェや路上の商人がた~くさんいて、ごちゃごちゃした雰囲気があるのですが、チモイオは少し違いますね。
もちろん道端の物売りはたくさんいるけれど、町の商店街は倉庫のようになっていて、大きな穀物袋やなんかがどか~んと積んであります。
アフリカ風の木造の小さな売店・・・のような場所がなかなか見つからず、おばちゃんが昼ごはん探しに苦労しました。

人が根付いている場所と言うより、流通センターのような雰囲気さえあるチモイオを歩くと、ジンバブエ物不足の影響なのかな~という感じがします。
前回の旅行中にも、マラウィ南部の街で、穀物袋の山に埋もれてバスを待っていたジンバブエ人がいたことを思い出しました。
農業大国が崩壊し物がなくなった後に、闇市(闇流通)の人々が隣国からかき集めた食料や物資が、ジンバブエの人々の最後の生命線でした。

もう一つ興味深いことは、モザンビークをはじめとする国外避難民(ジンバブエの外に逃れた人たち)と話をすると、ムガベ政権を、もうボロクソにこき下ろす傾向があるということです。
国内にいるときは、「大変な状況になっている」と言う人はいても、ムガベ大統領を公然と非難するような人はあまりいなかったように記憶しています。
むしろ、「ムガベ大統領は白人を追い出し、黒人社会にプライドを戻したヒーロー」という風に、大統領を持ち上げる人すらいたくらい。
理由は二つあると思います。
1.独裁政権下の国内で、大統領(独裁者)を公然と非難することはリスクが高いので、言葉を選んでいる。
2.独裁政治の恩恵を受けているので、非難する必要もないし、国外へ逃げる必要もない、いわゆる美味しい汁をすっている人もいる。

ところが、海外へ逃げてきた人はというと:
生活苦のために海外へ逃げてきたということは、独裁政権を当然恨んでいる人たちばかりな上に、国外なので言いたいことが自由に言える。
そこで彼ら(彼女たちは)、こんな風に語っています。
「今、目の前にムガベが居たら、殺してやりたいくらいだ!」
「みんなムガベを嫌っている。だけどどうすることもできない!」
そこでおばちゃんが、
「だけどもう彼も80を超えているんだし、そろそろお迎えがくるんじゃないかしら?」と言うと。
「誰もがそれを望んでいるけど、彼はとてもしぶとい。とにかく早く死んで欲しい。それしか解決の道はない。」と。
はぁ~、嫌われてますね、ムガベさん。

それにしても、ジンバブエに近くなるにつれて、そして、英語を耳にする機会が増えるにつれて、二年前のあの時間が時折脳裏をよぎります。
ジンバブエのその後、を明日見に行きます。

以上、国境まで2時間の場所からのレポートでした。
このレポートがジンバブエで無事UPできるといいのですが、どうかな~、繋がるかな~インターネット。
ボツワナ(ジンバブエの次に入国予定)までネットが出来なかったらどうしようかな~。困ったな~。

ではまた、ごきげんよう。

安希

PS.ポルトガル語、少しずつですが覚え始めました。買い物をするときに数が分かると随分違いますからね。
ところで、わたくしの名前アキは、ポルトガル語で「ここ」という意味。スペイン語でも同じなので知っていましたが、実際に現地で使うと変な感じがするものです。
「ここ」と言う単語は結構しょっちゅう使われます。アキ、アキ、アキ・・・と。
言われる度に、ドキっとしつつも、「振り向いちゃいかん!」と自分に言い聞かせているのですが、それでも時々ついつられて「何だい?」と、振り返ってしまいます。
だって・・・みんなが「アキ、アキ!」って言うんだもん。

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