71.苦痛と不便から学ぶこと②(ジブチ)
初めて訪れたJICAオフィス。同じ日本人として、思うところはありました。

どうもこんにちは。安希です。ジブチレポート「苦痛と不便から学ぶこと」の後半です。
駅で知り合った地元民の配慮で、JICAオフィスへ送り届けてもらった私達。のその後のお話です。

さてJICAオフィスですが、大使館顔負けの豪華な二階建てのお屋敷に、緑豊かなお庭。そこには、よく飼いならされた洋犬が二匹いて、執事らしき黒人の男性が門を開けてくれました。ピックアップトラックのお兄さんは、我々を執事に紹介し終えた後、オフィスを後にし、さて我々はお屋敷の中へと案内されました。
建物の中には、パソコンやその他オフィスらしい設備が整っており、あぁ~エアコンが効いてる~。(ジブチは世界一暑い国の一つだそうです。本当に暑かったです。)
パソコンに向かって一人の正装した女性が仕事をしておられましたが、我々が入室してもなかなかこちらを振り返ろうとしない。。。?しばらくして女性が腰を上げ、こちらを振り返ったので、とりあえず自己紹介をして勧められた椅子に座りました。
っが、ここからが最悪でした。よく事情も分からずオフィスへ来てしまったバックパッカーの我々にも責任はありますが、女性の態度と言葉の選び方にはちょっとショックでしたね。「同じ国から来た人間として、ただ悲しくなるだけ」の体験でした。

駅で出会った地元民のこと、そして事情を説明したところ笑われました。
「施設の利用は隊員のみに限られています。一体誰ですか、そんなウソ言ったのは?あの黒人の男の人?あの太った人がそんなのこと言ったの?」
と、我々を連れて来た男性を犯罪者扱い。いや・・・そんな犯人探しをしたところで時間の無駄だと思いますが。
確かに突然の訪問(男性は事前にオフィスへ電話を入れてくれていたのですが、どのような説明になっていたのかは不明)だったし・・・ということで、「シャワーはパブリックシャワーに行く予定だったので大丈夫です。なんだか突然お邪魔して失礼致しました。」
と言うと、彼女は目を剥いて笑う、「パブリックシャワー?パブリックシャワーってなーに?」
「ご存じないですか?街に公共のお風呂屋さんみたいなのがあるようです。彼が場所も知っているといっているので、大丈夫だと思います。」
「えぇ~、そんなの聞いたこと無いな~。」

そして彼女に「車があるので、街の中心で降ろしてあげましょうか?」と皮肉にも帰りのお車の手配をしてもらい、ここで私も切れた!
「いえ、結構です。歩いて戻りますから。」
すると、またも笑いが、
「歩いてって?!街までですか?えぇ~?!」
おそらく女性には歩くことの出来ない信じられない距離だったと思います。
「はい、歩きます。いつも歩いていますから大丈夫です。お邪魔致しました。」
場所も分かりません。地図もありません。暑いです。バックパックは20Kgを超えています。でも、我々は、歩きます。バックパッカーは歩くのです。

我々はバックパックを担いでお屋敷を後にし、どことも分からない道を歩き始めました。私がキレたせいで街までの道を歩くはめになったことをサムソン君にはお詫びし、サムソン君の方位磁針を頼りに荷物を担いで歩き始めた私達。
「でもまあ仕方ない」と彼も分かってくれました。我々バックパッカーには何もないけれど、お金もないし、バックアップも無い、社会的信用も、権限も権力も何もない、けれど、我々にも僅かなプライドと、さらに我々にはどこまでも歩いてしまう強い足腰があるのだからと。
サムソン君は、私と女性の日本語での会話は一切理解できなかったようですが、一つ不思議な事があったと言いました。
「あのオフィスの女性は、入室したときから僕達が退室するまでの10分ほどの間、僕が君の横にずっといたにもかかわらず一切僕とは目を合わさなかった。だから挨拶も交わさなかった。」
そういえば、二人は言葉も挨拶も一切交わさずでした。
「韓国では、たとえ間違ってでも誰かがオフィスへ尋ねてきた場合は、挨拶をして名前を聞き、たとえ無関係の人間でもお茶を出す習慣がある。僕の北京支社にもたまに間違ったお客さんや旅行者が訊ねてくるからね。」と。
そして、私がJICA(国際協力)のお話を聴いてみたかったの同様、彼もまたKICA(韓国版JICA)などに興味があり、旅行先の大使館や海外の企業を取材してサムソンへレポートを入れている立場だったので、初のJICAオフィスにて収穫ゼロだった事実に少しがっかりの様子でした。

アフリカのジブチなどというマイナーな国で、私としては久々に言葉を交わした日本人。同じ国から来たもの同士が、こんなにも不愉快な思いをしなければならない事実には悲しくなりましたね。
けれどまあ、仕方がないですね。(きっと私達の体が臭かったのかなぁ~)
良かったことと言えば、たとえ勘違いであったとしても「日本人なら、日本のコーポレーションへ行けばきっと助けてもらえるはず」と気を利かせて、我々を送り届けてくれた地元のお兄さん。
彼の親切は嬉しかったです。悲しいことはさっさと忘れて、彼の行動をジブチの思い出として大切にとっておこうと思います。お兄さん、メルシー!(フレンチのありがとう)

さて、どうにか街の中心へ戻りついた私達。駅のお兄さんに頼んでバックパックを預かってもらい、石鹸と着替えを持って、ダウンタウンへ向かいました。お風呂屋さんを探すためです。
さらに40分くらい探し回っていると、見つかりました!トイレ屋さん兼お風呂屋さん!!
灯油タンク一杯分の水を買い、それをもって和式トイレの一室へ入り、カップで水をすくって頭からジャバーっと。うお~、3日分の泥と汗と垢が落ちていきます!気持ちいいっす!人生にはさまざまな喜びがありますが、やっぱりお風呂が一番ですなぁ。うんうん。
サッパリした後は、オレンジジュースをコップに二杯、一気飲み。考えてみると水分もほとんど摂っていなかったです。体が潤いました。

この後は、ビーチへ行って眠ることにしました。同じくビーチに寝転がっていた地元のおっちゃん達(浮浪者?)が、親切にもダンボール紙を分けてくれたので、その上に横になって眠りました。
もう、むちゃくちゃ暑くて、天然サウナどころの話ではなかったですが、疲れとは怖ろしいもので、いつでもどこでもどんな環境でも、すぐに爆睡できてしまうのです!いつの間にかペットボトルの水も飲み干し、寝る寝る寝る。
そして、喉の渇きを覚えて目が覚めると、夕暮れ時でした。ビーチには地元の若者が沢山やって来て、サッカーや水浴びをしながら、暑い夏の一日を締めくくっていましたよ。

再びお風呂屋さんで汗を流し、フレンチの面影たっぷりの、情緒溢れる港町の夜を満喫。11時頃駅へ戻ると、明朝4時の発車を待つ乗客達が、ゲートの前にダンボールを敷いて眠っていました。おお~、同志よ!
我々もビニールシートを敷き、寝袋を広げ、「郷に入っては・・・」と野宿開始。残り2日(船も入れると計4日)は、マットの上で眠れないことを恨みつつ・・・。ああ、柔らかいマットよ、いづこ?

さて、アフリカ初の列車がどんなものかと言うと、レベルが違います。インドの最下等寝台に乗ったときも最初はそのコンディションを前に暗い気持ちになりましたが、アフリカに来た今、インドの列車がどれほど発達した快適な乗り物であったかを発見することが出来ました。

アフリカ(ジブチ)の列車は、アナウンスや出発の合図がない。ので、列車が動き出したら、走っていって列車にしがみつく。
アフリカの駅は、プラットフォームが地上レベルと低いうえに、列車にちゃんとしたハシゴがついていなかったりするので、体重が重い人、腕力が弱い人、アクロバティックに「おりゃ-!」と足を振り上げて列車によじ登れない人は、乗車に失敗することもあります。
アフリカの列車は、シートはついておらず、ベンチがついています。木製の格子になったベンチで、ベンチなので背もたれは腰の高さ程度です。眠るときは、ジッと腕を組み、前かがみになって不動の体勢で。
アフリカの列車は、ライトが一切ついておりません。いざ乗車してみると、これは意外な驚きでした。灯りがないとこんなにも車内の雰囲気が違うものなのか…と。とにかく真っ暗で、みなさん懐中電灯を手に提げて座席番号を見分けたりします。
「ライトの有無」はアフリカを旅する際のキーワードですね。インドの列車にもちゃんとライトはついていましたから。

というわけで、初のアフリカ、ジブチでの短い経験を書いてみました。

海外に駐在している人、企業、組織、などとは違い、気ままに世界を移動する旅人の存在が、「表面的な事しか知らずに、足を引っ張るお荷物」として批判されることもあります。
汚く貧乏な旅人を、日本のイメージをダウンさせる、または国際関係に悪影響を与えかねない厄介な存在として、毛嫌いする在外邦人も多いかと思います。
ケースによっては、確かに該当する点もあると思います。なんと言っても私は今、なが~いバケーションの途中。そうです、気ままなのです。気ままに世界をうろつく厄介者には違いありません。(旅行前は納税者でした。旅行後は再び納税者として社会で仕事をしていく予定ですが。)

アルマハを出てから、野外での宿泊や快適とは言えない乗り物が続いています。私は旅が大好きです。そして旅は充実しています。
けれど、果たして旅が「快適か?」「楽しい(楽)か」と聞かれれば、7割の経験は苦痛と不便の上に成り立つものだと言うより他ありませんね。
肉体的な痛みと、精神面での忍耐(まっ、アホになって深く考えすぎないのが一番です)がある程度必要なバケーション、それが私の旅です。

通過するほとんどの国において、私が経験できることとは、ほんのごくごくごく一部のことであって、理解できる範囲とはさらに表面的な一部にしかすぎません。
一介の旅人に何が分かる?何ができる?と聞かれれば…、う~ん、有益なことは特に何も…。
けれど私はアフリカへ来て、さらにプライドを持って旅を続けていこうという気持ちになりました。
国際貢献や国益とは何の関係もないけれど、それでも良いのです。旅人には旅人なりに学ぶ事があるはずですから。
日常の苦痛や日本では経験できない不便、そしてそういう環境だからこそ見える地元の人たちの親切を、疲れて汚くなった体の奥に吸収していけば良いのだと思っています。

イミグレーションオフィスの中で眠らせてくれた警備員。街へ送ってくれたインドからの出稼ぎさん。JICAオフィスへ送り届けてくれたお兄ちゃん。駅で特別に荷物を預かってくれた駅員さん。お菓子をおすそ分けしてくれたお風呂屋のお兄さん。そして、ダンボール紙をくれたビーチの浮浪者。
ジブチ、優しい国です。こんな人たちに出会えるから、私はこれからも大好きな旅が続けられるというものです。みなさんどうも、ありがとう。
巨大な大陸アフリカの小さな入り口ジブチで、新たなエネルギーをもらいました。前を向いてアフリカ大陸を突き進んでいきたいと思います。

バックパッカー、「バカ」パッカーと呼ばれつつ、それでも何かを学ぶ!と強く心に信じながら。

それではまた。ごきげんよう。

安希

Be the first to like.


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。