76.ウガンダの孤児を訪ねて「出発編」(ウガンダ南部)
ナイロビで偶然見つけた情報を頼りに、ウガンダの孤児院を訪ねてみることにしました。

皆さん、こんにちは。安希のレポート、ウガンダ編です。昨日ウガンダからタンザニアに入り、ビクトリア湖をフェリーで南下して、朝もやの中、ムワンザという街に到着しました。
この街でまずやらねばならないこと。はい、それはレポートです。なぜならウガンダでのここ二週間ほど、電気の無い生活だったので、パソコンもレポートもお休みをしておりました。
なぜ電気が無かったかというと、ウガンダ南部の小さな村の孤児院兼学校に滞在していたからです。電気なし。水道なし。というわけで、ウガンダレポートは、田舎の孤児院での体験をもとに書いてみようと思います。

今回のレポートは過去最長になりそうですので、5部編成の小分け作戦です。
興味のあるところだけ読んでみて下さい。どうぞ。

■ウガンダへ行こう

きっかけはナイロビで滞在していた宿の情報ノートでした。そのノートには、日本人がされている現地での協力支援(現地ボランティア活動)に関する記述が2つありました。

一つ目は、ケニアータンザニア国境付近で支援をしている活動家による情報。これはなかなか厳しい書き方がされていて、要約すると「役に立たないボランティアや見学者は邪魔なので来るな。だけど募金は集めている。」と。
情報ノートの読み手である旅行者も思わずムカッとしてしまう内容に、反発意見の書き込みもあり、ある意味とても興味深い内容でした。

具体例を挙げると…

活動者コメント:旅行者や日本からのボランティアの訪問は、対応が難しく、我々現地で活動している人間が、訪問者に対して感謝し、媚びなければいけない立場にあるというのはおかしな話です。
訪問者の受け入れは、現地で活動している者にとっては負担となるので、訪問料、宿泊場代(ナイロビの宿より高い。要寝袋持参。)を取っています。
私の感想:確かに負担にはなるでしょう…。ならば、「事情により訪問者の受け入れは出来ません」とはっきり書けばいかがですの?
旅行者コメント:媚びる必要なんてない。それはあなたの思い込み。

活動者コメント:私生活を投げ打って人助けをしている我々が、日々抱える困難やストレスは、一時的に滞在するだけの自称ボランティアや、表面的なことしか分からない旅行者などには到底理解の及ばないものです。
旅行者コメント:何様のつもり?一部には表面的な旅行者もいるかもしれないが、全員がそうとは限らない。

活動者コメント:現地の事情も知らない旅行者が周辺地域で理解の無い勝手な行い、無神経な言動をとることで、同じ外国人として我々の評価が落ちたり、活動の邪魔になる場合があります。現地で活動している企業、団体、活動者の足を引っ張っている旅行者は、その表面的な旅行態度や生活を一度考え直してみてはどうでしょうか?
旅行者コメント:そんなにボランティアがいやなららめろ!あんた、金集めるの下手だ。
私の感想:確かに旅行者は現地の環境によく注意を払って行動すべきだと思います。けれど、みんな色んな失敗を経て、少しずつ学んでいくのだと思います。最初から完璧な人はいません。それは書き手である活動者も同じで、きっと初めは分からないことも多く、失敗と試行錯誤の上に現在の活動があるのではないでしょうか?

活動者コメント:資金の有意義な使い道を知っているのは他でもない我々です。皆さんから頂いたお金は、現地の人のために大切に使わせていただきます。
私の感想:同感です。なかなかやり手の活動家さんだとウワサでは聞いているので(実際に行ったことがある人のコメントはゼロなので、真実は不明)、おそらく現地の人のために寄付金を役立ててくれることと思いますし、運営費用のやりくりが大変であろうことも推測できます。
ただ、どこかからかのウワサで聞いて、推測しているだけでは、果たして具体的にどういうプロジェクトに幾らお金がかかるので、幾らくらい寄付すればいいのかが分からない。そして、不幸にもNGOの9割はマトモに機能しておらず「資金集め&海外贅沢暮らし」のために存在していると言われている現実があります。
資金援助、人的援助、どちらもそうですが、関わり合いの第一歩は「先ず、本人から直接話を聞き、現状を自分の目で確認すること」だと、旅人の私は考えています。百聞は一見にしかず。

もう一つのケースは、ウガンダ南部でのボランティア活動を体験してきた旅行者が書いた情報でした。内容は、ボランティア活動や田舎暮らしを体験したい人は是非一度行ってみてください!というノリのものでした。

内容:ケニア、ウガンダ滞在歴27年の日本人がやっている孤児院兼学校です。マラリアや拳銃強盗なんかも何度も経験されている方で、アフリカの暗の部分の話などを聞かせてもらえます。
現在、HIVで親を亡くした子供達36人が共同生活をしています。一度行ってみると良いと思います。かわいい子供達が歓迎の歌を歌ってくれるかもしれません。田舎なので電気も水道もありません。水は子供達が近くの臭い川に何度も汲みに行き、ご飯は女の子達が中心になって作ります。
基本的にタダで泊めてもらって、メシまでついているので、行く人は何か寄付できるものを持っていくといいでしょう。野菜、フルーツなどは足りていないので持っていってあげると子供も喜ぶと思います。
また、鶏のオスだけ死んでしまって、メスだけでは増えないので、何人かのグループで行く人は、鶏のオスを2~3羽生きたまま持っていってあげると、子供達も喜ぶでしょう。
あと、子供服5~15歳のものや文房具も足りていません。サッカーボールや、あとノコギリでちゃんと切れるやつも、カンパラで買ってもって行ってあげるといいと思います。
なにも無いところだけど、電気が一切無いおかげですごい星空と流れ星がいっぱい見れます。マラリア予防薬を持っていかない人はマラリアも体験できます。それから、自分の飲む水、ロウソクぐらいは自分でもって行きましょう。

情報には、学校への行き方や、手書きの地図も添えられていて、旅行者やボランティアを迷惑がっている様子は伝わってこなかったです。従って、「現地到着後、もしも迷惑そうなら、物資とちょっとした寄付を置いていくだけ」の心づもりで、決めました。ウガンダへ行こう、と。
カンパラで雄鶏を買って担いでいこう、もしもそれだけのことで子供達が喜んでくれるのならば。そして私は一人夜行バスに乗り、一路ウガンダへ向かいました。

■買い物へ行こう

カンパラへ着いてからは、ケニア分のレポート作成と買い物、プラス、僻地入りする前のお金の準備などに追われ、我ながらバタバタと過ごしました。
カンパラの町を毎日歩いて物資と物価をチェック。外人料金でボられないように、露店や市場で値段をくまなくチャックし、比較。必殺「まとめ買い値切り」で、「もうちょっとまけてくれたら、ノート2ダースプラス、鉛筆も2ダースあなたの店で買っちゃうわよぉ~!だけどまけてくれないなら何も買わない。さらにまけてくれたら石鹸も8個買う!」作戦でした。フッフッ。

けれど良く考えてみると、何が本当に必要で、どの程度のものをどのくらい買えば良いのかが分からなくて悩みました。服や鶏のオスが足りていないとは言っても、何歳の男の子が何人いるのかも分からないし、鶏だって、情報を見た旅行者やボランティアがもう持っていって足りているかもしれない。
そして一番悩んだことが、田舎生活に適切な物資選び、つまり、田舎の子供達が一般的にどの程度の物質に満たされ、どれくらいの品質のものを身につけているのか、所持しているのかが分からなかったことです。

例えば、村の周りの子供達が穴の開いたシャツ一枚で過ごしているのに、孤児院の子供に新品のナイキのTシャツを贈ったりすると、村の子供達との間に格差が出来てしまって、地域社会のバランスが崩れます。
エチオピアの農村を歩いた時にいつも気にかかった子供達の足元も同じ。子供達は穴ぼこで靴底の無い靴や、壊れたサンダルを繋ぎ合わせものを履いていたりして、足が泥だらけだったのを覚えているのですが、では果たして田舎の孤児院へは、新品の靴を買っていくべきか、サンダルを買っていくべきか、それとも村の人たちも孤児たちも素足で十分なのか・・・。う~ん、現場を見るまでは何とも分からない。

とりあえず現場を見に行ってから物資の買出しのために最寄の街へ戻ればよいのか、それともせっかくなので首都カンパラで買ったものを届けたほうがよいのか、それともお金だけ渡して様子をみればよいのか…。
結局最後は、子供達が喜んでくれそうなものをテーマに、ベストを尽くして品物選びをすることにしました。当たり外れは覚悟の上で。

いろいろ悩んでいるところで、ウガンダ南部出身のビジネスマンにホテルで出会いました。子供達に何を買っていけばよいのか分からないと相談すると、彼は「ウガンダの子供達のために海外の人が支援してくれてとても感謝している。明日、僕もマーケットへ同行するので、田舎の子供達に必要なものを一緒に選ぼう。」と提案してくれました。
従って翌日は二人でマーケットを歩き回り、ショッピングな午後を過ごしました。

以下、私達なりにベストを尽くして選んだ品物:
ジーパンを含む長ズボン10本(彼の説明では、田舎では女の子もジーパンをはくので問題ない)、Tシャツ12枚、サンダル8足、ノート2ダース、鉛筆2ダース、石鹸8個、子供の保湿クリーム?大1瓶。お皿1ダース、コップ1ダース。

・・・ちょっと中途半端になってしまいましたが、まあ、いろいろ持っていけば一つぐらいは欲しかったものにも当るかなぁ~、くらいのいい加減さでした。というか、いつもの20kgのバックパックを担いで、さらに両手に下げて持っていける重さには限界があるのです!だから、コレは言い訳ですけど、例えばジーパン36本、サンダル36足揃えるというのは、一人旅のおばちゃんには無理!子供達よ、すまないねぇ~おばちゃんの腕力が無いばっかりに…。
さて、鶏をどうするかが一番の問題。生きた鶏を抱えてバスに乗っていくのは更に大変なので、一度学校について、荷物を置いて状況を確認後、再び近くの町へバスで戻って買い付けに行くことにしました。値段も田舎のほうが断然安いので、生き物は周辺地域での調達でいってみましょう。

大荷物を抱えての移動ということで、前日の夕方にはバス停に話をしに行き、ちょっと多めにお金を払う代わりに、荷物の場所を確保してもらうことと、学校の近くの村で確実に下車出来るように運転手にしっかりと説明しておいてもらうことを約束しました。
翌朝の出発時には、前日にチケットを売ってくれたおじさんが、荷物だらけの私を見つけると駆け寄ってきて助けてくださって、場所取りも下車もバッチリでした。よ~っしいよいよじゃぁ。

■学校へ行こう

学校最寄の村で下車し、地図に従って歩き始めたのは良いけれど、荷物がおっ重すぎる…。休み休み歩いてみたけれど、おっ重すぎる。全部で40キロ弱はあったんじゃないかと思います。ついに動けなくなってしまいました。
すると、草道の向こうから男の子二人と先生(ウガンダ人)が出迎えに来てくれたのです!助かりました。「荷物に埋もれて動けなくなっている外人がいた」と、村の人が学校へ連絡してくれたらしいのです。
「どうも、はじめまして。迎えに来てくれてほ~んとに助かました。ありがとう。」少年達も先生も、とても気さくで冗談好きで、すぐに仲良くなりましたよ。

さて、いよいよ学校へ到着し、まず感じたことは「素敵な所ではありませんか~!」と、予想に反して清潔でよく管理され、手入れの行き届いた学校の施設です。
もちろん、平屋の小さな建物に違いはないし、造りはとてもシンプルな田舎の学校風で、壁のブロックが崩れて穴があったりはするけれど、床もしっかりとコンクリートがうってあり、ドアにも鍵がかかるようなしっかりとした建物でした。
ウガンダという亜熱帯の森林の中の、電気なし、水道なし、マラリア多し、の僻地と聞いていたので、てっきりもっとすごいド田舎を想像していました。以前ネパールの山岳地帯で滞在した土壁、土床、わらぶき屋根のようなところに、寝袋とロウソクで二週間の風呂なしライフになるのかなと覚悟していたので、ちょっと拍子抜けですね。
ベッドやマットも用意していただいて、蚊帳だってばっちり吊るせます。庭の木々も手入れがされていて、地面も掃き清められており、鬱蒼としたジャングルでは全然なかった!のでした。な~んだ。

一つ残念だったのは、主催者である日本人の活動家は、現在日本に出稼ぎに出ておられたために、ご本人にはお会いできなかったことです。
けれど、奥様(現地ウガンダの方)とたくさんお話をする機会が増えて、二週間の滞在はとても有意義に快適に過ごさせてもらいました。

到着前の孤児院のイメージとして、経済的にも物質的にもいろいろと難題が多く、もっと悲壮感漂う状況(環境)に直面することも覚悟はしていたので、奥様、先生、子供達の明るい笑顔や落ち着いた物腰に、驚かされ、こちらが癒されてしまったくらいです。
炊事、洗濯、掃除、施設の管理、全てにおいて、楽な事は一つもなく、生活は質素でシンプルで、子供達の日々の労働も大変なものがあるけれど、みんなスレていないところが凄かったです。
人懐っこい中にも、礼儀正しさ、思いやりをもったスタッフと子供達でした。

そんなわけで、さい先良くスタートしたウガンダの田舎学校生活。
2週間の滞在で得た経験や出来事は引き続き第2話にて。

それではまた。ごきげんよう。

安希

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