111.アフリカのヨーロッパなアラブ①(シャフシャウエン)
サハラ北上2000キロの旅。ヒッチハイクで大丈夫?

皆さん、おはようございます。
安希@シャフシャウエンという、モロッコ北部の山岳地帯で休憩中です。
北部はスペインに近いだけあって、フランス語に加え、スペイン語を話す人の人口が増えてきました。

モロッコはアフリカ大陸の国ですが、文化&言語&宗教的にはアラブ圏、そして街の印象や生活環境はもう、ヨーロッパという感じです。
完璧に舗装された街には、ビルが建ち並び、新車が普通に走っています。
整備された街の、街路樹の下には、お洒落なカフェがたくさ~んあって、お茶やコーヒーが楽しめます。
お湯シャワー、キレイなベッド、電気にガスに水道に、快適ライフが戻ってきました。

そして何といっても、食事!砂しかなかったモーリタニアからやってくると、とりわけモロッコの豊富な食料が目に付きます。
したがって、おばちゃんの楽しみは夜の食べ歩き~。モロッコで食い倒れですなぁ~、はっはっは~。

快適で見所盛りだくさんの観光大国モロッコ。
観光産業に従事する人は、もちろん商魂ありありの、ボッタクリ兄ちゃん達ですが、こんなモロッコで、意外にもモロッコの一般市民と触れ合う機会がありました。
一回目は、モーリタニアからモロッコまで2000キロを越える長旅を共にした、トラックの運ちゃん、他、彼のお友達や家族との出会い。
二回目は、フェズという古都に向かう列車の中で知り合ったモロッコのお医者さんと、彼の家族との出会いです。
観光地としてのモロッコから少し距離を置いたところで起きた二つの出会いを中心に、モロッコを紹介してみたいと思います。(観光のことは、ガイドブックに聞いてください!)

■じいちゃん、ばあちゃん、お願いしまっす!

モーリタニアから以北は、西サハラと呼ばれる「半無政府状態」の砂漠地帯が続きます。モロッコを目指す私にとって、最後の山場となるのがこのモーリタニアーモロッコ間の道のりでした。
モーリタニア北端の街ヌアディブから国境へ、そして無政府地帯を抜けてモロッコ国境からモロッコ最南端のダクラまでは、一般の公共機関はありません。
つまり、タクシーか何かをハイヤーするか、ヒッチハイクするか、の二者択一。もちろんおばちゃんは貧乏なのでタクシーなんて乗れません。ので、唯一の交通手段がヒッチハイクになってしまいました。
ダクラまでたどり着けば、あとはモロッコへのバスも出ていると聞いていたので、とにかくダクラを目指して車を探すことにしました。

発熱のワゴン列車を降りてヌアディブに着いた私がまず行ったことは、街のホテルを歩き回って、北上組みの旅行者がいないかを探すことでした。
フランス人など、ヨーロッパ人は車で旅行をしているので、あわよくば彼らの車に乗せてもらう作戦です。
けれど、南下組み(セネガルなどへ車を売りに行く人)の数に比べると、北上組みは少なく、また昨年暮れのフランス人殺害事件以降、旅行者の数も減ってしまって、車探しは難航の兆し…、でした。

しばらくホテルを巡っていると、ある宿のオーナーが、「明日モロッコへ向かうフランス人旅行者が今夜二組泊まりに来るかもしれない」と教えてくれました。
そこで夜になってから、もう一度そのホテルへ行ってみることにしました。夜道を歩きながら祈りましたね~、このチャンスを逃すと、次は3日後かも5日後かも分からないような状況でした。
宿の階段を上って行くと、フランス人のおじいちゃんおばあちゃんの四人組が、テラスでお食事中でして…、そこで旅人は頭を下げました。
「モロッコに一緒に連れて行ってください。ガソリン代払いますから!」と。

英語があまり得意ではないじいちゃんばあちゃんでしたが、私の説明を一生懸命聞いてくれて、「私達は、ダクラまでは行かないけれど、国境とダクラの間の小さな街までなら明日行く予定だ。そこまででよければ連れて行ってあげよう。その先の車は、街についてから探せばすぐに見つかると思うよ。」と。
やった~!とにかく国境は越えられそうです。そこで翌朝7時半きっかりに、無政府地帯へ向けて、じいちゃんばあちゃんと一緒に出発しました。
久々のオンタイム、安全運転、快適のシートでした。5人乗りの車に五人で座る心地よさ、久しぶりでした~。いつもは8~10人のきつきつの詰め詰めですからね。

■あなた、だ~れ?

さて、モーリタニアを無事出国し無政府地帯を抜けて、モロッコ国境で長い長い入国審査が始まると、我々の車の後ろに一台のミツビシトラックが停車しました。
私が朝ごはんのビスケットを齧りながら車の外でぶらぶらしていると、トラックに乗っていたお姉さんとおっちゃんが、飛び降りてきて、私の方へ駆け寄ってきました。
なっ、なんだぁ?と思いましたが、ここは挨拶もなく、「君達、ビスケットでも食べるかい?ホイ。」とビスケットの袋を差し出すと、お姉さんは挨拶もなく手を伸ばしてきて、クリームビスケットを2個いっぺんに食べた!パクっ!おっちゃんも食べた!パクパクっ!
だっ、だれだぁこの人たちは?と思いましたが、まあどうせ言葉も通じないし、ニコニコぶらぶらしながら、みんなでビスケットを食べました。
すると、お姉さんが突然抱きついてきた!誰だい、この人は?そして私の手を握り締めて大はしゃぎ!だから誰だい、この人は?そして、私をどこかへ連行していった!って、どこへ行くんだい??

長い入国審査の間に、この変態お姉さんに抱きしめられたり、トラックの運ちゃんや他のトラックの乗客と車の周りで遊んでいるうちに気がつきました。
彼らはダクラへ行くらしい。しかもダクラからさらに先、モロッコ北部のカサブランカまで行くらしい。ってことはもしかして、再ヒッチのチャンス?
言葉は分からないけれど、運ちゃんや変態お姉さんのノリからいくと、「あなたも一緒に連れて行っちゃうわよ!!」という感じでした。
そこでフランス人のおじいちゃん達に相談してから、トラックに乗り換えてみることにしました。

どうなるかは分からないけれど、バックパックを勝手にトラックへ移し、勝手に座席に乗り込んで、「レッツゴー!」わっはっは~!っと盛り上がってみると、みんなも盛り上がってきて、わっはっは~!
そしてそのままトラックは北へ向けて走り出しましたよ~!「勝手に乗り込み型ヒッチハイク」に成功しました。

ここから最終的にモロッコ中北部の町アガディールまで、約2000キロを越えるサハラ砂漠のトラックの旅が始まりました。
変態お姉ちゃんと他、モロッコ人のお兄さんとモーリタニア人のおじさんと運ちゃんと私の旅です。英単語が少しだけ分かるモーリタニア人のおじさんと私が、後部の寝台に隠れていくことになりました。

とにかく検問と賄賂だらけの道中、日本人の私なんかがトラックに乗っていると職務質問が長くなって大変なので、検問が来ると、私とモーリタニア人は後部座席で毛布をかぶってカーテンを閉めて「死んだ振り。」
見つかると今度は、寝たふりや病気の振りなんかをして、面倒な書類審査を逃れるよう努力しましたが、それでも運ちゃんはかなりの賄賂を取られてましたね。
日本にいると分からない感覚ですが、世界の警察や役人の賄賂攻めはすさまじいものがあります。旧ソビエト圏の国や、アフリカ西部、中部は、すべて賄賂で勝負です。

後部寝台のカーテンを閉めて、モーリタニアのおじさん(とても几帳面で真面目)と私(不真面目)はコソコソ話を始めました。
「あの変態お姉ちゃんは、一体何者なのかしら?」
「僕にも分からないんだ。彼女も突然乗り込んできたんだよ。運転手と彼女は何か特別な関係だと思うんだけど、どういう関係なんだろうか?」
「そんなこと私に聞かないでよ。私だってさっき突然乗り込んできただけだから、分からないよ。」
「とても変な人だ。」
「間違いなく・・・。ところで、おじさんと運ちゃんとの関係は?」
「僕達の関係って、それはもちろん、金だよ。金。」
「ああ…、そうだよね。で、いくらくらい支払ったの?」
「僕はヌアクショットからグリーミングというアガディールの南の町までで500ディルハム(70ドル)。」
「・・・そっかぁ。まあ、それぐらいが相場だよね。私で幾らくらい払えばいいかなぁ。言葉も通じないし、ノリで車に乗り込んじゃったから値段の話しも何もしなかったんだよね。」
「君だったら、まあ400(57ドル)くらいかなぁ。僕から話してあげようか?」
「どうしようかなぁ、やっぱり降りるときに運ちゃんと話すからいいよ。私はディルハムはほとんど持っていないから、ドルとユーロで400ディルハムぐらいになるようにして渡してみるよ。」
「まあ、心配するな。この運転手はとてもいい男だよ。ボッタクリとかは無いはずだから。」

道中、他のフランス人の車を発見したりもしましたが、運ちゃんや一緒に乗っているメンバーがみんなノリノリの面白い人たちだったので、言葉が通じない不便はあっても、あえてトラックで最後まで行くことに決めました。
そんな皆さんはというと、「アラブのもてなし」をしてくれました。
夜のドライブインで本格的なカフェオレをご馳走になり、半年振りに口にする「本格コーヒーの味(インスタントではなくて!)」に感動して言葉を失った私に、クリームチーズパンまでオーダーしてくれて、代金は知らないうちに払ってくれていた…、らしい。
お財布を持って、レジに戻ろうとすると、「もう支払ったから気にするな」の笑顔の一言。ああ~、アラブだ~、イスラムだ~。

夜11時半に、今度は運ちゃん行き着けの揚げ魚の店へ行くと、店の人たちも親切に迎えてくれました。
こんな夜中に揚げ魚なんて食べられない・・・と弱気のおばちゃんは「しっかり食べるんだ!」と喝を入れられて、長さ25センチほどのでっかい魚の丸上げを二つも食べました。うまい~、けどちょっと苦しい~。

さらに店内の運ちゃんのお友達やらがワイワイやって来て、今度はみんなで写真撮影会まで始まっちゃいましたよぉ~。
魚を食べながら、はいチーズ!パシャ!、コックさんと一緒に、パシャ!魚を抱えて、パシャ!
そして支払いは運ちゃん。全員分を支払って「ここは俺に任せろ!ここの魚はうまいんだ!」とノリノリでした。

その後も、深夜4時のティーブレークに、7時の朝食に、と、私はお財布を開けてすらおりません。はぁ、困ったなぁ…。
しかも運ちゃんは賄賂も沢山支払って、さらにショックだったのがガソリンの値段ですね。
何かの間違いではないかと思うような額で、途中からはメーターを見るのが怖くなって目を背けてしまいました。
けれど運ちゃんは、「ガソリンが高くてよぉ。」と一度落ち込んだだけで、その後はすぐに機嫌を取り戻し、再び元気に記念撮影。
ラクダの像の前で、パシャ!公衆トイレ(お茶の飲みすぎで私が何度もトイレに行ったため)の前でまたまたパシャ!

この運ちゃんの明るい人柄と、夜通し運転を続ける彼のタフさと、ガソリンの恐るべき値段を見て、私は腹をくくりました。
「この運ちゃんに、有り金を全て渡そう。今持っている、ドルとユーロのキャッシュを、降りるときに全部渡そう。」と。
値段の問題ではなかったですね。なにか気持ちの問題でした。いくら残っているのか正確には分からなかったけれど、たぶん全部で200ドルくらいあったはず。
ヌアディブからモロッコ北部まで、タクシーやバスを乗り継いで、ホテルに泊まり普通に食事をしていたら、もともと150ドルは覚悟しなければいけない道程でした。
それを、こんなにも面白く、気持ちよく旅を出来たのだから、こうなったら最後の一ドル札も、全て運ちゃんに渡してしまおう、そんな気持ちになりました。

運ちゃんだけでなく、モーリタニアのおじさんも本当に親切でしたね。
グリーミングの彼のお家に是非泊まっていってください、と言われたときには、泊まっていこうかと考えたくらいです。グリーミングを数日観光するのも悪くないなぁ、と。
けれど、いざ車を降りて、運ちゃんに「さようなら」を言おうとしたら、グリーミングから先一人になってしまう運ちゃんがとても寂しそうな顔になったので、考え直し、結局は運ちゃんに最後まで付いていくことになりました。
グリーミング観光はキャンセルになってしまったけれど、それでもモーリタニアのおじさんは、「最後まで良い旅をね」と、快く見送ってくれました。

ノリがよく、気持ちの良い人々です。
「観光客ズレしていて、人がダメ」と悪評のモロッコで、初めて出会った人々は、変態お姉さんも含め、面白くてサバサバした人たちでした。
国境まで一緒だったフランス人のじいちゃんばあちゃんの紳士的な態度、几帳面さや「安心できる」対応に助けられ、そしてトラックの皆さんのアラブ的気さくさ、そして客人をもてなす文化に助けられました。
アフリカ、アラブ、ヨーロッパが混ざり合うサハラの国モロッコの旅、出だしは上々です。

運ちゃんとの長~い旅は、第2部へと続く。

安希

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