117.ここに地終わり海始まる「前編」(ロカ)<BR>最終目的地、ポルトガルのロカから。旅を振り返って…。

アジアパシフィック医療改革フォーラムメール会員、およびブログ読者の皆様へ

大学時代の恩師に「世界を見に行く」ことを約束してから6年、宮本輝の小説「ここに地終わり海始まる」の中にポルトガルのロカという地名を見つけてから3年、アジア極東の母国日本を出てから22ヶ月と5日、今日、ユーラシア大陸(ヨーロッパ)の最西端、ポルトガルのロカ岬に立ちました。
約50の国と地域を少しずつ進みながら、沢山の出会いと毎日の小競り合い、そして感謝と感動と喧嘩を繰り返した2年間、はじめての一人旅がここに終わりを迎えました。

医療と無関係なトピックばかりだった「安希のレポート」もついに最終回。
長くお付き合いいただいたフォーラムの皆様、そしてブログ読者の皆さんに宛てて、最後まで医療からはズレたまま、旅人としての感想を記して、終わりとしたいと思います。

ポルトガルからラスト安希レポ、どうぞよろしく。

■無知を確認する作業

通信手段が著しい発達を遂げた現代の情報社会では、情報は追い求めるものではなく押し寄せてくるもの、だと感じることがあります。
特に、出発直前までを過ごした東京を歩けば、誇張された世界の一部の情報が、簡略化された文字や口語に形を変えて、私を毎日取り囲んでいたような印象がありました。
そして、大手メディアを中心とした発信源から押し寄せてくる情報の中で暮らすうちに、つまりその逆の、自分の足で、肌で、裸眼で、自ら追い求めていくタイプの情報へ対する興味が高まっていきました。

約2年前、旅人になったおばちゃんは、世界の小道をぶらぶら歩き始めました。現地の人々が生活を営む小道。つまり、人がいて、家族がいて、コミュニティーがあって、食べ物や生活の香りがして、時に同じような旅人が現れてきて「やあやあ」と声をかけて通り過ぎていくような小道です。
そんな旅道中で触れることの出来た世界の現状というのは、「押し寄せてくる情報」を元に想像していた世界の姿とは90%以上が異なっている別世界でした。
なぜ異なっていたのか、理由はとても簡単です。メディアと私の通った道が同じではなかったことと、メディアが焦点を当てる対象物と私の目が探しているものが根本的に違っていたからです。
つまり、世界はとてつもなく広く、私達が捉えることの出来る部分というのは、それがメディアであっても個人であっても、極端に限られた一部でしかありません。

各々のメディアが伝えようとする情報は、媒体の主観を通じて示される「間違っていないけれど結局のところ、ごく一部でしかない」世界の現状であって、「安希のレポート」もまた、おばちゃんパッカーの好みと偏見を通じて伝えられる世界の小さな出来事にすぎなかったはずです。
そこでおばちゃんが学んだことは、情報はいづれにせよ偏っていて、世界の全容を公平に示すことの出来る単一の情報源など存在しない、という当たり前の事実です。
この経験によって、これからの情報への接し方や距離のとり方が変わってくると思います。

例えば新聞の見出しに「インド北部で列車爆破。死傷者30人」と書かれていて想像すること = 毎日無数に走っているインドの列車の中には、爆発する列車もごく一部あって、十数億のインド人口のうち30人ほどが事故の犠牲になったらしい。そして今日も、明日も明後日も、人々は同じ路線の列車に乗って暮らしていくのでしょう。

例えば海外旅行の情報番組で、美しく編集されたパリの街並が映し出され、お洒落なカフェでロマンチックなひと時を過ごす新婚旅行者などが映ろうものなら、貧乏バックパッキングおばちゃんはテレビをピッと即消しにして、メラメラ~っと回想するのです…:
一缶1.5ユーロのファンタオレンジを飲みながら延々と一人孤独に歩き回った寒かったパリの街角で、日本からの新婚旅行者に「写真おねがいしま~す」とカメラを渡されて、わたくし、それはもう快く、あたたかい笑顔で写真を撮って差し上げました…そんなパリの一日を思い出すはずです。
ごく一部には、ロマンチックなひと時を過ごす人もいるでしょうし、ごく一部には面倒くさくなってエッフェル塔の写真すら撮らずにパリを後にする旅人もいるでしょうし…。パリの街並には美しい場所も沢山あるでしょうし、深夜に酔っ払いに囲まれて果物ナイフをポケットに入れ忘れていた不用意を後悔しなければいけないような場所もあるでしょうし、パリにだっていろんな場所があるでしょう…。

自分が触れることのできる範囲も、外部からの情報も、どれ一つとして「全て」ではないことを実感しながらの旅は、「自分の無知」を確認する作業でもあったように思います。
先へ進めば進むほど、世界の広さと、全てを知ることの不可能さに直面し、何も知らない自分に気づかされることになりました。
皮肉なものです。

例えば旅に出る前、中国に対して「ちゅーごく!」という漠然とした一つのイメージを持っていて、アフリカ大陸をぜ~んぶ合わせて一つのアフリカ、アラブ=危険な中東一帯だと思っていました。
ところが旅をしてみると、内部には細分化され多様化された世界が際限なく広がっていていました。
そして私は、中国の例えば北京の中心街の宿付近の八百屋さんのことは分かるけれど、中国全体のことなど、とてもじゃないけれど一生を費やしても理解できるはずなどないことを身を持って知らされることとなりました。
また、例えばアフリカの小さな国ジブチの首都の港湾付近の様子なら少し分かるけど、それ以外の地域の人がどのような生活をしているのかと聞かれてもさっぱり答えられません。

出発前は、アフリカにジブチという国があることも知らなかったおかげで、ジブチについて「知らないことが沢山ある」などと考える必要はありませんでした。
う~ん、皮肉ですわねぇ。

従ってわたくし、随分と無知になりました。今はそんな気持ちです。
もしも今回の旅に何らかの意味づけをし、成果を求めるならば…、「私は、世界の広さと複雑さを前に、自分の無知を知りました。」

■個人主義、思考する時代

様々な国を訪れて、各国の歴史的背景や繋がり、地域社会の傾向、人々の宗教との関わりなどに接する中で、「集団と個人」について考える機会が多くありました。
二度の世界大戦や冷戦を経験した20世紀の歴史をたどり、また現在も紛争の火種となっている宗教対立を少しでも身近に感じるという経験は、集団化した場合の人間の傾向や過激性、攻撃性についての疑問を私の中に多く残しました。
そして、これからの世界に求められているのは、大出血だった20世紀を本当の意味で終わらせること、つまり、イデオロギーや宗教的信念に大勢の人間が盲目的に従い、個人や異物を排除(抹殺)していく時代を終わらせる努力ではないかと思います。
21世紀からは、個人一人一人が、自分の頭で熟考し、行動し、責任を取る時代。個人が意思を持つ時代になっていって欲しいと思います。

特に今回、個人旅行をしてみて、集団の持つ威圧性を時折感じましたね。
個人旅行とは、つまり自分の身をマイノリティーとしての環境に置く作業。文化、社会、宗教、国籍の違う他者の群れの中に、一人で入っていく行為を意味します。
マイノリティー(少数派、または一個人)の状況下では、人は周囲を観察し、空気を読み、良く考えて慎重に行動しなければいけません。なぜなら、ちょっとした失言や間違った態度をとれば、自分ひとりで全責任を負って問題処理をしなければいけないからです。
しかし、これがマジョリティーの場合は違います。一人ひとりの責任が軽減されたような錯覚から、自己(自分達)中心的、または押し付けがましくなる傾向があります。

例えば、現地で知り合いができてお互い一対一で行動しているときは公平だったのに、その人の家族や仲間と合流した後に、相手が突然横柄な態度に出て、私を「彼ら(複数)の意見」で説得しようとし始めたことなどが何度かありました。(主に宗教)。
また、昨年アフガニスタンで起きた、韓国系のキリスト教布教団体の人質拘束事件も「集団」の特徴をよく表していたように思います。

事件当時、私は別のイスラム教国イエメンにいましたが、そこにも若い韓国人の布教活動家が大勢やってきて、イスラム教を挑発するような肌の露出度の高い服を着て、クリスチャンソングを大声で歌っていたのを覚えています。
アジア系個人旅行者の私は、ひたすら活動家達の存在を怖れましたね。だって、自分まで韓国人だ(現地人は韓国も日本も区別がつかないので)と思われてイスラム社会から嫌われたりしたら大変ですから…。

個人旅行派の韓国人ももちろん私と同じ気持ち、「頼むから挑発的な活動は止めて、はやく国へ帰ってくれ~~!!!」でした。
個人であれば絶対に慎むような行動を、面白半分でやってしまうのが集団の怖さです。
一人では勇気がなくて旅も出来ないがゆえに集団でやってくる、無神経な若者活動家の一群に一言:どうしても活動したいなら、一人でやればいい。あなた一人の責任で活動してください。

集団は時として、人を盲目にし、思考能力を低下させることがあります。けれど私達は、最終的には誰しもが何らかの集団に属して生活していくことになります。
そこで集団の中にあっても、常に自己の考えを持ち、自分自身や集団を客観的に見直していく作業が大切だと実感しました。
様々な情報源を自力で開拓し確保しながら、集めた情報を基に自分で考え行動する個人が増えてこないと、苦い歴史は繰り返す…、かもしれないです。

21世紀も8年目。
自分の意思を持つ個人が、お互いの意思を尊重し合いながら、国家や社会や宗教の枠を越えてコミュニケーションを図り、共に前を向いて世界を改善していく時代を、バックパックおばちゃんは秘かに期待しています。

■謙虚さと正直さ

長く旅を続けると、「必要なもの」が良く分かるようになります。例えば、ビーチサンダルは毎日の必需品だけど、正露丸は役に立たない、とか、ドルキャッシュは必要だけど、TCはほとんど必要ない、といったことが分かってきます。
その結果、旅に一番必要なものが判明しました。
ずばり、「謙虚さと正直さ」です。

旅の間で覚えた謙虚さというのは、何も相手の下手に出るということではなく、また現地人に媚びへつらうことでもありません。
私の学んだ効果的な「謙虚法」とは、相手の主張に耳を傾け、理解する努力をすること。もちろんその結果として、理解できないような(どう考えても馬鹿げている!)話も一杯ありました。
けれど、頭ごなしに「自分の常識」を持ち込んだ場合と、話を聞いて一緒に考えた上で、「やっぱり自分の考え」を主張した場合とでは物事の運び方が全く違ってるというケースが多々ありました。
各地域ごとに、または民族や宗教によって、めまぐるしく変化する「彼らの常識」を通り抜けていく過程で、謙虚な気持ちで相手の「常識」を聞いてみる方法は大きな効果を発揮しました。
逆に、「これぐらいは世界の常識でしょう!」と決めてかかって、場の空気を壊し、チャンスを逃し、窮地に追い込まれ、大問題をおこしてしまったケースも…、反省していますが…、はぃ、ありました。

謙虚さと同じく、正直さもまた旅の必需品でした。
旅で学んだ正直さとは、自分の主張をきちんと、そしてはっきりと相手に伝えるという行為です。
そのためには、まず、相手の話を聞いて、次に「人としての根本的な道徳観に基づいて話をする」必要があったと思います。
自分の都合のためや、偏った価値観を押し付けない限り、どんな環境のどんな人たちであっても、基本的には堂々と正直にはっきりと、彼らと向き合い話し合うことができることを学びました。

旅の初めのころ、まだ周りがはっきりと見えておらず、毎日出会う見知らぬ人々や初めての文化圏の人々とどの様に接していけば良いのかが分からなかった時期がありました。
相手がどう出てくるか、そして何を考えていて、どんな反応を示してくるのかを心配し、たとえ自分が間違っていなくても、相手のやり方や常識を無言で受け入れていたような部分がありました。
けれど旅を続けているうちに、そういった心配事はほとんどなくなり、相手がどの地域の誰であっても、同じ人間である以上、堂々と向き合って話しあえば全く問題ない、という考え方、余裕が生まれてきました。
相手が怪しげな商人であれ、銃を抱えた兵士であれ、物乞いであれ、権力をもった役人であれ、関係なく話しあってみて「人の道に反している」と思ったときは、正直にはっきりと自分の意見を伝えるようになりました。

「正直でいること」が一つの心構えになり、またいくつかの場面では問題解決法としても効果を発揮したことを覚えています。
相手からの威圧的態度や(政治腐敗国の警官とか)、不条理な対応や侮辱に直面したときこそ、私ははっきりと彼らに言いました。
「それでも私が間違っているなら、私を逮捕すればいい。警察署でも刑務所でもどこでも構わない。とことん話し合いましょう。」
「それであなたが満足するなら、あなたの好きにすればいい。私には失うものは何もない、人としてのプライドを除いては。」

旅の必需品「謙虚さと正直さ。」旅を終えた今、この二つこそ、国際社会で生き延びていくための必需品なのだと感じています。

続きは後編にて。

安希

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