反同性婚・反同性愛について

皆さま、こんにちは。

『同性のパートナーシップを認める条例』に反対するデモが、渋谷で行われたようですね。反同性婚だけでなく、同性愛そのものを否定・禁止するような内容でもあったようです。また、アメリカの70年代に『われわれの子供を守れ』キャンペーンによって、同性愛差別を煽動したアニタ・ブライアント的な動きも出てきているようですね。

アメリカの70年代頃の議論が、ようやく日本でも始まってきたのかなと思います。そういう意味では、決して悪いことばかりではありません。

ただ、これはかつてのアメリカでも同じだったのですが、反対運動をされている方、また反対意見を述べられている某政治家の方々の意見を聞いていると、やはりまだLGBTというものを、全然勉強していないのかなという印象です。

『伝統的な日本の家族形態や価値観が脅かされる』
というのが、反対派の方たちが常に心配されていることのようです。これは、選択的夫婦別姓を反対する人や、日本人の純血主義にこだわる人たちが、いつも訴えていることです。

では、本当に脅かされるのでしょうか?

同性婚であれ、選択的夫婦別姓であれ、それはオプションであって強制ではありません。同性婚が認められたり、同性愛が社会や教育の場で可視化されたからといって、全員が同性愛者になるわけでも、同性婚をしなければならないわけでもありません。

異性愛者が、『今から同性を愛せ!』と言われても愛せないように、同性愛者は『今から異性を愛せ!』と言われても愛せません。だから、同性のパートナーシップを社会が認めたからと言って、あなたも、あなたの子供も、みんなが同性を愛さなければいけないわけでは全然ありません。(当たり前のことすぎて、書いていて辛いです・・・)

もし『伝統的な日本の家族形態と価値観を、すべての日本人に強制したい』ということであれば、また話は別です。その場合は、ではあなたの言う『伝統的な日本の家族形態』とは、どんな形態ですか?と訊く必要が出てきます。

たぶん、日本人のお父さんとお母さんがいて、子供が二人くらいいる家庭でしょうか?

それならば、片親の家も糾弾しなくてはいけませんし、子どもがいない家も、里親・養子縁組の家も、祖父母が子どもを育てている家も、独身者も、親が両方外国籍か、片方が外国籍の家も、ぜんぶ糾弾しなくてはいけなくなります。日本の伝統(?)に反するという理由で・・。

それらの違いを、一つ一つすべてあげつらって、排除したり、矯正させようと思ったら、それはもう、大変なことになります。きりがないですから、そんな面倒なことをするくらいなら、「いろんな家があるよね」と、違いを受け入れてしまったほうが、ずっと楽だと思います。

『伝統的な日本の家族形態が脅かされること』よりも私が心配しているのは、社会の中で反対運動が盛り上がることで、LGBTの人、とくに子どもたちに、強い圧力がかかることです。

反対運動をやっている人たちに覚えておいて欲しいことがあります。

LGBTの子どもたちの自殺(未遂含)率は、そうでない子どもの約5倍』と言われています。また、多くのLGBTの子どもは、いじめを受けた経験があり、苦しみながらも、その事実を誰にも打ち明けられないでいます。ときに、自分自身でさえも受け入れられない事実の前で、強い自己否定感や抑圧に耐えています。

世の中は、異性愛を『常識』として回っています。そんな環境の中で、自分が異性を愛せないと気づいたときの恐怖を考えたことがあるでしょうか?周りと違うと気づいたときの混乱、嘲笑やいじめを受ける苦しみを、想像したことがあるでしょうか?

あなたが大々的に繰り広げる『反対運動』の横を、強い抑圧を抱えたLGBTの子どもが、無言で歩き去っているということを、覚えておいて欲しいと思います。

議論が盛り上がることは良いことです。しかし、「知らなかった」や「軽い気持ちで反対していた」では、済まされないこともあります。

リオとタケル』には、ゲイであるリオとタケル以外にも、他のゲイのカップルや、同性愛の家族を持つ人たちなどが、たくさん登場してきます。みんな、それぞれの方法で幸福を追求し、生きてきた人たちです。一部、引用しておきます。

タケルさんの手記より:

『人に「女性的な感性を持っている」と言われるのが、とても嫌でした。それは自分が、オカマやゲイボーイと呼ばれることを恐れていたからだと思います。・・・(中略)・・・自分の中に感じた、何かよくわからないがどこか深くに隠れているものに対する否定、圧迫、逃避を、無意識のうちにしていたのだと思います。自分自身を知ることや、彼らに本当の自分を知られることを恐れていたとも言えます。まさしく無知が引き起こす恐怖です』

60年代の終わりに、ゲイの叔父を自死で失った、コーエン教授の言葉より:

『私が育ったのは、ゲイであるなどということは考えられない、たとえそうであったとしても、決して口外できないという時代だ。そんな時代に、私は自分の叔父がゲイであることを知った。私が深く、深く敬愛していた叔父だ。・・・(中略)・・・いずれにせよ、最低最悪の気分だった。大好きな叔父が死んだ。それだけでも十分悲しかった。しかも自死だったという事実が、私を深い恐怖と後悔に陥れた。叔父と、そのことについて話し合うことができていたら・・・と、何度も、何度も考えたよ。』

2014年のトニー賞で『作品賞』に輝いた作品の演出家であり芸術監督でもある、ビル・ラウシ氏の言葉より(彼には、30年連れ添った同性のパートナーと2人の子どもがいる):

『卒業を迎えた生徒たちを前にして、僕は自分がかつて高校生だったときに恐れていたことを話した。僕は一生、孤独に生きていくと思っていた。僕は一生、ゲイであることを隠し続けて生きていくと思っていた。僕は一生、親にそのことを告げられないまま生きていくと思っていた。僕はずっと怖かった。不安を抱えて生きていた』

ビルの言葉の続きは、LGBTの子どもたちに是非知っておいてもらいたいメッセージです。希望を捨てないで欲しい。そのためにも、誰もが生きやすい社会を作るのが、私たち大人の仕事です。

『でも、あの頃から何十年も経って、今僕は、生徒たちにはっきりと言うことができる。僕が恐れていたことは、何一つとして現実にはならなかった、と。

僕は結婚した。僕には子どもがいる。両親は僕たちを応援してくれている。だから人生、何が待っているかなんて分からない。僕はそう、生徒たちに話した。それは他でもない僕自身が、17歳のときに誰かに言って欲しかった言葉だ。そして今、僕が公の場でこうして自身をもってスピーチできるのは、リオやタケルの存在があってのことだ。ロールモデルとして、壇上に立つ僕の背中を押してくれているんだ』

同じエネルギーを使うのだったら、既に苦しんでいる誰かをもっと痛めつけることにではなく、彼らの痛みを少しでも和らげることに使ってみてはどうでしょうか?

ではまた、ごきげんよう。

安希

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