75.アンバランスな国境越え②(モヤレ~ナイロビ)
ケニアの印象?う~ん、何かが壊れてしまった国…、壊れたのはトラックだけじゃなくてさぁ。

どうもこんにちは。安希@ウガンダに着いてしまいました、が、ケニア編の続きです。
トラックが壊れて、見捨てられ、ステップ地帯に置き去りの私とサムソン君の、その後の旅「アンバランスな国境越え②」から、ナイロビで到着後に感じた都市の暮らしに関して。

深夜2時にトラックが壊れて以来待つこと14時間、午後4時ごろになって、猛スピードで走ってくるトラックを一台止めました。私の体調不良を理解してくれていた一人のケニア人のおじさん(インテリで熱心なイスラム教徒)が、我々を先にトラックへ乗せて、値段交渉もしてくれました。
この時は、高熱と筋肉の痛みで、トラックによじ登ることが困難なくらい憔悴してしまっていて、パイプの上のトラックの揺れに耐えられるかどうか自信がなく、壊れたトラックの親会社がナイロビから出したと言われていた救援カーを待ちたいと言う私と、席(パイプの空き)があるなら「お前一人でもこのトラックにのって次の街へ行け」と、私を強引にトラックへ乗せようとするサムソン君との間で喧嘩勃発。(はじめ、席は一つしかないといわれていたので。)
ひぇ~、喧嘩してる場合じゃないってばぁ。けれど、喧嘩のおかげ?で、なら二人一緒に乗っていけという話になり、結局二人揃ってトラックへ乗せられて行くことになった・・・。救援カーが良かったのに~。

新しいトラックは文字道理の家畜運搬トラック。荷台には羊とヤギがぎっしり。パイプの上には人。このトラックは規定重量を守っているらしく、速かったです。時速60~80は出ていたと思います。
とにかく揺れがすごくて振り落とされます~。目下のひつじさんたちも激しい揺れに「ウゲー、ウゲー」と悲鳴の嵐。ひっくり返って立てなくなったひつじの上に、ヤギさんがのっかって潰れて「ウゲー、ウゲー」みたいな感じ。

パイプを両手で握りしめ、とにかく振り後されないように必死の私でしたが、ふとした瞬間に頭を打って、ちょっと記憶が飛んでいるのです。何が起こったのかというと、道に伸び出した木の枝で後頭部を打ったらしい。
このトラックは暴走トラックだったので、道の両脇と上に広がる木々なんかは、バンバンこすって、そのまま突進。背の高いトゲだらけの木が時折天井の我々を襲い、そのたびに屋根の乗客は頭を伏せて防御。
トラックの後部で視界の悪かった私やサムソン君には前方が良く見えなくて、避けるタイミングを逃してしまったのですね。

ちょっと記憶が無かったあと、被っていた帽子が無くなって、手の甲が出血していることに気がつきました。そしてサムソン君のほうを振り返って、ギョ~~~~!でした。
サムソン君の顔っ、顔が血まみれだぁ~。

後でサムソン君に聞いた話では、彼は、我々のバックパックが羊の荷台に落ちそうだったので、紐で結んでいたら突然顔に衝撃が走って、しばらく記憶が無い。
その後、額から頬にかけて生ぬるいものが流れている感覚がして、下を向くと、パイプにぶら下がったままの私のバックパックの黄色いカバーに赤い血がポタポタと滴り落ちている様子が見えた。
そして顔を上げると、さっきまでは「バカな中国人が木に当った!」と大笑いをしていた他の乗客の顔が一変、硬直。大丈夫か?と一斉に心配顔になった。
ここでアキの方を振り返ったら、片手でパイプを握り締め、もう片方の手で後頭部を押さえたままパイプの間に挟まってうずくまっていた・・・と。と言うことらしいです。そうだったんですかぁ。

けれど出血したおかげで、他の乗客は私達をバカにしたり笑うのを止め、バックパックを紐で結ぶ作業を手伝ってくれるようになったり、木が近づいてくると私の頭を先に手で押さえて倒してくれるようになりました。
サムソン君も出血には満足。「彼らを黙らせるには出血が一番だ!」とか。そして、ホテルについてからは、顔面6箇所切り、流血の模様をしっかり記念撮影して、めでたしめでたし。

3時間余りの乗車でしたが、この旅始まって一番の痛みを伴う、耐える時間でした。強い振動で腹痛にもなって、トラックを途中で降りることも何度か真剣に考えたくらい。
さらに、乗車中もっとも痛かったのは、お尻でした。おばちゃんとしてもコレを話すのはちょっと恥ずかしいのですが、なんと尻の皮が、むっ、む・け・た。
長時間パイプの上に座り、擦りに擦られた皮膚がむけて、お尻も出血大サービスでした。痛かった~。ナイロビ到着後も10日間ほど治らなくて、座ったり横になったりするたびに、「痛っ!」・・・悲しいのでございます。

発熱、関節痛、後頭部強打、手の甲出血、お尻の皮べろ~ん、激しい腹痛、そしてパイプを握り締めていた手の平の豆が2つ潰れ、腕と腰は筋肉痛。の8重苦のおばちゃんを、ついには土砂降りが襲いまして・・・。
シャワーも浴びてなかったし、泥だらけだったので、雨が降ってきて、初めは嬉しかったけれど、雨脚が強くなると雨粒が痛い!のです。
こうまでなったら、もう笑うよりしょうがないですね。考えられる悲劇は全部経験出来ましたからね。痛い雨粒にほっぺたなんかをパチンパチンと叩かれながら、べしょべしょになって笑いました。「うぉ~、痛ってぇ~!」なんて言いながら笑いましたね。
「はっはっは~!痛ってぇ~!!だけど、格好の話のネタができちゃった、イェーイ、イェーイ、ホ~~~!」

そしてふと顔を上げると、眼前には何所までも続く緑の低地が広がり、雨雲の間から差し込んだ光が、ところどころ、深緑の色を塗り替えて、そしてなんと、虹がかかっていたのです!
な~んにも遮るものがない、見える限り続く緑のカーペットのど真ん中に、太くて巨大な虹がどか~んと。すげぇ~。すげぇ~~よぉ~。目からウロコまで剥げ落ちて、涙っていうか、雨粒が目に入って・・・だけどしっかり見てます!見えてます!
全てのアクシデントはこの一瞬を見るためのプロローグだったのですね。ちょっと痛いプロローグだったけど。

パイプにしがみついて見た巨大な虹。二度と見ることの出来ない、写真に収めることもできない、7日間の痛い移動中で母なる大地が見せてくれた一瞬の輝きです。世界にはすごいものがあるのねぇ、と深く感動いたしました。

ついつい旅の感動話になってしまってしまい、失礼致しました。肝心な事は、このトラックの体験を通じて、ケニアの庶民の交通事情を身を持って体験出来たことです。
ナイロビ周辺のほんの一部の地域を除いて、ケニアの道は舗装整備が進んでおらず、しかも乗り物が悪い。私は何も好き好んでトラックに乗ったわけではなくて、国境からの交通手段が家畜用のトラックの屋根しかなかったためにお尻の皮をむいてナイロビへ行くことになったのです。(週一便だけバスが出ているとの情報もある)

同乗した庶民はトラックにも乗り慣れていて、トラックが壊れても、ドライバーがお金を持って逃げても、驚いた様子はなく、「我先に次のトラックを捕まえる」という対応法も明確でした。
ケニアと言えば、ナイロビという東アフリカへの玄関口を持ち、欧米や世界各国からサファリツアー客が押しかけ、優雅に快適に動物と戯れる国、という印象を持っていたので、ナイロビ以外の場所の現状を目にして驚きました。
外人がサファリツアーに使う車や、海外からの資金(NGOやUN)が入ったランドクルーザー以外の車には、ケニアのでこぼこ道はまだまだ厳しいものだと感じましたね。壊れたトラックの横を、土煙を巻き上げて通り過ぎていくランドクルーザーを、庶民はどんな気持ちで眺めているのでしょうか?

さて、イシオロでトラックを降りて、翌朝ミニバスを拾ってナイロビへ到着。イシオロからの道は舗装されていて、ミニバスも快適で、そこまでの道程との落差に愕然。更にナイロビへ近づくと、高層ビルも見えてきて、おお~、都市に戻ってきました!
街中に溢れるインターネットカフェ、国際クレジットカード対応の24時間ATM、バーにカジノにレストラン。ナイロビです。
けれど、気になったのは、物価の高さの割りに質の低い都会生活ですね。基本的な部分で言うと、食べ物、電気、水など。

食べ物の値段は急激に上がりました。バックパッカーは泣きたいです。しかも値段の割りに質が悪く、とにかく揚げ物が多い。イギリス植民地時代の影響かしら?と思いたくなるくらい、どこもフライドポテトだらけ。外食する庶民の多くは、油でべとべとの不健康そうなフライドポテトばかり食べています。
スーパーの野菜、果物、水、などの値段もかなり高く(果物は激高!)、ケニアの庶民は伝統的主食ウガリ(トウモロコシの粉をふかしたもの)以外の副菜として、何を食べているのかしら・・・と疑問に思いました。

特にエチオピアと比較すると、食べ物の値段と質のバランスが、ケニアではかなりアンバランスな印象を受けましたね。
エチオピアは伝統的なインジェラと呼ばれる食べ物が、どこに行ってもあって、安いし、お豆や肉や野菜が万遍なく網羅されていて健康的でした。良質のコーヒーやお茶を安く楽しめる文化がしっかりとあって、イタリアの一時侵略時代に入ってきたスパゲティも、都市部へ行けばかなり美味しくて、決して高くない。
その点ケニアは、変に欧米化されていて、物価も高いけれど、質の良いものが少なく、ケニアらしい伝統や文化の側面は損なわれている印象でした(ケニアらしい伝統とはそもそもどんなものなのか、全く感じられなかった)。

宿の質を考えた場合にも、部屋が狭く、電気が乏しく(部屋に差込口がない)、お湯が出ないことや、水が止まることもあって、値段の割りに質が低いと思いました。
ナイロビはとても栄えているように見えて、お金もバンバン減っていくけれど、快適さではエチオピアの安宿の方が上かな~と。

そんなわけで、食べ物、電気、水事情、道路、乗り物、すべてイマイチなのに、物価の高いケニアのちょっとアンバランスな雰囲気を書いてみました。ところで、ケニアって、観光業(サファリツアー)と海外援助以外に、どうやって収入を得ている国なのかしら・・・?誰かご存知ですか?
モンバサという大きな貿易港の街がありますが、この街はどちらかと言うと衰退気味のようなので、ではこれから、どんな産業に頼ってケニアは生きていくのかしら?やっぱり観光一本絞り?

油ギトギトのフライドポテトにうんざりしながら、何かと疑問だらけのケニアからのレポートでした。自然と動物はウワサどおり素晴らしい国だったけれど・・・。

それではまた。ごきげんよう。

安希

追伸:前述のとおり、ウガンダのカンパラにてこのレポートを書いていますが、ウガンダも電気が高いらしいです。部屋にはコンセント差込口はないので、朝から宿のロビーで書いていたら、宿のおばちゃんに叱られました。
「あなた電気使いすぎ!電気代、めちゃくちゃ高いのよ!!」と。闇のエチオピア、電気代高騰のケニア、ウガンダ。アフリカに来て電気ショックです。レポートも手書きを迫られそうな今日この頃。小型発電機があればいいのですが・・・。

注:電気に限りがあるため、文章、内容を読み返すチャンスがありません。荒れ気味のレポートにて失礼いたします。

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3件のコメント

  1. SECRET: 0
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    ご無沙汰しております~
    無事にウガンダまでたどり着けたようで安心です。

    あの後モンバサに行ってきましたが、サファリ以上に欧米人観光客が多いこと多いこと。海岸線はすべてリゾートで占められていて夏の休暇産業が大盛況のようです。他は荷役関係ですかねぇ、、、ケニアで一番発展している港町ですから。
    行き帰りの道は選挙前ということもあって工事中の道も結構ありましたが、ナイロビモンバサ間はそれなりに快適でしたよ。

    以上、モンバサのレポートでした!

  2. SECRET: 0
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    最近全くHPの更新が無いみたいで、心配で夜も眠れません。アフリカまで捜索に行こうかと思っているくらいです。とりあえず日本で無事を祈っています。

  3. SECRET: 0
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    ご心配をおかけいたしました。電気とネットの環境が悪くてブログがアップできないだけで、私自身は元気一杯です。どうか夜はよく寝てください!あっ、でもアフリカまで捜索に来てもらうのも悪くないかも...。(^^)お待ちしています、アフリカで。

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