60.貧乏パッカーに爆弾を(イスタンブール)
旅を始めてちょうど一年。その記念日にイスタンブールで受け取ったものとは?

皆様、こんばんは。安希@トルコ、カイセリという街のバスターミナルからのレポートです。トルコ滞在約10日間も明日で終了。
明朝にはシリアへ入るので、深夜0時発のシリア行きバスを待って、ターミナルでぼんやりしています。

東から来ると、トルコはさすがヨーロッパへの入り口ですね。先進国並みの快適さと、それに相当するこの物価!
お金を引き出しても引き出しても、財布がすぐに空になる。恐るべしトルコです。10日で350ドル近い出費は、苦しい記憶として思い出に残りそう。です。。。(日本にいれば驚く額ではありませんが、350ドルあればインドで2ヶ月は暮らせます。)

さてトルコ。もともとトルコは素通りするつもりだったので、特にレポートをする予定もなかったのですが、一つだけ目的があり、イスタンブールへ行ったことがトルコ滞在が10日になってしまったそもそもの始まりでした。
何が目的だったかと言うと、イスタンブールの日本領事館で日本からの荷物を受け取ることです。ヨーロッパを除く地域の中で、流通や電信、(医療もおそらく)で最も信頼の置ける場所と言えば、やはりトルコ、イスタンブールということになります。
そこで、旅の中間ポイントとして、イスタンブールで物資を補給し、態勢を整える計画を立て、ウズベキスタンにて「必要物資一覧」なるものを実家に当ててメールし、底を突いてしまった薬や小型アースの薬剤パックなどをイスタンブールで受け取る!!予定で張り切っておりました。

さて、イランからトルコへ入国し、国境付近の町で少し休憩をした後、西の端のイスタンブールへ向けてバスに乗り込みました。24時間のバス移動の間、「救援物資の中に、もしかして札幌一番塩ラーメンな~んていう気の利いたプレゼントが入っていたりして・・・」などと思いをめぐらせワクワクしつつ。
24時間後の朝9時、バスターミナルに着くと、ううっ、足がむくんで運動シューズが入らない・・・。長距離移動は得意なはずなのに、トルコの快適バスに気を許してついつい靴を脱いだのが良くなかったみたいで、足の先に血が溜り、歩こうとするとズキズキするのです。
けれど、この程度のことで救援物資への夢は衰えることなく、私は鉄道を乗り継いで街の中心の宿へと急ぎました。
宿に着くころには、どうしてかリンパ腺が痛み始め、どうも発熱しているらしかったけど、兎にも角にも救援物資が先!宿に荷物を投げ置き、そのまま領事館へ直行。窓口がお昼休憩で閉まってしまう前に滑り込みたい一心で、ここから3本の鉄道を乗り継いで、領事館へ飛び込みました。よ~し!

さて、厳重な持ち物検査と身分証明を終え、はやる気持ちを抑えつつ、窓口にて荷物のことを告げると、「ここでは荷物は一切預かりません。」と一言。
「・・・。」目が点になってしまって、しばらく言葉がでてこない。
「・・・あの、では私の荷物はどうなってしまったのでしょうか・・・。」
「分かりません。ここでは一切受け付けませんので。」
「日本へ送り返されたということですか?」
「分かりません。」
「イスタンブールの領事館では荷物を1年間保留してもらえるとの情報を聞いていたのですが。」
「知りませんねぇ」

う~ん、全身が熱く、頭と関節が痛い。頭もよく働かないけれど、動揺している。確かに領事館の責任ではないかもしれないけれど、旅を始めて一年ちょうど、ここで薬を受け取れなかったらこの後の旅はどうなってしまうのだ!しかも、荷物をわざわざ送ってくれた両親の善意がこんな形で日本へ送り返されてよいわけがない!
発熱と疲労も手伝って、ついつい職員にかみついてしまいました。
「知りませんでは困ります。非常に困ります。あの荷物の中には必要な薬が入っているんです。あの荷物がないと健康面で危険にさらされることになります。ここで受け取り拒否をされた荷物は、どこへ行くんですか?どうなるのですか?私はどんな手段を使ってでもその荷物を探し出しますから。それまではここを立ち退きません。」
「どうなったかは知りませんねぇ。」
「それだけですか?」
「荷物に爆弾が入っていたりすると困るので。」
「はぁ?」
「テロ対策でして。」

ああ、なんだか目頭が熱くなってきました。疲労です。発熱です。頭痛です。体の痛みです。立っているのが辛いのです!!
「分かりました。荷物はない。それだけですね。荷物はなく、薬はない。つまり、病気になったら死ねということですね。死ねとおっしゃっているのですね。」
「いや・・・別にそういう訳では・・・。」
うんうん、確かにテロ対策をしているのも理解しているし、職員の責任でもないです。がしかし、テロ対策で領事館が荷物を受け取れないなら、郵便局でしばらく預からせるとか、追い返した荷物の記録ぐらいはとっておいて、受取人が来たら情報を渡すぐらいしてもいいんじゃないのかい??
私はその救援物資で、この後のアフリカを乗り切らなくちゃならんのだ!つまり、荷物というのはただの贈り物などではなく必要物資、生命線!であり、従って、「あれっ、送り返しちゃいました?あっ、残念だけどしょうがないか。お手数をおかけしました~。」と笑顔で領事館を後にできるような代物ではな~い!

「イスタンブール総領事館は、私に死ねと言っているのですね。間違いないですね」の発熱充血目による発言に押されたのか、職員が荷物について調べ始めました。
どうやら荷物は3営業日前に領事館に到着し、その場で受け取り拒否された。3営業日前なら、どこかの郵便局か、ポートにまだ残っているかもしれない。荷物はまだトルコを出ていないかもしれないじゃないかい!!
そこでここから荷物追跡の旅に出ました。

小さい郵便局ではすでに荷物はなく、次は大き目の郵便局の集荷場の中にまで潜入し、わたくし、荷物を探す探す。ひたすら探す。けれど見つからない。
EMSの管理バーコードをもう一度調べて電話するよう言われ、郵便局から領事館へ引き返す道すがら、この旅始まって一番の惨めな自分を経験しましたね。バーコードで荷物を追跡したものの、荷物はその日の朝の便でトルコのポートを経ち、日本へ向かっている・・・と。

ダメでした・・・。

領事館が2年前から荷物受け取りを中止し、引越しまでして警備を強化した背景には、イギリス大使館のテロ、つまり郵便物爆破事件があるそうです。
言われて見ると、トルコはある意味でとても物騒な面があります。それはこの国の警備です。イランから国境を越え、トルコへ入ってから、戦車や駐屯地を目にすることがよくあり、また、国内にも関わらず、やたらとパスポートチェックがある。
バスに乗っていても、検問で何度も止められて、アーミー服の軍人がバスに乗り込んできて、パスポートをチェックしたり、下の荷物をチェックしたり。。。何度も何度も面倒でしたね。

中近東にありながら、EU入りも目指しているトルコ。ロシアのモスクワにも近く、アラビア半島にも繋がっているトルコ。地理的にはとても重要な位置にあり、これからのますますの発展と、物価高が予想されるトルコ。国の発展とともに、軍事強化もますます進んでいきそうです。

かつて旅人は、大使館に届く母国からの郵便物を大きな励みとして旅を続けたそうですが、グローバリゼーションが進み、国家間の警戒、けん制が強まりつつある現世においては、「貧乏パッカーが大使館で受け取る母国からの支援」より、「送られてくる爆弾」への警備強化の方がはるかに重要になってしまったようです。
悲しいのぅ。

以上、トルコからのボヤキでした。
最近いい加減なトピックばっかりですみません。シリアではしっかり病気して、病院レポートをしたいと思います。というのはもちろんウソですが、もうちょっとマトモなトピックで。

それではまた、ごきげんよう。

安希

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