72.質素な村の小さな輝き(ディレダワ)
列車、壊れました。従って、どことも知れぬ農村で野宿が始まりまして…子供達が集まってきまして…。

皆さん、こんばんは。アフリカを移動中の安希です。
あえて移動中の・・・と書いた理由は、アフリカでは移動に費やす時間がとにかく長く、移動が旅のメインになってしまっているからです。
無事に街へたどり着いた頃にはもうへとへとで、シャワーで汚れを落としたら、あとは泥のような眠りが待っています。もう少し気合を入れて街の散策をしたいなとは思っているのですが・・・はぃ。

さて、アフリカのビックリ箱列車でジブチを経って、朝9時ごろにはエチオピアへ入国しました。エチオピアの低地帯は小岩の転がる乾燥地帯と草原地帯があり、その中を列車は進んでいきました。
強い日差しが列車の鉄壁を焼き、熱くて車内の壁によりかかることが出来なかったくらい。列車は小さな村へ来るたびに停車し、その度に村中の人たちが飛び出してきて列車を取り囲む。物売りもいたけれど、大半はただの見物人ですね。
列車はいつ出発するともなく村に長居して、そして合図もなく突然動き出し、列車を降りていた乗客は慌てて列車へ飛びつく・・と。

農村の家々は土壁にわらぶき屋根が一般的。人々は目の覚めるようなカラフルな布に絵柄の入ったものを身にまとい、プラスチックの容器(水を入れている)を身に着けていたりします。
アフリカの色彩感覚には驚かされますね。ただ見ているだけで楽しい衣服です。

予定では列車は午後2時ごろ、ディレダワという街へ到着し、その日の夜に再び列車を乗り継いで、翌朝にはアジスアババへ着くはずでした。
けれど、ここはアフリカ。まず、各村に着いて一旦停車すると、そのまま30分以上動かなかったりするので、時間はどんどん過ぎていきます。そして、到着時間の2時もとっくに過ぎた午後4時、小さな村の前で再び列車が停まってしまいました。
外には灼熱の太陽が輝いていたので、私は車内で待機していたのですが、40分経っても動き出さない。乗客もどんどん降り始め、外でサッカーなんかをして遊び始めました。
換気機能のない車内は熱がこもって蒸し暑く、う~ん、体力を消耗します。そこで日差しが弱まってきた頃を見計らって外へ出ました。

線路の上に座って汗を乾かしていると、寄ってきました子供達!20人くらいの子供達は、肌の色が違う異国人に興味深々、好奇心満々。
名前を聞いて手を差し出すと、みんなしっかりと握手をしてくれます。そして私の手の肌の色がよほど不思議だったのか、何人もの子供が手の甲をなでたり、手のひらを指でつっついたりし始めました。
けれどどの子も笑顔が絶えず、私が不快を感じるようなむちゃな事をする子はいなくて、エチオピアの子供達は「礼儀正しく、落ち着いている」印象を受けましたね。
物怖じをしない、人見知りをしない、いたずらをしない、わがままを言わない、そして名前を呼ぶと必ず「YES」と大きな声で返事をして大きな瞳をキラキラ輝かせるような子供達です。

さて、すっかり停まったままの列車ですが、2時間経っても動き出さず。聞くところによると、どうやら車輪が壊れて動けないらしい。おお~、列車が壊れました。どうやって直すのかしら。
終点のディレダワまで、残り約40キロ。あと40キロ、頑張って走ってくれ~、と思いましたが、凄いのはやっぱり地元人たちでした。列車に見切りをつけた人たちが、なんと線路沿いに歩き始めた!
さすが、優秀なマラソンランナー輩出国のエチオピア。人々は40キロくらいなら歩いちゃうのですね。夜9時に乗り換え予定のアジスアババ行きの列車のことを考えると、我々も若干焦りました。40キロ、歩くべきか、列車が修理されるのを待つべきか・・・。
けれど20キロの荷物のことを考えると、暗闇の線路沿いを40キロ歩いていくのは不可能と判断。従って、子供達に取り囲まれたまま村で列車の再発車を待つことに決めました。

陽が傾き、辺りが徐々に暗くなり始め、人々はお腹が空き始める。そして我々は少しスナックを齧った以外、前夜のディナーを最後に食事から遠ざかっておりまして…。あ~空腹です。
すると、村のおばちゃんが大きなお鍋を担いで出現し、どうやら茹でたマカロニにケチャップを絡めたものを販売し始めたらしい。おお~食べ物です!乗客が一斉にお鍋を取り囲みましたよぉ。
量には限りがあるので、我々は一皿のマカロニを買って、それにシーチキンの缶詰(イエメン最後の瞬間に余ったお金で買っておいた非常食が役だちました!)を混ぜて味付けし、ここは仲良く半分こ。うまい!
食事の途中、列車が試運転のために突然動き、それをみた乗客がお皿を持ったまま慌てて列車にしがみついた光景はあまりにも滑稽で、けれど自分も一緒になって列車に向かって走り出していたことがまた滑稽で、アフリカに来たことを奇妙な形で実感してしまいました。だけど焦りました、列車に置き去りにされたかと思いました。

さて食事を終えると、いよいよ本格的な闇がやって来ました。エチオピアの田舎には電気が無いのです。草原地帯のために火を焚くマキもあまり無いのか、火を熾している様子もなく、ロウソクも何も、灯りらしきものは一つも見当たらない。
今までにもタイの山奥やラオスの田舎、ネパールの農村やその他の僻地へなどいろいろ行きましたが、一切電気なし、灯り(ロウソクも)なしの環境は今回が初めてでした。
太陽から光が途絶えたところから完全な夜の世界が始まる。もうこうなったら寝る以外に何も出来そうにありません。静かで真っ暗な村と、一台の壊れた列車。それだけ。

乗客は線路の周りに寝転んで眠り始めました。はい、恒例の野宿です。私達もビニールシートを敷いて寝袋を出し、雲のかかった夜空を見上げて夜8時の就寝。
っと、思ったら、暗闇の中に誰かがいます。目を凝らすと子供達でした。深夜まで光に溢れる先進国で甘やかされた私の視力ではなかなか見えないけれど、どうやら地元の子供達には私がはっきりと見えているらしい。
名前を呼ぶと相変わらず「YES!」と返事をしてくれて、おばちゃんは半手探りで子供達の場所を確認。はい、そこにいるのは誰かしら??

大声を出して我々を邪魔したり、暗闇でいたずらをすることもなく、ジッと大人しく座っている子供達。私のカバンが風で倒れたり、靴の場所が分からなくなったりすると、すぐに手を貸して助けてくれます。手を差し出すと、やさしく握り返してくれて、どうやら私の髪にも興味が湧いたのか、子供達は無言のまま私の頭をなでなで・・・なでなで・・・。
髪を引っ張ったり、かき乱したりするいたずら者もいない、みんな静かにおばちゃんの頭をなでなで~、でした。アフリカの子供達、なんだかとても紳士的で、子供達と一緒に過ごす夜は心温まるひと時でしたよ。

安い乗り物を乗り継いで旅をしていると、幼児や乳児を連れた家族連れや女性が沢山乗り込んできて、ほとんどの場合、子供達は乗り物の不快さに不愉快になり、泣き叫んだり、うんちをもらしたり、大変なことばっかりです。
特に、子供の行儀がすこぶる悪い国と地域というのもいくつかあって、そういう場所では、同じバスに子供が乗り込んでくるだけでうんざり・・・、とかなりの子供嫌いになりかけていたのですが、エチオピアの子供達は違いました。

村で出会った礼儀正しい子供達だけでなく、同じ列車に乗っていた数人の幼児達も、あの煮えたぎる列車の中、泣くこともわめくこともなく、ケロッとしていたのが印象的でしたね。
幼児同士で喧嘩をしたりものを取り合ったり、そんなことも一度もなくて、みんな仲が良く、暴れまわらず大人しく遊んだり外の景色を見たり、行儀よく食べ物を食べたり。小学生くらいの年齢になると、もうしっかりしていて、外国人の我々に対する受け答えも、きちっと出来ます。
子供達の落ち着き払った態度と、穏やかな笑みと大きな瞳は、電気のない質素な村や真っ暗で不気味な列車の車内にあって、素晴らしい輝きを持っていましたよ。

文章にすると、これまでの道中で出会ってきた子供達と、アフリカの列車の旅で出会った子供達の違いを説明するのは難しいのですが、旅人として、エチオピアの村で出会った子供達には何かしら特別なものを感じてしまいましたね。
ある旅人が記した本の中で、「アフリカの列車は世界一遅いが、その列車に乗るアフリカの子供達は世界一成長が速い。」と書いていましたが、同感です。まさにそんな印象でした。

礼儀正しかったという点では、ミャンマーの村の子供達もそうでした。無邪気だけれど、分別をしっかりわきまえていて、とても良く気がつく。エチオピアの子供にはさらに独特の落ち着き感があって、こうなってくると、子供の「しっかり度」は電気や灯りの量に反比例するのかしら・・・と思えてきますね。
真っ暗になった村と土壁の家と子供達。私は、その不便さを前に、ソーラーパネルの発電機を一つ設置すれば村に灯りがともるのに・・・などと考えたりしましたが、視力も精神もしっかりした子供達には、そんな細工は必要ないのかもしれないと、後々になって考え直したりするエチオピアの旅です。
シンプルな世界の、強さと美しさが、とても印象に残る列車の旅でした。

ところでこの壊れた列車ですが、アジスアババ行きの乗り継ぎ列車が発車する9時にも、まだ村に停車したままでして・・・、従って次の列車は逃しました。
寝袋に入って子供達と話していたところまでは記憶にあるのですが、疲労のため、知らないうちに眠りこけてしまっていたようです。
突然、サムソン君に揺り起こされ、眠い目を開けると、おお~、列車が突然動き出したらしい!ピンチです!我々は大慌てで寝袋を丸め、ビニールシートを小脇へ抱えて列車へ飛びつきました。
間に合った~。どうやら列車の床にもびっしりと人が寝ているようで・・けれど暗くて誰がどっちを向いて寝ているのかが全然分からない!懐中電灯で足元を照らしながら席へ戻り、時計を確認するとまだ10時過ぎでした。
真っ暗な上に、村中が寝静まっていたので、もう深夜かと思っていましたが・・・。村の生活は、まさに日の出と共に始まり、日の入りと共に就寝となる。健康的なのです。

11時過ぎにはディレダワへ到着し、列車も逃してしまったので、その夜はディレダワに宿泊。翌朝、駅へ行くと、アディスアババ行きの列車はあと2日は出ない・・・と。
そうかぁ~、列車が無いのかぁ~。と言うわけで、今度はミニバンに乗り換えて、翌朝アディスへ到着。長かったです。
アルマハの港を経ってから5日目。野宿な日々でした~。はぁ~、おばちゃんの体には堪えました~。ホテルにチャックインしてシャワーを浴び、洗濯をしたら力尽きました。翌日の昼にチェックアウトするまで、ズーッと寝てしまいました。やれやれです。

そんなわけで、今回は、情けな~いおばちゃんの視力と体力を勇気付けてくれた、エチオピアの幼き星達のお話でした。彼らの手の温もりとキラキラした瞳、一生忘れることはないと思います。
エチオピアの子供ってスゴイ!

それではまた、ごきげんよう。

安希

追伸:列車の旅で出会った子供達の温かさやたくましさを今回は書きました。けれど、エチオピアのほかの地域を旅していた際に、異なる場面にも遭遇しました。
子供達が片言の英単語を話していた状況から、外人がそれなりに行き来している地域なのだと思いますが、そこの子供達は、外人を見ると「YOU!」と声をかけ、「GIVE ME MONEY!」と手を差し出す。
人を見るなり、「YOU! GIVE ME MONEY!」って・・・、子供達よ、もうちょっと礼儀をわきまえて挨拶しなさい。誰でしょうか、そんな英語を教えたのは…。

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