80.ウガンダの孤児を訪ねて「ODA編」(ウガンダ南部)
国際協力について論争再燃!おばちゃん、今回は鬼になって、バッサリ斬~る!の巻き。

皆様、おはようございます。ウガンダの孤児を訪ねてシリーズ、いったい何話まで書くつもりじゃ?と、そろそろ飽きてきた頃かと思いますが、もう一話だけ。
私がお世話になったウガンダ南部の孤児院は、主催者が日本人というだけあって、情報を知った日本からのボランティアや、私のような旅人、別のNGOのスタッフやJICA関係者などもちょくちょくやってくるらしい。

2週間の滞在中にも、日本の大学院生で「東アフリカ地域の国際協力」を研究されている方や、JICAの協力隊員3名、ケニアのNGOの方が、訪ねていらっしゃいました。
国際協力や国際社会に何かしら関わりがあり、また興味を持っている方とお会いできてお話をする機会がもてた事も、滞在中の興味深い出来事の一つでした。

そこで最終話は、ODA、JICA、NGO、について。JICAについては、エチオピアレポートの中でも少し書きましたが、今回隊員の方数人と接触して、また少し違った感想を持ちましたのでその辺りのお話を。

■そこにポストがあるから

東アフリカ研究中の院生のお話の中で、面白いポイントを見つけました。彼の研究分野は他でもない「国際協力」であり、将来的には国際協力機関(まあ、JICAとかだと思いますが)への就職を目指しておられるようですが、「なぜ国際機関で働きたいのか?」という質問に対する答えが興味深かった。
「そういう職業があるから」

この院生は大学生の後輩達のゼミも受け持っているらしく、ゼミの生徒達は、ほとんど全員が国際協力機関への就職を希望していて、どうすれば就職できるのかという質問や相談が沢山あるのだそうです。
ここでポイントは、院生の方も明言されていたことですが、「後輩達(大学生)の感覚として、どんな風に国際協力したいか、ではなく、どのポストに就きたいか、そのためにはどうすればよいか、が話題の中心。」であることです。
まあ確かに大学生ならそうでしょうね。どこへ就職するのかは重大な関心事です。つまり、「国際協力」という分野があり、職業がある、「そこにポストがあるから」そこに就けるように努力する。といのが一般的な傾向です。
院生の方は、「世界の現状がこうだから、こんな風な国際協力をやってみたいので、という具体的な計画や動機について話す生徒は、良く考えてみると一人もいませんね。」と微笑しておられました。「まあ、そんなもんですよね。ポストがあるんだからそれを目指すのは個人の自由だし、極めて当然のことですよね。」と、私も爽やかに笑っておきました。ははは~、それにしても甘いのぅ。

次に出会った若者は、協力隊員でした。日本からの家族呼び寄せ制度を利用して、弟さんと一緒に孤児院を見学に来られていました。
話をした感じでは、彼はとっても好青年です!明るいし、話し上手で、感じのいいお兄さんですね。それでお兄さんに、「どうして隊員になろうと思ったの?」と聞いてみたら、とても正直に答えてくれました。
「実は日本で一年半くらい営業の仕事をしてたんっすけど、その仕事が嫌で嫌でやめちゃったんすよ。それでなんか違うことしたいなーと思ってたら、協力隊とかいうのがあるし、俺、海外とか英語とか全然わかんなかったんすけど、なんか海外協力みたいなのもいいなーと思って。それで応募してみたら受かっちゃって。って、すごいいい加減な理由っす!」
ここまで正直に言われて、爽やかに笑われちゃったときにはもう、「その明るさと笑顔が素敵!」
「日本へ帰国後のプランはあるんですか?」
「いや今は何も考えてないっすね。でも二年間なんてあっという間だからな~。」

さらに質問を続けるおばちゃん、「それで、活動の調子はどう?」
「う~ん、ま~、まあ少しずつは慣れてきてるけどまだまだで。一応、初等教育の隊員として派遣されてるんっすけど、現地語も英語も分かんないんで厳しいっすね。英語と算数を担当してたんっすけど、俺どっちも苦手だからなー、だから次の学期から音楽と体育の担当に変えてもらうことになったんで、たぶんそっちの分野のほうが合ってるとは思いますね。」
「なるほどねぇ~。まあ、出来るだけ子供達の将来に役立つことを教えてあげられるといいなぁ。」おばちゃんとしては、英語はまあいいとしても算数は教えてあげてほしいかったですね。

田舎の子供達は家事を手伝い、何キロも歩いて学校へ通い、教育を受けられる機会も限られています(誰もが高校や大学へ行く日本の教育環境とは違う)。そこで、やっと受けられるようになった初等教育の中では、読み書き、計算、外国語(将来の進学や職業選択を考えた場合重要)をしっかり押さえてあげたほうが良いのではないかと。
それに、英語や数学には世界共通の基準があるのに対し、音楽や体育は国や地域の基準で教える教科のように思います。
例えば、孤児院の子供達が何回か歓迎の歌と踊りを披露してくれたのですが、もうめちゃくちゃウマイ!のです!リズム感が違う!アフリカンゴスペルというか、ドラムミュージックというか、とにかくドラムにあわせてバンバン歌って踊ります。
これはアフリカの、ウガンダの音楽とリズムと文化です。私がまねしようとしても簡単にはできません。地域の人が歌う歌も、私には全て初めてです。
つまり、音楽は教える教科ではなく、外国人の我々からすれば、現地人から習う文化、のように思いますね。間違えても、日本の「みんなの歌」なんかを歌わせて、ドラムではなくピアノ伴奏を付け、直立不動で整列して歌うようなことがないようにお願いしたいです。

体育は世界共通の分野とも言えると思いますが、ラジオ体操、器械体操、野球、水泳、なんかはウガンダにはないだろうなぁ~。

■人的資源を有効利用

もう一人の協力隊員で、もうすぐ2年の任期が終了するという方ともお話しすることができました。
その方のお話では:
「二年間それなりに頑張って活動してきたけれど、如何せん期間が短すぎる。やっと現地生活に慣れて、やるべきことが見えてきたところで、はい、終わり。でしょ。だってたったの二年間だもん。何が出来るって言われてもね。」
「延長は出来ないんですか?」
「昔は出来たみたいなんだけど、今は二年間だけだね。ほら、JICAもさあ、人数を稼ぎたいわけよ。常任理事国入りとかがかかってるから、協力隊を何人出したがが重要なんだよ。僕らなんか、言ってみたら宣伝材料。」
どの国も、行政主導の国際協力は似たり寄ったりだと思いますが、行政の見ている先は、「現地、現場」ではなくて、「先進国間の権力、政治、バランス。」です。

隊員のぼやきは続きます:
「これでプロジェクトが繋がっていけばまだいいんだけど、引継ぎっていうのがないのよ。僕が12月に帰国して、後任が来るのが来年の6月とかだもん。時期がかぶることがないだけじゃなくて、プロジェクトが一度中断してしまうでしょ。それで新しく入った人は、また一からやって、なれてきた頃に、はい終わり。」
国際協力の肝、は「地域に根ざしたプロジェクトの継続と持続」です。先進国の「気まぐれ」や「見せ掛け」がこれまでに引き起こしてきた数々の問題や、途上国に残してきたガラクタの山について、もう一度考え直さなければいけません。

「隊員って言うのは基本的に宣伝材料なワケだから、僕らの任務っていうのは「何事もなく無事2年の任期を終えて帰国すること」なのよ。だからもう制限が多くて。だってバイタクにのっちゃだめでしょ、立ち入り禁止地域もいっぱいあるし、移動は絶対タクシーとかね。プロジェクトの予算も全然ないよ。ほとんど何もやらせてもらえないもんね。」
ウガンダはアフリカの中でも極めて派遣者数が多い国(この小さな国に100人くらい来ているそうです)らしいのですが、とにかく安全そうな国にどんどん人を送り込んで、人数稼ぎ、ポイント稼ぎ、宣伝効果を上げて、ついには常任理事国入り!?

人それぞれ、個人差はあるし、何が良いかを見極めるのは簡単ではないけれど、任期切れの迫るこの隊員にしても、音楽と体育を教えようとしている好青年にしても、もっと他に活躍の場があるんじゃないの?と言いたくなりますね。
エチオピアからのレポートで、協力隊の派遣の意義の一つに、人材育成や将来への投資、がありましたが、う~ん、捉えようによっては、これは人材の使い捨てですね。若手国際人の育成と呼べるのでしょうか?税金の有意義な使い道と断言できるでしょうか?
2年間の「体験」の後に、彼らには何が待っているのだろうか。任期切れの隊員は、「帰ったら日本国内を旅でもして、何するか考えるよ。」と話されていました。

■だったら、やめればどうですの?

日本のODAやJICAに限ったことではなく、KICAだって、ピースコーだって、普通の人ならもうみーんな気づいているはず。ただ「国際協力」という名前自体はとても美しい響きがあるのでなかなか大声では言いづらいだけ。
予算に見合うような効果が上がってないことも分かっているし、宣伝材料に使われていることも分かっているし、予算があるからポストがあるからその機会を利用するのは当然だし…、じゃあぶっちゃけた話、そんなプロジェクトだったらやめちゃえば?
ODAやJICAの効率の悪さが指摘されると、「じゃあ国際協力するなっていうの?」と反発が来て、そうなるとまあ「いや、そういうわけじゃないけれど。。。」と言葉を濁さなければならないムードがあるけれど、ここは思い切って言ってみるのもいいじゃありませんの、「はい、正直に言いましょう。上手くやれないなら『するな』」と。

■覚悟と期間

行政にはお金だっていっぱいあるし、利益も成果も上げる必要がないという事実には驚きません。とにかく下りてきた予算を使い切って、見栄えがよければOKなのも分かります。
けれど、世界の暗部にある現状をなんとかしたいと奮闘している個人活動家(孤児院の主催者のような)や、真面目に活動しているNGOのことを思うと、ODAの効率の悪い部分(良い部分ももちろんあります)に対して、納税者、有権者はもっと腹を立てるべきだと思います。
うんうん、そうだ、「協力隊の予算なんてたかが200億程度でしょ」なんて甘い!そんなんだったら、おばちゃんにちょっと分けて?おばちゃんだったら全然ちがった使い方をするからさぁ。他に世界のことをもっと深く考えている人だったら、もっともっと上手な使い方ができるかもしれないからさぁ。

金をかける以上は、もっと気合を入れてやっていきましょう。

で、協力隊の2年という任期はよくないですね。隊員がぼやいているように、腰をすえて何かをやるにはあまりにも短すぎる。お会いした隊員の方々は、海外経験はほぼゼロということでしたが、海外へ出て、環境に慣れて言葉を覚えて、地域社会に溶け込むにはある程度の時間がかかります。
個人差もあると思いますが、私が初めて海外へ長期で出かけた時は、その国にいることが普通になるまでに3年近くかかってしましました。別に生活に問題があるとかホームシックになるとかそんなことではありません。私の場合の3年とは、その土地の良さも悪さも平等に、落ち着いて観察できるようになるまでにかかった時間です。
最初のうちは、その国を自分の国とどこかで比較していたり、何もかも良く見えたり、極端に悪いことが目に付いたり、現地生活に「無理に」溶け込もうとしたり、疲れて距離を置きたくなったり…、自分の中身が落ち着かないうちは、地域社会や現地人との接触がどこか不自然だったように、今振り返っても思えます。
隊員の中にも、やっと現地生活に慣れて、現地の人と同じような目線に立って社会のことを考えられるようになってきた…、ところで任期終了、という人が沢山いるはずです。これは人材の無駄使いです。

また、2年という短い任期の設定は、志願者の覚悟や動機をほとんど問わない、低いハードル設定だと思います。「2年間だけちょっと違う世界をみてくる」程度の気持ちで参加できてします。しかも2年の任期さえ満たして帰国すれば、JICAから240万円の再出発手当てが銀行に振り込まれている!わけだし…。とっても美味しい「人生の一こま」です。
これが7年、10年という任期だったらどうでしょうか?国際協力に対してそれなりの思い入れ、覚悟、モチベーションがない限り、気軽には志願できないはずです。外国語ゼロ、海外未経験で10年の任期に志願するのは勇気が要ります。

ここで、「本当に7年、10年と活動できるかどうか、そんなことは行ってみないと分からない。2年ぐらいの短いお試し期間があるほうが良い。」と言われるかも知れません。
するとおばちゃんは、ここでも反発するのです。(今日は反抗期?)「お試し期間ぐらいは自費で行け!2年くらいなら、旅をしたり、NGOに参加したりして、自分が本当に活動したいのか、やっていけるのかを試してから、プロとしてお金をもらって10年くらいの活動に志願するほうが効率がよいはず。」
加えて言うならば、JICAの人たち自らが口を揃えて言っているように、「協力隊は本当に過保護なんですよ」な環境でお試し期間をやるより、自力でいろいろとやることを学んでから参加したほうがよいでしょう。というか、「海外初めてです」という人への保護が過剰になるのはあたりまえ。海外経験豊富で、現地での活動経験が1~2年でもある志願者なら、保護する必要があまりなく、すぐに実用的なプロジェクトを始めてもらえるはずです。

人生の転機、海外生活も体験してみたい、そんなのは自分で行け!まず自分で行って見てきて下さい。体験してきてください。

協力隊員と一緒に孤児院を見に来た人の中に、ケニアでNGOに参加しているという若者が一人いました。
彼は、日本で農業をしていて、その技術を生かして海外協力できないかと思い、自分でNGOを探して参加したそうです。けれど結果は、日本と現地では環境が違いすぎて、彼の農法は役立たず、全然貢献できなかった。
なので、もう少し違う形でやってみようと決意して、幼児教育のNGOで活動をはじめ、そのために孤児院を見学に来た、と話されていました。

「旅費や生活費はどうしてるの?」というおばちゃんからの質問には
「日本で作った貯金でまかなってます。特に僕の場合は、どうしたらいいか最初分からなくて、NGOを通してきてしまったので、その分余計に費用がかかりました。」
「今も、ボランティアなの?」
「完全にボランティアですね。経済的にあと4ヶ月ぐらいが精一杯です。帰国まであまり時間がないんですけど、幼児教育のボランティアで出来る限りのことはやってみて、それでどうなるかは今は分かりません。」

そのとお~りなのです。海外協力がやれるかどうかなんて、面接試験では分からないし、日本で想像していても分かるわけがないのです。自分で行って体験しないと分からない。
だから、プロ(お金をもらえば、それは仕事でありプロです。)になる前に、何がやりたいのか、何ができるのか出来ないのか、そこまでは自力で見定めてから、晴れてプロの国際協力活動家になってください。
晴れてプロになった人には長い任期ともっと沢山のお給料、そして「プロジェクト予算」を与えて、バンバン現地で活躍してもらう。どうぞよろしく。

レポートの締めくくりにふさわしく大ナタでバッサリ斬らせていただきました。
ウガンダの孤児院を訪ねてみて、現地で30年近くもやり抜いてこられた方の活動の一部に触れてみて、その覚悟と志から学ぶ事は大きかったです。
同じことをやれと言われたら、やれる自信はないし、そもそも同じことなど求められてはいないけれど、何かをやるときは、その方法がどうであれ、同じくらいの覚悟で取り組んでいきたいものですね。

電気のない孤児院の庭で毎晩夜空を見上げました。流れ星、二つ見えました。その時心に浮んだことは、「近い将来、子供達がお腹いっぱいパイナップルを食べられますように。」それだけでした。
そんなことを思ったのは、子供達への思いが強くて・・・ではなく、たぶん私が甘いものに飢えていたから?三日月がバナナに見えたり…、あれは幻覚?はぁ…、自分が嫌になります。

最後にもう一度、私を快く受け入れてくれた孤児院のスタッフとかわいすぎる子供達に、ありがとう。

それではまた、ごきげんよう。

安希

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