107.エリート学校へ行こう!②(ダカール)
小学生のクラスを訪問。小さな哲学者達を前にして想うこと…。

皆さん、おはようございます。
安希のセネガルレポート「学校へ行こう」の後編です。

中学~高校生のクラスは、予想以上に反響があって、有意義な時間を過ごすことができました。
特に、アフリカ最西端のセネガルという小さな国、しかも日本から最も遠いエリアに位地する国の学生達が、日本の文化や社会に興味を持っていることに驚かされました。

日本語を勉強しています、という若者達に出会ってはっきりしたことは、言語とは「自分の知的好奇心を満たすための手段(道具)」という当たり前の定義でした。
日本のマンガが好きだから、ゲームが好きだから、彼らは日本語を勉強するのですね。
目的があって、その道具として学ぶもの、それが言語です。西アフリカを旅していると、「フランス語を学びたい」という気持ちになります。

さて次に、友人が担当する小学生のクラスの訪問についてレポートしてみようと思います。
日本が何なのか、アジアがどこにあるのか、8歳の子供に分かるのかしら?という環境での授業でした。
高校生のクラスとはまた全然違った意味で、とても面白い体験になりましたよ。

■小さな哲学者達

チビちゃんたちのクラスがどんな状況かというと、「動物園」みたいでした。
みんな、発表したりおどけたりしたい盛りで、エネルギーが有り余っている感じ。
質問なんてこちらがしなくても、すぐに話し始めるし、手を挙げるし、一人が手を挙げると、みんなが後に続いて手を挙げて「ムッシュ?(先生)」「ムッシュ?」と悲壮感を浮かべて、先生に当ててもらおうとします。
かわいい~。かわいすぎます。

そして先生に当ててもらってもそうでなくても、もう話したくって仕方のない子供達は、手を挙げたまま教室の前にピョンピョン飛び跳ねて出てきてしまいます。
ムッシュの前まで飛び出してきてしまって、さて、というところで何を言うんだったか忘れてしまって「え~っと、え~っと」と背の高いムッシュを見上げながら考え始める子供達。
かっカワイイ…。かわいすぎます。

大きな地図を使って、チビちゃん達に旅の経路を説明してみると、高校生とは全然違うポイントで反応するので面白かったですね。
「シリアのあと、ヨルダン(英語読みでジョルダン)に行きました。」と言うと、「わ~!!!」と盛り上がる。
何のことかしら?と思っていたら、クラスの男の子の名前が「ジョルダン君」なのだそうで、「ヨルダン(ジョルダン)はジョルダン君の国なの?」と質問。
う~ん、いい質問だ。それはジョルダン君に聞いてみたらどうかなあ、どうなの?ジョルダン君?
「うん、ヨルダンは僕の国なんだ!」
そうなのか~。本当かい~?おばちゃんは感心しました。

旅の経路とか話の内容とは全く関係なく、突然質問が湧いてくるのが小学生。先生(友人)も時折あきれ返りながら、「変な質問で悪いけど…」と苦笑いしながら、質問内容を英訳してくれました。
「日本人は米を食べますか?」
「はい、食べます。一日2回か3回食べます。」
「わ~!!!」
「アフリカとアジアはとても近いのですか?」
「う~ん…。日本とアフリカは遠いけど、アフリカとアジアは近いかもしれない。」
「だって、アフリカもアジアもお米を食べるから、きっと隣同士なんだ~!」
「う~ん、そうなのかぁ~。きっとそうに違いない。」

確かに。アジアを何所で区切るかというのは難しい問題です。例えばサッカーのアジアカップなんかを見れば、中近東だってアジアなわけで、中近東がアジアならアフリカとアジアは隣同士なのですね。
中央アジアと呼ばれる、~スタンの国や、中近東を旅しながら、ここもアジアなのかしら…、という疑問がいつもありました。
さすが小学生、すごいポイントを突いてきますね。
主食を基準に世界のエリア分けをしたとして、米主食の国を挙げていったら、西アフリカと極東は子供達がいう「まさにお隣さん」になるな~と。感心してしまいました。

「日本では竹を使いますか?」
「竹?はい、使います。小物を作ったり、竹を利用して家具を作ることもあります。春には竹を食べます。」
「えぇ~~!!!」
「あっ、子供の竹ね、竹の赤ちゃんが地面から出てきたときに、それを取ってきて食べるのね。」
「えぇ~~~!!!どうやって?」
「茹でて味付けして。お醤油をつけて食べたり、日本風にして、「ご飯」と一緒に食べます。」
「わ~!!」
何が「わ~!!」なのか分からないけど、極東というと、「竹」のイメージを持っているのだなということが分かりました。

「アキは何歳ですか?」
おばちゃんです。
歳を言うと、子供達から歓声が。
「あのねぇ、君達が今「わ~!!!」って言ったけど、それは年老いているから、わ~!!なの?若いからなの?」
「若いから!」
ああ、そうだったんだぁ!
「うん!うちのお母さんより一つ年上だ!」
ああ…、そうだったんだぁ…。

「アキはいつ日本に帰るの?」
「あと2ヶ月したら帰るよ。」
「日本へ帰ったら、お父さんやお母さんに会うの?」
「会うよ。」
「嬉しい?」
「そうだねえ。嬉しいねえ。」
「わ~!!!」
子供達にとっては、2年間お父さんやお母さんに会わないというのは想像できないことなのでしょう。子供らしい質問に、温かい気持ちになりました。
心配してくれてありがとう。

「アキの名前を黒板に書いてください。」
『中村安希』と縦書きで黒板に書きました。
「どうして、AKIはアルファベットで3文字なのに、日本語では4文字なの?おかしいよ。」
「おお、ごめんごめん。今私が書いたのは、NAKAMURA AKIで…」
と説明すると、子供達はますます混乱。
「どうして縦に書くの?」とか「じゃあ、AKIが3文字で安希が2文字になってしまう。」とか、小学生なりに悩んでいる様子でした。
「日本語には、3種類の文字があって、今書いたのは、中国から来た「漢字」という文字です。安と希がそれぞれ何かを意味(象徴)しているんだね。だから音を基にして書くアルファベットとは根本的に違うタイプの文字なんだよ。」

子供達は、今ちょうど、文字の起源について勉強をしているらしく、エジプト古代文明の中で、動物を象徴する形から徐々に文字が形成されていった過程を学んでいるらしい。
そこで、中国で生まれた漢字の起源についてもお話をすると、関心を持ってくれたようでした。
最後はもちろん、「僕の名前を日本語で書いてほしい!」攻勢にあいまして…、はいはい、書きます。書きますよ~。

さて、2時間弱の授業の中で、私が一番好きだった質問はというと、
「日本に犬はいますか?」
「はい、います。沢山います。日本人はペットが好きで、犬とネコは特に多く飼われています。」
「わ~!!!」
小学生ならではの質問に最初は「かわいいのぉ~」と思いましたが、後になってから「いい質問だったな」と思い返しました。

日本に犬がいるかどうか、行ったことも見たこともなかったら、本来なら分からないのが普通です。
犬がいるのかどうか、疑問に思うのが普通だし、日本に実際に行ったことがある人に聞いてみるのが一番良い。

現在の情報社会の中で、世界中のある話ない話を勝手に信じ込んで、行ったことも見たこともない国や地域や人々のことに先入観や偏見を持っている大人の社会を、軽く指摘されたような気持ちになりました。
「パキスタンにビンラディンはいるのか?」
「さぁ…、私は会わなかったなぁ。いるかもしれないし、いないかもしれない。」
「エチオピアに飢餓者はいるのか?」
「さぁ…、私は会わなかったなぁ。いるかもしれないし、いないかもしれない。」

この質問、イラク戦争の前にしてみたかったなぁ~。
「イラクに大量破壊兵器はあるのか?」
「さぁ…、行ったこともないし、見たこともないし、何とも言えない。」
「うちのばあちゃん家の冷蔵庫にケチャップはあるのか?」
「開けて中を調べたわけじゃないから、分かるはずがない。」
「うちのばあちゃん家の押入れにマシンガンはあるのか?」
「う~ん、案外隠してあったりして。(笑)開けてみたことがないから分からないなぁ。」

昔、大学の授業で先生が言った言葉に
「アメリカには、本当に知っているかどうかに関係なく、「私は知っている」といわなければいけないプレッシャーがある。生徒達は、ABCやCNNをチラッと観てきて、その受け売りを堂々とクラスで発表し、「あたかも自分は全てを知っている」ような振る舞いをしようとするのだ。「知らない」と言えない社会のプレッシャーだね。」と。

「火星人は存在するのか?」
「私は知らない。」

「ヨーロッパに犬はいるのか?」
「ヨーロッパの友達が、『いる』と言っているから、おそらくいるのだと思う。けれど私はまだヨーロッパに行って犬を目撃したわけではないので、何とも言えない。結局のところ、知りません。」

■エリート達の将来

今回、フレンチスクールを訪れて、エリートの子供達と触れ合うことができました。
何のことはない、普通に無邪気な若者達でした。いい子達だった~。

先生達(友人)が今回、貧乏パッカーおばちゃんを学校へ招いてくれたのは、「エリート社会に住む子供達に、少しでも外の世界に触れさせたかったから。」なのだそうです。
フレンチスクールの子供達は、将来、それなりの権力を持ち、国や社会を動かしていくことになります。
その子供達が、エリート社会のことだけ、または、セネガルやフランスのことだけ、しか知らないような大人になっては困るのだ、と先生達は話していました。
経済学の先生は私にこう言いました。
「あなたの講義を聞いた生徒のうち、一人でも、二人でもいいから、いつの日か将来、「高級ビーチリゾートや世界屈指の観光名所」以外の場所で「旅行」が出来る大人に育ってほしいです。」と。

気さくで日本のマンガが大好きな子供達と、休み時間を一緒に過ごしたり、メールアドレスの交換をしたりしました。
生徒達と庭の緑の中でテーブルを囲んで話していたとき、とても印象的な質問を受けました。
「アフリカの物乞いの子供達の存在をどのように感じていますか?」
私には、明確な答えがあったので、それを説明し、話し合いました。
生徒の一人は、「物乞いの存在をリサーチして、その社会層にいる人たちへの対応の仕方などをレポートのトピックに選んだため、物乞いの子供が、先進国から来た外人の目にどのように映り、またどんな対応をしてきたのかを知りたかった。」のだそうです。
話し合う価値の高いトピックでした。

生徒達と話し合っている途中、以前ガーナで知り合ったビジネスマンの弟のお坊ちゃま君とBMWに乗っていたときのことを思い出しました。
猛暑のガーナの路上で、重たい荷物を頭に載せて、車を追いかける物売りたちのことを、車の中にいるお坊ちゃま君があざ笑い、買う振りをして受け取ったものを路上に投げ捨てたり、お金を投げたりしていた姿ですね。
ビジネスマンのお兄ちゃんも心配する「世間知らずぶり」のお坊ちゃま君に、おばちゃんがお灸をすえたことも数回ありました。

特権階級にいる子供達。彼らが力を握り、権力を行使する日が来たときに、「知っておいてほしい」と思うことが、子供達や先生達との交流のなかで少し見えてきたように思います。
バックパッカーになることは、命の保障が出来ないのでお勧めはしないけれど、「エリートだけしか歩かない道」から一本それたどこかの雑踏を人生のどこかで歩くことができたらいいだろうな、と思いましたよ。

さて、メールを交換してアパートへ戻ると、早速生徒達からメールがきていました。
「日本のアニメが大好きです!宇多田ヒカルが好きです!日本にいつか行ってみたいので、日本語を勉強しようと思います。お友達になってください!」
「はい、もちろん喜んで!お友達になりましょう。」

「僕は、小さい頃から、日本に興味があって日本語の勉強をしてきました。そして将来はパイロットになることを夢見ています。それは僕が10歳の時からの大きな夢です。だから僕の夢がかなうとしたら、ぼくは日本へ行って、パイロットになるはずです。ってことは、JALかANA??(笑)面白いお話しをありがとう。これからもよろしく!」
「私の第二回ワールドバックパックトラベルは、君の操縦するANAで行くことにするよ。安全飛行でよろしく~。次は日本で会いましょう!」
若者の夢、かなうといいな~。

■バイバイの時

怒涛の9日間が過ぎて、出発の日の朝、荷物をまとめ、アパートの戸締りをして、最後に鍵を返すために、友人のクラスへ行きました。
バックパックを担いで教室へ行くと、小学生達が「わ~、きゃ~、アキ~!」と騒ぎ出したので、私は友人に一言、「ごめん、動物園が始まってしまった…。」と謝りました。
その友人はというと、最後にみんなで写真を撮ろうと思っていたと、キャノンを用意して待っていてくれたらしいのです。
「アキは今日、モーリタニアへ向けて旅立ちます。」
「え~~~。」ちゃんと落胆する礼儀正しい小学生。
「僕も一緒にモーリタニアへ行く~。」
「うんうん、君もバックパックに詰めてモーリタニアへ連れて行っちゃうぞ~!」
「わ~!!!」
みんなで写真を撮ったあと、「アキィ~」と抱きついてくるカワイイカワイイ子供達に、苦しい最後のお別れをして、バス停へ向かいました。

数限りない出会いと別れを繰り返してきた20ヶ月でしたが、子供達と別れてから歩くバス停までの道は、特別に心に迫るものがあります。
大人同士の別れは、寂しいけれど、「じゃあまた世界のどこかで会おうね。メールするよ。」と言って別れれば問題ないのですが、子供達とのお別れは違うものです。
今でも鮮明に思い出す別れは、ミャンマーやパキスタンで一緒に暮らした子供達や、ウガンダの孤児院の子供達との別れですね。
言葉では言い表せない特殊な気持ちになって、そのときの光景と感情は、記憶の中にいつまでも鮮明に残っていきます。

「次はいつ会いに来るの?」

子供達に必ず聞かれる質問です。

「数年したら、また会いに来るよ。」

「絶対?」

「絶対。」

私には、もう一度訪れなければいけない国がいくつかあります。子供達と過ごした国々に、もう一度行かなければいけない…、と、私はかなり真剣に考えています。

以上、セネガルの学校訪問に関するレポートでした。

それではまた、ごきげんよう。

安希

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