118.ここに地終わり海始まる「後編」(ロカ)<BR>ユーラシア最西端。トルコブルーの大西洋を前にして、旅の最後に思うこと。

安希のレポート最終回「ここに地終わり海始まる」の後編です。

■生きる旅

旅に出る前、世界はそこそこ危険な場所に違いないと想像していました。ところが旅をしてみると、想像以上に安全で簡単だということがよく分かりました。
もちろん、危険な場所は避けて旅をしていた訳だから、安全で当たり前なのですが、危険らしい危険に直面したのは、自らの不注意で襲撃されたジンバブエぐらい。他は、ほとんど危険ゼロでした。

結果的にとても安全だった今回の一人旅。けれど、「難所」と呼ばれるいくつかの地域を前に不安になって、自分の生死について考えたことは何度かありました。

例えばそれは、私が通る予定の同じルートで乗り物事故に巻き込まれ命を落とした何人かの邦人旅行者の話であったり、旅慣れた登山家の凍死の知らせであったり、流れ弾に当たって死んでしまったバックパッカーの情報であったり、大使館の掲示板で目にする行方不明者の捜索願いであったり…。
別の旅行者に、
「あそこの絶壁道路のバスは転落事故を何回も起こしてるから、変な車を選ぶと、本当に死ぬかもしれない。」と言われたり、
「女性一人でアフリカかぁ。どうかなぁ、アフリカは行方不明者もかなり出てるって聞いたから俺達も行かない。」と言われたりして、
夜、一人で安宿の天井を見上げながら、根拠のない悪夢を想像し、不安になったことも一度や二度ではありませんでした。

避けられない事故に巻き込まれる自分を想像し、年内にこの世を去ってしまっているかもしれない自分と、その後も続いていく世界についてとても現実的に考えました。
自分の死の可能性をこれだけ生々しく感じたのは、今回が初めてでした。しかし、その逆で、生きること(生き延びること)をこれだけ強く意識したのも初めてだったと思います。

下手をすると死ぬかもしれないと思う一方で、この旅が自己未来への投資である以上、「死んでもいい自由な旅」という選択肢が許されないことも理解していました。
最終的に生きてロカにたどり着き、次のステップへ進まなければいけないという気持ち、生きる選択をしなければいけないプレッシャーは、死ぬかもしれない不安より遥かに強く、また重かったと思いますね。

「死んでもいい、イチかバチかの大胆冒険旅行。未来のことは考えず、自由奔放に動き回ることができたらどんなに楽だろうか?」と考えた日々。
けれど今はまだ、「生きる旅」を選ばなければいけません。
「死んでもいい旅」が許されるまでに、私にはまだまだ生きてやり遂げなければいけないことが沢山ある。そんなことを思いながらの2年間でした。

■社会人が旅をするということ

世界旅の途中で、日本社会についても実に様々なことを思い考えました。
欧米人旅行者と旅の話をするといつも、
「日本の旅行者は観光バスに乗って大勢でヨーロッパへやって来て、忙しくカメラを構え、数日で帰っていく。その反対に、日本のバックパッカーは、一人で何年も旅をしているような人が多くて驚かされる。」と。
その度に私は、
「日本の社会システムでは、欧米のように毎年1~3ヶ月の有給休暇をとることは不可能です。1週間でも難しい。だから日本の旅行者は、数日の観光旅行しかできない。それか、一週間以上の旅行がしたければ、もう仕事を辞めるしかない。それで仕事をどうせやめるのなら、1週間でも2年でも5年でも同じなので、次の仕事へ戻るまで長期で旅をする場合が一般的です。」

日本の社会は、走り続けるか、一度止まってレールから外れてしまうか、の究極の二者択一社会とも言えるでしょうね。
つまり、超短期旅行者=数日の観光旅行しかできない OR 長期旅行者=日本社会復帰困難型 の社会構造です。

もう一つ、世界屈指の豊かな国、経済大国の日本における、自殺者の多さについて、話し合ったり考えたりする機会も非常に多かったです。(この件は、いくつかのレポートでも書いてきたと思いますが…)
日本社会、そこで生きていく意味について、考えさせられた旅でした。

「日本社会復帰困難型」と形容され、時には「職なし放浪人」として後ろ指を刺されながらも、日本を離れてバックパッカーをしている元社会人の旅行者にも何人か出会いました。皆さん、それぞれの思いを胸に旅をされていて、とても興味深く、意味のある出会いだったと思います。
日本の社会について…、また日本の社会人人生を辞めて旅にでるバックパッカーにつて…、う~ん、思うことは多いのですが、この世界を言葉で解説するのは不可能です。

説明できない代わりに一つだけ、マラウィで知り合った日本人サイクリストさんと交わした会話を、ここに記しておきましょう。

ザンビアへ向かう前日の夜、偶然知り合ったサイクリストさんと宿の表のベンチに座って、夜、紅茶を飲みながら色々な話をしました。
内容は主に、アフリカのこと。情報交換や、アフリカの現状についてのそれぞれの意見です。
そんな話しの途中で、なぜだか「旅」の話しになり、サイクリストさんが話してくれたことを今でもよく覚えています。

彼は、社会人の旅について、こんなことを言っていました。
「僕は学生時代にも何度か旅に出ているけれど、学生時代の旅と、社会人になってからする旅は、別物だと思っています。少なくとも、僕にとっては全くの別物です。
学生時代には、帰る場所が用意されている。ホームが後ろに見えていて、安全がどこかで確保されている。浅瀬の水に足をつけて、しばらく遊んで、帰っていけばよかった。
だけど、社会人になって、仕事を離れてする旅はもう飛び込んじゃっていると思う。深い水の中へ頭からダイブするのが社会人の旅だと思いますね。」

深い水の中へダイブする旅。仕事を離れ、社会を離れ、全ての財産を投資する覚悟で出てきた今回の旅のことを考えながら、私は、彼の話に静かに耳を傾けていました。
失敗の出来ない旅。背水の陣です。

何気ない会話の、話の終わりの頃になって、サイクリストさんは、淡々とこう言いました。
「僕、この旅の途中で死ぬかもしれないと思っています。アフリカで自分は死んでしまうかもしれないと思って毎日自転車こいでます。」

■ロカ岬に立つ日

約1年前、仮に明日、最終目的地ロカ岬へ立ったとしたら、どんな気持ちがするだろうか?と考えて、強い不安と焦りを感じたこと覚えています。
その時の私には、まだまだ見たい国が沢山残っていて、全ての面において旅を終える準備が出来ていないことは明らかでした。
それ以来、ゴールに到達する自分の姿を想像しながら、時折沸いてきた疑問がありました。
「ロカで何を思うのか…。」

もしかしたら、2年の旅を終えた達成感から、感動して泣くかもしれない…。
もしかしたら、汚くて、不便で、空腹で下痢だった旅が終わって、ホッとするかもしれない…。
もしかしたら、愛する旅が終わってしまって、悲しさのあまり鬱になるかもしれない…。
もしかしたら、日本へ帰国できることを心から喜ぶかもしれないし、逆に、日本社会へ戻っていくことに恐怖を感じるかもしれないし…、どうなるかは分からない。

2008年4月23日、リスボンから列車とバスを乗り継いで、私は最終目的地、ロカ岬へたどり着きました。
そして岬の端の石垣の上へ座って、トルコブルーの大西洋を何時間も眺めました。
特別な達成感も感動もありませんでした。ただ、この2年間ずっとそうだったように、私はこの日も、新しい土地の新しい景色を見て、美しい地形を発見し、その姿を旅の記憶の中にそっと焼き付けました。
私の愛した旅が終わってしまう寂しさは、確かに少しありました。けれどそれと同時に、旅を終える喜びもありました。それは、不衛生で不便な生活が終わって嬉しいということでは全くなくて、むしろ旅を終えたことで新に始まった次のチャレンジに対する興奮に似た喜びです。

ロカに到着する3~4ヶ月前、西アフリカにいた頃から予兆はありました。
まだまだ旅をして沢山の国を見て周りたいという気持ちと、早く旅を終えて、次のステップへ進みたい興奮が入り混じって、逸る気持ちを抑えながらサハラを越えた西アフリカ。
ゴールのはずのロカを目指しながら、本当のところスタート地点へ向かって進んでいるような不思議な感覚がありました。
そしてついにやって来たロカで思うこと、それは、もう過去のこととなってしまった旅の思い出ではなく、この旅の先に続く未来のことばかりです。

最終目的地、ポルトガルのロカ岬。

どこまでも続く真っ青な海原に、強いラテンの太陽が照りかえって、海面に一本の道を描きだしていました。
遥か彼方、水平線へと延びる一筋の銀の道を見つめながら感じたもの。それは新たな挑戦への、静かな、そして微かな武者震いです。

ヨーロッパの西の端、大西洋が一望できるロカ岬の、春の花々に彩られた丘の上に、一つの石碑が建てられていました。
その石碑には、ポルトガル語でこう書かれています。

AQUI・・・
ONDE A TERRA SE ACABA 
E O MAR COMECA・・・

訳: ここに地終わり、海始まる

それでは皆様、ごきげんよう。

安希

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6件のコメント

  1. SECRET: 1
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    安希さんが2月にバマコのラフィアを出発した早朝、サイクリストの鈴木君が見送り、その時ご挨拶をしましたリタイア・ツーリストの山田です。この宿で何日かご一緒しましたがお話をする機会はありませんでした。レポートは更新の度に楽しみに読ませて戴いています。私も就職する前、27~28歳時に約2年間、世界を旅しました。安希さんの様々な思いを読んでいると、自分と重ね合わせたり、多くのことを考えさせられました。私たちの今回の旅は、安希さんバマコからモロッコに向かった逆コースで南下してきました。約3ヶ月、正に血が湧きかえるような西アフリカの旅でした。相棒は、学生時代からの友人で二人とも60歳を超えていました。何よりも、自分の子どもと同じ世代のツーリスト(30代の人が多い)と出会い話をしたのがたいへん楽しい事でした。たくさんの事を感じさせてくれた安希さんに感謝します。
    今回の旅は、かけがいのない宝物だと思います。

  2. SECRET: 1
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    長い間、沢山のレポートをありがとう。 いつも楽しみにしていました。ロカ岬での描写、なんだかこっちまで力が沸いて来たよ。 ひとまずお疲れ様でした。 また新たな目標に向かって進むアキを応援しています。

  3. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    長旅お疲れ様でした。
    ひとつひとつの体験、経験がこれからアキチャンの肥やしとなって大輪の花を咲かせることでしょう、今から楽しみにしております。 

    「生きる」選択の旅は決して生易しいものではありません。
    が、アキチャンのバイタリティとユモアのセンス、コミュニケート能力の高さでうまく乗り切ってきけるでしょうね。影ながら応援しています。

  4. SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    長旅お疲れ様です。
    世界を巡る旅。危険も確かに伴うかもしれないけど、でもそれだけ貴重な体験だったのではっ?!

    でも無事でなによりです。
    これからも頑張ってね!

  5. SECRET: 0
    PASS: 3cbf8fa60d7982760c8dcf1e09e88de2
    <日経>◇旭川医大、遠隔医療の安全技術――ソフトバンクと開発
     旭川医科大学(吉田晃敏学長)はソフトバンクグループと共同で、衛星回線を使い患者を診断する遠隔医療の際に欠かせない「なりすまし防止」の新技術を開発した。身近な携帯電話で簡単に本人認証できるのが最大の特徴。この技術を使えば、「健康維持や改善指導にも遠隔医療の活用が可能になる」(吉田学長)と期待する。
     ソフトバンクBBが始めた携帯電話による本人認証サービス「シンクロック」を応用。医療データなどを蓄積したサーバーにアクセスする際、パソコン画面に表示されるパスワードを携帯電話で入力して送信する。事前登録した携帯端末の利用者識別情報と照らし本人確認する仕組み。認証の際に複数の通信系統を使い安全性は非常に高いという。
     またIDなどの管理も不要で運用コストも安く済むという。
     メタボリック(内臓脂肪)症候群予防のため4月から特定検診・特定保健指導が義務化されるなど、これまでの病院同士に加え、今後は医師と患者間での遠隔医療技術の活用が期待される。しかし、究極の個人情報ともいえる「健康情報」の保護を担保できるようなシステム開発が課題となっていた。
     旭川医大などは認証技術をベースに、今後、(1)掛かり付けの医療機関などに蓄積された個人の健康情報に、全国どこからでもアクセスできる新システム(2)患者の健康情報を医師、看護師、栄養士らが共有し、健康管理や指導を推進する仕組み――などを共同で研究していく。
     地方における医師不足などが原因で医療格差が生じるなか、「誰もが最寄りの病院で質の高い医療を安く受けられるには遠隔医療が有効。新認証技術は、その普及に拍車を掛ける」(吉田学長)とみている。

  6. SECRET: 1
    PASS: 3ef9eadd53f4d8cc96730aee9d2a3c38
    こんにちは。初めてコメントします。
    私も3年前にあきさんと同じように旅をし、同じように感じました。
    あの旅をしている時の感覚が少し蘇って切なくなりました。
    南京虫のブログからたまたま辿り着いたのですが、私が旅をしている時は日本人女性で長期の一人旅をしている人に出会う機会がありませんでした。
    もしあきさんに出会っていたなら色々な話をできたことでしょう。
    帰国後は考えることも多いかもしれませんが、人間の順応力はすさまじいもので私の場合は直ぐに元の世界に逆戻り。でもやはり前とは全く違う自分ですよね。
    今私はNYに住んでいますが、日本に帰ってあきさんが講演会などやっていれば是非聴きに行きます。ではでは。
    P.Sそれにしても南京虫は地獄ですよね。私はシリアで66箇所やられて死ぬかと思いました・・f(^^;)

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