62.銃撃戦の最中につき…①(ダマスカス)
混沌の中東。銃撃戦を見たかったわけではないけれど…。

皆さん、どうもこんにちは。安希@シリアの首都ダマスカスからのレポートです。

掴みどころのないというか、イスラム国家でありなら異教徒もいるし、古典的で保守的かと思えば、意外なところでリベラルな側面を見せるシリアから。

ダマスカスのチキンケバブサンドイッチにハマって、毎日2回も食べていたら随分と元気になってきました。
ここまでは、ほとんんどベジタリアンのような食生活だったので、シリアの安いケバブサンドで一気に体力回復です!

さて、ダマスカスでは毎朝7時に起床して出かけていた場所があります。それはクネイトラという場所へ入るための許可書の申請オフィスです。
クネイトラとは、イスラエルやヨルダンとの国境付近の高原地帯にある町で、かつてイスラエル軍が撤退する際にボロボロに破壊された街です。現在もその時の状態が残されているため、この近辺の歴史や国家間の関係を知る上でとても重要な場所なのです。

けれど、その地域へ入るにはパーミッションをとって、ガイドやガードを同伴していかなければいけないらしい。
そこで毎朝オフィスへ行っては、「今日は発行できないので、明朝また来い。」と追い返され、毎日オフィス通いをやっていたわけです。
がしかし、最終的な返事は「銃撃戦が勃発したのでしばらく許可書の発行は中止した・・・。」と。

見たかった場所だけれど、そう言われたら仕方ないです。
一緒に朝通いをしていたオランダ人が、「そうですか、仕方がないですね。とりあえず上と掛け合ってくれてありがとう。」と紳士的な引き際を見せたので、私の内心では「エ~!毎日通ったのに~!」と駄々をこねたかったけれど、オランダ人と同じようにお礼を述べて握手までして退散しました。残念じゃ。無念じゃ。

それにしても銃撃戦を理由に許可証の発行を断られるというのも、なかなか無い経験です。銃撃戦って、じゃあ今は誰と誰が何のために戦っておられますの?と・・・。
シリアで出会う人々は、これまたイランのときと同じく、めちゃくちゃ親切で穏やかで、紳士的プラス(私は信用しきって、見知らぬ人から出される食べ物は全て即座に口へいれ、誘われた場所へは全部ついて行きました!)な人々なので、街の中にいると、この国に銃撃戦などという不穏な単語が必要な印象は全く得られないのですが、実際には退避勧告エリアが存在してしまうわけですね。
そして、やはりここは中東。混乱の中東なのだなと実感するわけです。

さて、そんな中東の国シリアに関して、私が宿で同じ部屋だった別のオランダ人(レバノン、シリア地域滞在2年)が、この地域で結婚し(離婚もし)アラブの家族を持つことで見てきたシリアを語ってくれましたので、その受け売り話を。

私の滞在は2週間ほどなので、「優しい地元の人に出会って楽しかったで~す」程度のことしか体験できないですから。。。
とは言え、ここに書ける話は、オランダ人の個人的な体験から個人的に解釈されたシリア(アラブ)の姿と、私の印象に残った話や身の回りの出来事のみなので、もちろんこれも、シリアのごく一部にしかすぎません。悪しからず。

■ひしめき合う国々と宗教の多様性

中東を語る上で外せないのが宗教。この地域には主にイスラム教、キリスト教、ユダヤ教があるわけですが、その中でも、シーア派、スンニ派、キリスト教はさらに宗派がいろいろ混在していてそれぞれが溶け合わず、まさに宗教のるつぼです。

日本人の私もオランダ人の彼も、もともとは西側諸国の視点で世界の宗教構造を見てきました。つまり原理主義が誇張されて報道されているために過激で保守的との印象が強いイスラム教が、宗教紛争や内戦、国際紛争の火種となっているような解釈です。
けれどここまで8カ国のイスラム国を旅してきて、それが正しくないことはかなりはっきりしてきました。

そこでオランダ人と一緒に考えた各宗教の特徴とは:

イスラム教=

コーランに従い、非イスラム教徒にイスラム教を紹介する義務はあるが、コーランで説かれているように、全ての宗教にもまた同じ敬意を払わなければいけない。
つまり、強制力の無いリクルーティングをする人も中にはいるけれど、基本的に異教徒を認め受け入れている。

かつてインドで出会ったイスラエル人(オープンで冷静に中東を観察しているユダヤ人)は、イスラム教は他教への干渉を望まないし、侵害や侵略をしない宗教。彼らは「アッラーを唯一神として崇める」ことを自分達の中でのみ大切に守りたいだけなので、保守的だけれど無害の宗教だ、と。

ただ、その内部ではシーア派とスンニ派がお互いの主張を譲らず混乱が続いている。あくまでも内向的、または内戦型宗教。
そして他の宗教と同じく、一部の過激派(原理主義者)の存在はイスラム教徒と非イスラム教徒の両方にとって問題の火種となっているのは周知の事実。

キリスト教=

宗派があまりにも多様化していてどうなっているのか不明だけれど、オランダ人曰く、キリスト教はユダヤ教は認めるが、イスラム教は認めない、らしい。
異宗教を最も干渉するのはキリスト教だと思う、と、例のイスラエル人も言ってましたね。
ただ、キリスト教は宗派にもよるけれど、イスラム教よりは一般的に戒律がゆるく、従ってリベラルな宗教として勢力を拡大しやすい。
「万人に開かれた」宗教としてあらゆるレベルから布教活動、宣教活動が成される外交的な宗教。らしい。

ユダヤ教=

ユダヤ教以外の宗教を一切認めないし、ユダヤ人の血を受け継ぐものに開かれた、ある意味とても閉鎖的な宗教。(入信するにはかなりの覚悟と勉強が必要)
    
布教活動なし。その代わり、選民意識と強い連帯意識を所有し、団結して「ユダヤ人のための」国なり、世界なり、ルールなり、を作ってさらに結束を図る。

旅をしているとイスラエル人がかなり特殊であることが理解できます。何所へ行っても、イスラエル特別ルールで、値段も条件も食べ物もなんだって押し切ってしまいます。(食べてみて満足できないものには金も払わないぐらいの勢いです。)

情が熱く、上手く付き合えば強い視方にもなるし、実際にとても仲良くなった友達も数人います。がしかし、彼らの民族的優越意識は普通じゃないかも・・と思うこともしばしばあります。
日本は経済面で力を持っていて、日本人は比較的有能な民族として一目置かれているので、他の国の人たちよりは格段良い対応を受けられる・・ように私は思いますが、他国人(他宗教人)が激しく見下されている様子を目の当たりにすると、気分は複雑です。

ただし、ユダヤ人(宗教よりも民族面で)は教育水準の高い論戦好きの集まりであり、布教活動もしてこないので、話のし甲斐はあります。
コーランや聖書を頭から信じる、信仰型の他宗教に比べると、議論の余地のある現実主義者(計算高い点も含めて)という気がします。(イスラエル国内のユダヤ教正統派の一部の人を除いては。)

う~ん、中近東へ来て宗教問題を語り始めると長くなる。とにかく私の生まれ育った日本では、まるで想像できないような宗教的緊張感を、この辺りの国々は抱えているのですね。

長くなってきたので、どうしましょうか。では、続きは第2話にて。

ではまた後半で。ごきげんよう。

安希

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