英語と関西弁と私

皆さま、こんにちは。

安希@一週間弱の国内旅行を終えて、埼玉県の自宅に戻りました。京都への出張ついでに、海外から日本を訪れている友人の旅行にアテンドする形(専属ガイドってやつですね)で、大阪、姫路、直島(香川県)、岡山、で忙しく観光やらハイキングやらパーティーやら飲み会やら、諸々に参加してきました。国内旅行としては最長記録だったと思います。いや〜、実に長い旅であった。(笑)

これまで国内旅行をほとんどしたことがなく、国内旅行と言えば、せいぜい「週末に友達と温泉行ってリラックスしてきました〜」とか「夏休みにハイキングしておいしい蕎麦食べて帰ってきました〜」程度でした。何かを探求したり、考察したり、熱心に歩き回ったり、新たに誰かと出会ったり、情報を集めたり、そういう旅行を国内ではやったことがなかった。国内旅行は、あくまでも休暇。だから、安宿やバックパッカー宿にも泊まった事がなく、カバンも大型バックパックを使うことはほとんどなくて、スーツケースをコロコロやったりしていました。だから今回の旅行は、ザ・国内バックパッキング旅行!という感じで、なかなか新鮮でした。

旅のあれこれについて、面白かったことを挙げ出したらキリがないですが、一つ印象的だったのが「言葉」です。私は普段は関東で暮らしていて、あえて違う言葉を話さない限りは「標準語」を話して生活しています。でも、生まれは関西(京都生まれ、三重県育ち)で、高校卒業後から20代にかけてのほとんどを英語で過ごしている。つまり「標準語」は、自分にとっては一番最後に習得した言語になります。

ところが今回の旅行では、日本国内とは言え、友人(海外のバックパッカー)との会話は英語。しかも、空気はどっぷり関西。ということで、いくつかのキャラクターが自分の中で同時進行しているような、味わった事のない不思議な感覚がありました。一種の精神分裂ってやつです。(笑)

おそらく、バイリンガル(例えば、英語と日本語、標準語と方言を使い分けている人)であれば分かると思いますが、言葉によってパーソナリティー(キャラクター)って違ってくるんですよね。もちろん、特定の言語圏で、どういう時期に、どれくらいの期間、どんな過ごし方をしたかにもよると思いますが、少なくとも私の場合は、言語によって人格ががらっと変わります。

一番恥ずかしいけれど、どうしようもない素の自分というのは、関西弁をしゃべっている時の自分です。

大人になって確立した「自分」、この世界との関わり方や対人関係のありかたのベースとなっているのは、英語をしゃべっている時の自分です。

そして、生きていくために使っている「よそいきの自分」は、標準語をしゃべっている時の自分です。

だから、分かりやすく3段階の自分がいて、言語がシフトした瞬間に、すべてが変わる・・・と。

今までは、海外の空気の中では英語の自分で生きていて、関東にいるときは標準語の自分を生きていて、たまに国外から友達が来たりすると、標準語の自分と英語の自分を、少しチャンポンさせる程度で済んでいた。あるいは、関東で関西弁の人と話をするときは、「よそいき語」と「お笑い語」を、あたかも「丁寧語」と「タメ口」を使い分けるように、うまく使い分けていれば良かった。

それが今回は、関西弁の自分(これはもう、強烈な自分なわけですよ)と英語の自分(ある意味、一番自然な自分)のチャンポンが起きた。

で、どんな感じがするかというと、自分が近い!って感じるわけです。ちっ、近すぎる!って。(笑)分かりにくいと思いますが、言葉と人格の間に距離がなさ過ぎて、自分の中にあるものが全部そのまま出てきてしまう。心地いい部分もあるけれど、アウト・オブ・コントロール感もある。自分が近いと同時に、他人もすごく近くなるので、親近感がわいて暖かみを感じると同時に、なんかさらけ出しすぎている恥ずかしさのようなものもある。面白いなと思いました。関西と英語をチャンポンすると、自分はこんな風になるのか〜って。

安希の言語歴を整理しておくと:

人生の最初の10年を津弁(関西イントネーションの三重県の田舎言葉です)

次の10年を関西弁(高校に上がると、奈良との県境から通ってくる「関西弁」を話す生徒が増えるため。また関西のテレビの影響もあって、関西弁を覚えました。三重県人の自分にとって、都とは大阪や京都のことであって、東京ではなかった)

次の10年を英語(アメリカ英語とバックパッカー・ワールド英語)

次の10年を標準語(今まさに練習中です!)

で、40歳になったときに、どこかまた海外に移住して新しい言語をマスターすると、もう一つの新しい人格が出てくるかもしれません。面白そうです。

みなさんは、こういう体験をされたことはありますか?

以上、言語と人格についての雑感でした。

ではまた、ごきげんよう。

安希

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12件のコメント

  1. お久しぶりです!
    下北沢B&Bでリオとタケルのトークイベントに参加させて頂き、かつ質問をさせて頂いた。ツカサと申します!
    たしか、私は自身の病気についてお話しさせて頂いた上で、中村さんに質問させて頂いたと思います。
    覚えて頂いているでしょうか?トークイベント後には、中村さんの旅先での結婚歴についても質問させて頂きました。

    で、今回コメントさせて頂いた理由を申しますと、、
    私は、中村さんの文章の組み立て方と、興味の持ち方が大好きだ!という事に再度気付くことが出来ました。
    で、ですね、その面白さを私以外にも、たくさんの人にも伝えたいと思っております。
    私は現在、神戸に住んでいます。そして、活動として本の面白さをわからない人達にも面白さを理解して頂きたいために、幾つかの活動も行っております。
    神戸の人達にも中村さんの面白さを伝えたいのです。
    もしよければ、中村さんに神戸に来て頂き、トークショーを行って頂きたいと考えております!
    もしも、少しでも、ご興味ございましたら、連絡を頂きたいです。
    神戸にもたくさん、面白い人間がいます。是非、ご紹介したいです。

    1. 先日はトークイベントにお越し頂き、ありがとうございました。神戸にお住まいとは!関西でもイベントをやれたらいいなと思います。面白くなりそうですね。いろんな意味で。(笑)

  2. 名古屋から近鉄で大阪に行くと、車内の会話がどんどん変わっていくので面白いですね。
    三重出身の人が会社にいますが、三重弁と大阪弁は全く違うんだと主張してます。
    「ぎょうさんあるで」
    「ようけあるで」
    と何か違うんですね。

    でも、関西弁の人は標準語に簡単に変われるそうですよ。
    いちばん苦労するのが東北人。

    安希さんは、三陸にいらしたとき、何を話しているのか、全部わかったかな~?

    1. 「ぎょうさんあるで」も「ようけあるで」も、どっちも普通に使いますよ。で、どっちが三重弁で、どっちが大阪弁なのかも知らずに使ってます。でもさすがに関東では使いませんね。

      ここ関東では、「たくさんあるよ」なんて、めちゃくちゃカシコマったお言葉遣いに徹しております。

      関東の人は、方言しゃべれないみたいですが、コテコテの関西弁の人も、標準語はしゃべれないみたいです。
      三重県(中部)は、日常会話は関西トーンですが、教科書を読む時は標準語で読む習慣があるので、根っからのバイリンガルなのかもしれません。三重県(西部、奈良近く)になると、教科書も関西トーンで読むので、彼らは標準語が苦手みたいですね(高校の同級生にいましたよ、そういう人。ほんでちょっとバカにされてた。笑)
      私は東北に行くと、いつの間にか東北イントネーションになっていたりします。(笑)

  3. 興味深いですねー。
    津弁→関西弁というのも思春期らしくて面白いですね。
    大阪の友達は、相手が大阪弁じゃないと方言を出しづらいと話していました。テンポが合わないそうです。

    東北でも、北部の人は標準語への切り替えが上手だと思います。
    一方、南部だとやはり難しいです。無アクセント地帯なので、どうにもアクセントが理解・実感できないんです。個人的には、聞いてても「えーと、どこにアクセントがあるんだろう・・」という感じで、話すときに再現できません。(暗中模索と言っても過言じゃないくらい。)
    その点、北部の人はアクセントを理解している分、切り替えも早いように感じます。
    三重県民のバイリンガルぶりがうらやましいです笑

    1. 相手が関西弁でなければ、私も関西弁では話せません。それは、日本語を話す相手に英語が話せないのと同じ感覚です。関西弁の相手には、頑張って標準語で話す事もありますが、いつの間にか関西イントネーションになってしまうことが多いです。

      東北の北部の人のほうが、南部の人より言語切り替えが得意というのは興味深いですね。言われてみると、確かにそうかも。東京にいる青森県の出身者って、みんな完璧な標準語を話す印象があります(とは言っても、青森出身の知り合いって数が限られてますけれど・・)。むしろ、福島や栃木辺りの人のほうが、東京の人じゃないなって分かることが多いですね。おもしろ〜い!(笑)

  4. 東北でも仙台弁ははイントネーションが所謂「崩壊型」で、東京型でも勿論貴方の出身である京阪型でもない不思議な(?)訛りになります。寧ろ西日本の広島弁や博多弁の方が東京型のイントネーションに近いです。また桑名や四日市を越えて名古屋に行くと東京型のイントネーションですよね。方言とはなかなか不思議なものです。
     それと貴方のプロフィールで京都出身となっていますが、具体的には京都府内のどのエリアのお生まれで、何時頃まで過ごされたのですか?差支えなければ教えていただけないでしょうか?

    1. 桑名、四日市のイントネーションの違いをご存知とは!
      三重県は、東日本と西日本の境目にある県なので、地域によって言葉が違います。東海地方に区分されたり、たまに(間違って?)近畿地方に区分されたり、アイデンティティの定まらない県です。中部沿岸寄りは名古屋テレビですが、西へ行くと関西テレビ圏になります。南へ行くと、紀州弁っていうのかしら、言葉がまた全然違うんですよね。中学時代に、部活動で県南や県北へ遠征試合に行くと、言葉が通じないことがありました。

      私の生まれは、京都市の左京区です。4歳ぐらいまでそこで育ちました。あのまま京都に住み続けていたら、今とは全く違う(180度ぐらい違う)人生を送っていたと思います。運命って恐ろしいですね。

  5. 「リオとタケル」読ませていただきました。
    私は姫路の高校で教員をやっています。中村さんの本は「インパラの朝」や「Be フラット」など生徒にも紹介してきました。特に「Be フラット」は生徒がすごく反応してくれたのをおぼえています。「リオとタケル」は、もしかして執筆に一番時間がかかったのではないかと思いました。理由は読むのに一番時間がかかったからです。
     さて、私は現在姫路の学校に勤めていますが、出身は兵庫県の北部にあたるところです。このあたりの方言のイントネーションは関西ではなく、関東のイントネーションになります。ですから、私も生徒諸君に「先生はどこの出身ですか?」とよく訊かれたものです。関西の人間にとっては何か言いようのないよそ者感が漂っていたのだと思います。
     姫路はどこに行かれたのですか? 

    1. 兵庫県の北部が関東のイントネーションというのは、かなり驚きです。おもしろーい!

      姫路では、姫路城に行きました。あと、休館日でしたが、文学館だったかな?にも行って、建物の外観を観察してきました。たしか安藤忠雄の建築ですよね。同行した友人が建築家だったので、今回は建築に関係する場所を集中的に回りました。

      ところで姫路駅の近くに不思議な銅像があったのですが、あれは何ですか?(笑)小太りの男性が、素っ裸でサックスを吹いているやつです。タイトルが「帽子を被ったら歩いてみよう」でした。あの銅像を巡って、友人と3回ぐらい激論になって、険悪なムードになりました。(笑)

      1. 彫刻家黒川晃彦さんの作品だそうです。実は誰の作品なのか知りませんでした(汗)
        神戸にも同様の作品があるそうです。
        確か銀行の前あたりだと思うのですが、改めて考えてみると、あの場所にあの銅像はおかしいですよね。見慣れていて違和感なかったです。
        でも、あの銅像のどういう点が議論のネタになるのか。そこはちょっと興味あります。

        ところで、文学館前のラブホテル、気付かれましたか?
        名前は忘れましたが・・・(笑)

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