57.意外と陽気な独裁国家(アシュガバード)
故ニヤゾフ大統領の金の像が輝く首都アシュガバード。キムジョンイルも顔負けの独裁国家をちょっくら覗いてみました。

暑いです。砂漠です。安希です。どうも。@トルクメニスタンの首都アシュガバードから書いていますが、ネット環境絶望的につき、配信するのは次のイランかトルコか…だと思いますが、書くだけ書いておきましょう。。

トルクメニスタン大統領死去、のニュースを発見したのは年が明けてすぐのホーチミンの深夜のネットカフェでした。
そうです、独裁者として有名だったニヤゾフ大統領が昨年末に急死しました。
先ず私が心配したことはビザの問題ですね。ただでさえ鎖国的傾向が強く、ビザ取得が厄介といわれていたトルクメの独裁者が世を去って、政治大混乱、外交麻痺、ビザ発給停止、なんてことになったらど~しよう、と案じておりました。
がしかし、次の大統領も決まって、大した混乱もなく、ビザも、発行に一週間かかったとは言え大統領の存命時とほぼ変わりなく下りました。
ただし、手続きが複雑なツーリストビザを避けてトランジットビザで入国しているので5日以内に出国しなくてはいけないのです!はい!大急ぎですので、ちらっと見たことしか書けませんが、悪しからず。

■通貨崩壊

ウズベキスタンの札束の迫力を2倍アップさせると、トルクメニスタンのマナトになります。
公式レート1ドル=5200マナトに対し、通貨崩壊状態のトルクメニスタンでは闇レートが1ドル=24000マナト。約5倍です。
そして、ニヤゾフ大統領の顔入りのお札は、一番大きい紙幣が10000マナト(約40セント)。私が闇両替をしたときは5000マナト札(20セント)を手渡されたので、例えば間違って100ドル札を一枚両替してしまうと、480枚の札束が手渡される運命にあります。
従って、普通の財布は裂けてしまいますので、皆様、風呂敷のご用意を。

■物価の不思議

物価は、物によってはかなり安いけれど、全体としては極端に安くも高くもないです。闇レートに合った物価設定だと思います。バナナ2本で50円くらい。ケバブバーガー1個80円くらい。など。
実は驚くほど安いものが1つありました。列車のチケット!です。

ウズベキスタンからの国境を越え、トルクメニスタン北部のダジョウズという街から、南端の首都アシュガバードまで寝台列車で砂漠地帯を抜けてきました。最近新に開通した路線とのウワサを聞いて、どうしても乗ってみたかったのです。
そこでタクシーで駅まで行って、周辺の売店で闇両替を済ませ、チケットカウンターに並びました。カウンターの付近の状況は、以前のレポートでも述べた通りのソビエト状態で、群集の押し合いへし合い。
窓口のお姉ちゃんは、まるでやる気なし!チケットの番号整理表も、チケットの座席番号も、全て手書き。スタンプ数個も全て手押し。極めつけは、チケットをハサミで双子の山模様にチョキチョキっと切り離し、やっとその半券を手渡す…という作業なので、もう半永久的に時間がかかるのです!
そして、カウンターに20人いようが、30人いようが、12時になるとピシャリと窓が閉鎖され、一時間のお昼休憩に入りました~。さようなら~。

お昼休憩中1時間、カウンターの前に張り付いてスタンバイをし、窓口再開と同時に、「おりゃ-」っと手を伸ばして、お金とパスポートを差し出し、「クペー(2等寝台!)」と叫んでみました。
周りからも4本の手が小さな窓に殺到し、まっ負けた・・・。後ろからも押しつぶされ、まっ負けている・・・。
「今度こそ、おりゃー、クペ~~~~!!!」
するとお姉ちゃんが私に気がついた。パスポート(何故か国内列車に乗るためにIDが必要で、地元人もほとんどみんなパスポートを持参していました。)をチラ見したお姉ちゃんは、ぶっきらぼうに「ニエット(NO)」と。
「え~!!」
困りました。どうしようかしら・・・。現地語のメモ書きを見ながら、それなら今度は、「プラスカールト~~~~!(3等寝台)」
お姉ちゃん、さらに鬱陶しそうに、「ニエット(NO)」
「え~~!」
どうしよう・・・。せっかく寝台を楽しみにしてここまで来たのに・・・、20時間の砂漠の旅が座席になるなんて・・。でもここはチョイスがないので、もう一度叫びました。
「ウムーム!(座席)」

すると横のお兄ちゃんが、私の順番に便乗して、自分のパスポートも一緒に重ねて出してチケットをゲットしてくれと言ってきたのです。彼は「クペー」と言っている。
「あのねえ、クペーはもう売り切れなんだって。クペーはニエットね。分かる?」
けれどなぜかお兄ちゃんは、クペーともう一度言ってみろと・・・。
そこでお兄ちゃんのパスポートも一緒に再提出してもう一度。「クペー、クペー、クペ~~~!」
すると不思議な事に、窓口お姉ちゃんがパスポートを受け取り、中身をチェックし始めました・・・もしかしたらこれもソビエト式対応法の一つで「クペーが売り切れと言ったのは実はウソ?」か「裏座席が実はある?」のではないかと・・・。
もうこうなったら、「クペー」一点張り。「クペー」の連呼。バカの一つ覚えでいってみましょう。「クペーーー!」

それで何が起きたかと言うと、お兄ちゃんは「ウムーム(座席)」のチケットを渡されて追い返され、私のパスポートは保留状態のまま約40分、窓口で後回しにされまして・・・、けれどこのまま粘れば最後は「クペー」の予感がしたので、ここは穏やかにニコヤカに窓口の横にシオラシク張り付いて、小さな声で「クペー・・・」とささやきかける作戦に変更してみました。
さて40分後、私は裏口から駅長室に通されました。
壁には高級じゅうたん、そして故二エゾフの写真が掛けられた立派な部屋に入ると、ソファーに座るよう勧められました。そして、英語が少し分かる駅長が嬉しそうにいろいろ質問してくるのです。
面倒だけど、ここは「クペー」がかかっているので、ハキハキと笑顔で受け答え。そしてトルクメニスタンと大統領の絶賛も忘れずに。はい!よくできました。
駅長自ら、チケットに番号を入れてくれて、しかもどうゆうわけかディスカウントもしてくれて、一般客の半額にしてくれたらしい。どうもすみません…、というか結構いい加減ですなぁ。やっぱり「クペーがニエットというのはウソ。」で、2等寝台を勝ち取りました。よ~し!

従って、ピカピカの車両の「クペー(2等車)」(1等は存在していなかったので実質2等が最高車両です。)の一番便利な中段の寝台を、なんとなんと1ドルでゲット!
20時間の寝台列車が1ドル!!仮に駅長割引がなかったとしてもたった2ドル!とは破格ですね。
清潔で快適で激安の、最高の砂漠列車でした。安宿よりも寝台車が安いトルクメニスタンの不思議な物価です。

■衛生状態

見た感じでは、インドのような汚さはなく、食器などはむしろ清潔そうに見えるのですが、実際にはかなりのばい菌がいるようです。
乾燥地帯でありながら不衛生になる一大要因は、私はボットン便所とトイレの後に手を洗わない習慣と、そして水がある無しに関わらず生息する厄介な虫「ハエ」のいたずらだと思いますね。
家の作りやレストランも、しっかりしていそうで、けれどトイレへ行く土を掘っただけの穴。と言うケースが多いです。さらに使用後のトイレットペーパー(ちなみに自分で持ち込み)はカゴのなかに溜めていくので、カゴが一杯になってくると悪臭が凄い。

そんなトイレからやってくるのかどうかは知りませんが、レストランも家庭も、ハエだけはかなりいますね。
パンやサラダや食器に「ハッ、ハエがいっぱいとまっている!」けれど数が多すぎて追い払えないし、地元の人たちは、ハエがいっぱいたかっているパンを普通に美味しそうに食べています。
そして、レストランで地元の人とテーブルを囲んだり、ホームステーすると、皆で大きなパンを分け合うのですが、皆さんパンをちぎっているその手、ちゃんと洗ってますか?…と。
トイレの後も、お札を触っても、そのままの手でハエのたかったパンを掴み回し…、しているような気がします。
従って、ウズベキスタン後半からトルクメニスタンの今まで、かなりの下痢です。当るときは、けっこう激しいこともあります。他の旅行者から、何気ない会話の途中で「実は今、下痢で…。」と告白されたケースだけでも4回ありましたから、衛生状態はあまりよくないものと思われます。

■ニヤゾフ的ドリームランド?

首都アシュガバードはとても変な場所です。こんな首都、というか街を見たのは初めてです。
何がすごいかと言うと、故ニヤゾフ大統領の都市計画が凄い。辺りを乾いた禿山に囲まれたアシュガバードに、真っ白な高層ビル、高級住宅、すごいスケールの建築物が密集し、その縁取りや飾りは「金」で作られ、建物の前には、キムジョンイル顔負けの大きな「大統領の肖像画」が飾られています。
さらに、ニヤゾフ等身大の「金の像」なるものがたくさん立っていて、一番凄い像は、高層タワーのてっぺんにて金キラに輝きながら両手を広げ、太陽の方角に向かって少しずつ回転していく。つまり、金のニヤゾフは、常に太陽に向かって、太陽に照らされて輝きながら毎日回転を続けるのです!なんじゃそれは。
本当かしら?と思ったので、一時間くらい椅子に座って観察してみましたが、うんうん、ちゃんと回転して、太陽を完璧な角度で照り返し輝いている。

そして浪費の極めつけは、街の至ることろにある噴水ですね。こんな砂漠しかないような国で噴水を作るとは…。こんなことするからアラル海が干上がっちゃったんじゃないの?と皮肉を言いたくなるほど豪華な噴水です。
そのせいで、ニヤゾフ都市計画の建設が進めば進むほど、一般家庭への水の供給が減っていく…、のだそうで、私がステーしたご家庭でもシャワー中(ただの水浴びですが)にお湯が数回止まりました。
ただし、ガスだけは豊富にあるのか、家のキッチンのガスコンロには使用時以外にもずっと火がついていました。ガス、安いのかしら。。。

人もまばらで、大都市の熱気や密集や喧騒や生活臭がなく、高級建築物だけが街を埋めているという、何とも不思議な光景でしたね。大統領亡き後も、この都市計画は続行していくのでしょうか?

■そして人々は・・・

独裁国家トルクメ。5日間のトランジットビザ31ドル。入国税12ドル。ほとんどツーリストが来ない半鎖国状態のトルクメニスタンの人々について言うなら、「一般市民は良い人です。」
たかが数日間の滞在なので、断定は出来ませんが、中央アジアの中では一番フレンドリーで、面白くて、親切です。

外国人慣れしていないために、まだスレていないだけ?なのか、またはソビエト的な「冷めた態度」があまり浸透しなかったためか、理由は分かりません。
ただ、列車の中もいつも和気あいあいで、周りの乗客が常に声をかけてくれて、お茶やら食べ物を分けてくれました。お互い言葉が全然通じなかったにも関わらず、みんな笑顔が素敵で、若者も子供も人見知りをしない、面白い人たちでした。

列車の中にいた一組の学生(男の子達)が、面白がって私の寝台に遊びに来るのですが、お互い言葉がまるで通じない。それでも会話を続けていると、私の旅に関する話題になりました。
そこで、私の長旅にかかる資金を心配してくれた男の子達が、ジェスチャーにて、そんなに長く旅をしたら「マネーが首を絞めるのではないか」と。
うんうんその通りよ。「マネーが首を切り裂くのよ。」とジェスチャーで返すと、「首を切り裂くなんてよくない!!」と大騒ぎになってしまいました。

みんな真剣に「首を切り裂くような真似は絶対してはいけない」と私を諭すのだけれど、「いやいや、首を切り裂くほど貧乏になるのは間違いない。」と、私も正直に身振りで返し、すると彼らは熱心に何かを説明し始めました。
どうやら言いたいことは…、「旅を終えたら日本へ帰り、幸せに結婚し、何かを作りなさい」…と。
「ん?何を作るの?」
「アキーシャ、アキーニャ、アキエッタ、・・・」
「アキーシャ・・・?な~にそれ?」
どうやら彼らは、旅の最後に金に困った私が首切り自殺を図るものと勘違いしたらしく、そんなことせず国へ帰って、ジュニアを作り幸せに生きなさい、とお説教してくれていたらしいのですね。
なんとも純粋なハートを持った学生さんたちで、物怖じもせず話しかけ、熱心に他人のことを心配してくれて感動しました。
がしかし、「アキーシャとかアキーニャと言われても・・・ねぇ。」やっぱり笑っちゃいますねぇ。
愛嬌たっぷりの学生さんたちに限らず、寝台で出会った人は全員が全員、本当に面白くて親切でしたよ。

街についてからも、道でタクシードライバーと喧嘩していたら、近所の大勢の女性がやって来て助けてくれて、宿泊先の民家までみんなで送り届けてくれたり、バザールの人々も、街の警備員も、みんな優しい笑顔で対応してくれました。
やはり、国家のイメージとそこで暮らす国民は、「違う」のだと再認識させられましたね。

以上、トルクメニスタンからのちょっとしたレポートでした。まとまりなくてすみません。
明日はイランへの国境越え。バタバタしてますが、次はイランなのでスカーフを被り、イスラム教に成りすましてうまく国境を越えたいと思います。
うまく行きますように。

ではもう寝ます。ごきげんよう。

安希

P.S ウズベキのヒヴァ辺りからトルクメのアシュガバードにかけて、興味深い食べ物がいくつか出されました。まず、梅のジャム。塩気のない梅干の味がする~!郷愁を感じる味でした。アシュガバードではメロンの自家製ジャムが出てきて、これが激ウマ!日本へ帰ったら是非作ってみた一品です。最後は「らくだ」の発酵乳。すっぱくて、妙に舌を刺しますねぇ。日本に帰ったら絶対口に出来ない一品です。

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1件のコメント

  1. ジム、ロジャーズという人をご存知でしょうか。「冒険投資家、世界大発見」という本の作者です。彼がトルクメニスタンを旅したのは1999年のことで、まだニヤゾフが生きていた頃のことです。その時の国内の有様のおぞましさを読んでいて、安希さんのレポートに確かあったぞと思い出して、読んでみました。すると既に彼は亡くなっていて、その後の国内の状況を知りました。まだ同じような状況が続いているとは!
    果たして2015年の現在もこの通りなのでしょうか? 世界はなんとまあ広いのでしょう。

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