70.苦痛と不便から学ぶこと①(ジブチ)
アフリカ大陸に上陸しました。おばちゃんの野宿生活、いつまで続くのかしら。

皆さん、こんにちは。安希、アフリカ大陸の入り口、ジブチを通過して、もうすでにエチオピアに入ってしまいましたが、イエメンを出てからエチオピアへ入るまでの短いジブチライフ(紅海の航海も含めて)をお伝えしたいと思います。

イエメンで出港を待つこと7日目、朝10時にすんなり船が出るわけも無く、最後は港に張り付いての現場待機型作戦にて、夜7時の乗船、9時の出発にこぎつけました。
灼熱の太陽と湿度に汗びっしょりで待つ待つ待つ。こういう国には、ロジックもスケジュールも、確立も予測も、何もないのだ。とにかくバカになって船場にしがみつき、時の流れを待つしかないのだ。
夜が来れば寝袋を広げて待てばよい。昼間は物陰でじっとしてエネルギーの温存に努めるべし。雨がふればゴミ袋を被り、用を足したければ物陰へ走り、空腹に襲われれば、ジッと目を閉じて「納豆ご飯を食べている自分」を想像すればよいではないか。

「バカになれ」のススメにて時間を潰すこと12時間、ついに夜9時、船が港を離れました。感動しました。だってこの瞬間を7日間もアホみたいに待っていたんですもの。雨雲に覆われた暗闇の海へ出ると、小雨の中を3羽の白いペリカンが、船と併走して飛んでいきました。かっ感動っす!何を見ても感動できるこの時の私。
積み込まれた荷物の上にはビニールシートが敷かれ、乗客はそれそれ思い思いの場所を見つけ、夜空を見上げながら横になっています。穏やかな波の揺れを背中の下に感じながら…。
この時ばかりは疲れも忘れて、夜の海に見入ってしまいました。(何も見えないけど)

そして海に漂うこと1時間、ふと船の後方を振り返ると、アルマハの港がほんの100メートルほどのところに見えるのです。最初は目を疑いましたが、やっぱりそれはアルマハの港。
1時間で100メートルしか進んでいないというのは一体どういうことですの・・・?
と思った辺りから急に睡魔と疲労に襲われ、ビニールシートの上で仰向けになったまま記憶がありません。

そして深夜2時ごろふと目が覚めて、再び船の後方をチェック。するとアルマハの港がまだ100メートルくらいの距離に浮んでいるのです。
100メートルって、だったら泳いでアルマハまで戻れてしまうじゃないですかぁ。
5時間で100メートル進んだってことは、はい、この船の速度は時速20メートルですね。よく出来ました~。
とりあえず、船が逆進していないことだけは確認したので安心してビニールシートの上にゴロリ。再び記憶がございません。後で分かったのですが、エンジンが壊れていたらしいです。

さて翌朝、強い日差しを全身に受けたまま、ビニールシートの上でまどろんでいると、朝食の配給がありました。決して美味しくは無いけれど、うんうん、空腹の時は何を食べても嬉しい気持ちになるものですね。
その後は、船の甲板に他の船客と身を寄せ合いながら船上での一日を過ごしました。ただただ青い海が続くばかりで、日差しが強く、潮風がべたつく以外、特に何も無かったのですが、一つだけスペシャルエンターテイメントがありました。
それは野生イルカの群れです!ざっと背びれが見えただけでも20頭はいたかと思います。中には船の横ギリギリまでやって来るイルカや、ジャンプするイルカ、さらにハイライトは、一頭のイルカの後方宙返りでした~!
水族館のイルカじゃなくても、バクテンをするなんて~、知らなかったよぉ~、感動ですっちゃ。

ところで船の到着時間ですが、最初は18時間くらいで着く予定でしたが、何といっても予定は未定のこの一帯。夜6時着、8時着、10時着、と人それぞれ予想時刻が異なっており、結局夜中の12時を過ぎて日付が変わってもまだジブチに着かない…。
船上で二晩目の夜を過ごすのかしら…、と不安を感じ始めた頃、波の彼方に港の光が見えてきました。光です!、港の光が見えるのです!
真っ暗闇の海上から見る港の光というものが、こんなにも人に希望を与えるなんて…。
その昔、大昔、大航海時代に、船の乗組員達は港の灯りを発見し、どれだけの喜びと安堵を感じたことであろうか・・・、などと、私はたった2晩程度の甘ったれた船旅で船乗り達の心情を想像したりしたのであった。(まっ、ただのアホですな)

アルマハを経って28時間後の深夜1時、船はジブチの大きな港へ到着しました。さすが貿易以外に何の産業も無い小国ジブチだけあって、貿易港の大きさだけはぴか一ですね。アルマハとは比較にならない規模に感動しつつ下船し、イミグレーションでスタンプをもらったのが夜中の2時でした。はあ、とりあえず顔を洗って歯でも磨いてみたいなぁ…、などと思いつつ、けれど私は何所にいるのだろうか?
さて深夜にやって来たアフリカ。港へは着いたけれど、ここからどうすればよいのかしら…。同じ船に乗ってきた地元民からは、港の外は危険なので日が昇るまではここでジッとしていたほうが言いと言われました。・・・はぃ、時の流れをジーっと待つ。わたくしの特技でございます。
そこでイミグレ周辺の警備員に頼んで、オフィスの前で野宿させていただくことに決めました。ビニールシートを広げ、寝袋を広げ、横になる。
すると、一人の警備員が、オフィスの中の床で寝ても構わないと申し出てくださって、従って、エアコンの効いたオフィスの中にビニールシートを敷いて朝6時の警備員交代時間まで眠らせていただくことになりました。あ~、クーラー効いてるわぁ~。だけどトイレにも水は無くて、結局、洗顔と歯磨きは諦めました。
たった4時間でしたが、疲労のために爆睡でした。いつか柔らかいマットの上で眠ることを夢に見ながら…。

朝6時、インド系出稼ぎのお兄さんの車で街の中心へ落としてもらい、そこから宿探しを始めました。が、ウワサに聞いていた以上にとにかくどの宿も高い!小さい国の物価は予想しづらいもの。けれども食費等の一般的な生活費に比べてあまりに高い宿代(50ドル)にはビビリました。
エチオピア行きの列車のスケジュールも分からない段階で安易に高いホテルへ泊まり、不注意に列車を逃してジブチ滞在日数が増えたりすると、バックパッカーは破綻します。従って、まず駅を探し、列車のスケジュールを確認することに決めました。
歩き回ること約1時間半、今度は駅を探し当てました。さて、ここからの情報集めはフランス語。そうですジブチはもとフランス領だったのでフランス語圏なのですね。アフリカ東海岸はイギリス領が多かったのでめずらしい国です。
さて、片言フレンチで頑張ってみた結果、列車は翌朝4時出発。途中、エチオピアのディレダワで乗り継いで、約28時間後に首都アジスアババへ到着予定(未定)とのことでした。出発時間を早く確認に行ってよかったです。従って、深夜までは街を遊び歩いて、駅のゲートが開く深夜0時頃に駅へ戻り、それから4時まで駅で仮眠を取りつつ発車時間を待つ。決まりました。

とはいえ二晩連続の野宿(寝たり起きたり)と、汗だくなのに顔も洗っていない小汚さ…、とにかく駅で寝袋を広げてもう少し眠り、その後、市内のお風呂屋さん(公衆トイレでバケツの水を買って浴びるだけのことですが)へ行くことにしました。
さて、駅でごろごろし始めると、英語の出来る地元の人が近づいてきて、どうやら「日本のコーポレーションがあるので、そこへ行けば、シャワーを浴びさせてくれて、仮眠も取らせてくれるはずだから、是非行ってみるとよい」と勧めてくれたのです。
コーポレーション?私はよく理解できなかったのですが、韓国人のトラベルメートも、「ジブチには日本大使館は無いけれど、その代わりにJICA関連の施設か何かを使用させてもらえるような話を僕も以前誰かから聞いた」と。
はぁ、そうなのですか?とにかく、地元のお兄さんは、段取りよくピックアップトラックまで用意してくれて、JICAオフィスまで送り届けてくださいました。

初めて訪れるJICA。この後から深夜に列車が出発するまでのお話はレポートの後半にて。

安希

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