53.グリーンホスピタル(ビシュケク)
旧ソ連圏、西洋と東洋の中間で、緑豊かなコスモポリタンを発見しました。

皆さん、こんにちは。安希@旧ソビエト連邦圏の国、キルギスタンからのレポートです。
英語が全く通じないことと、警察が意味不明なところがさすが旧ソ連。

入国の際に賄賂を要求されなかったのは幸運でしたが、海外保険のコピーを見せるよう要求されました。「保険?…はぃ?」
でも相手はどうせ英語も日本語も読めはしないので、何かが印字された紙を見せて「これが保険のコピーだ!」と言ってしまえば向こうは信じるより他ないようです。テキトウです。

ちなみに、税関での荷物チェックで効果的だったのは、「汚れた靴下」ですね。バックパックの中身を全部見せるように言われたフランス人の青年が、洗濯していない「臭いくつした」を張り切って取り出し、検査員の鼻元に「どうぞ」と差し出すと、検査員はのけぞってあっさりと彼を通過させてしまいましたよぉ。
そうか、その手があったか。
とりあえずキルギスの鬱陶しい警察に捕まって何かを要求されたら、まずは無邪気に「汚い靴下」を手渡してみることにしました。キルギスの警察よ、覚悟しなされ、私のくつしたは臭いわよぉ~!

次に、国境から第二の都市オシュまではロシア製のバンに乗って行くことに決めました。が、とにかく道が悪く、しかもロシア製のバンは鉄の装甲車のような車なので衝撃を全然吸収しないのです。
約7時間の乗車の間、お尻の下から突き上げてくるあまりの振動激しさに、内臓が痛くなってしまいました。車の振動で内臓が痛くなるなんて、初めての経験でした。
しかも、揺れに耐えるために身体の内側の筋肉が絶えず緊張状態にあったらしく、翌日には背中が筋肉痛に…。同乗したフランス人の女性も肩から背中にかけての筋肉の痛みを訴えていましたよ。
ただ車に乗っていただけなのに…、恐るべしロシア製の車!!です。

パキスタンからキルギスタンへ、同じ「スタン系」でも全く違っているので面白いですね。
パキスタンが中東のイスラム国家なら、キルギスは東欧のコスモポリタンです。

キルギスの第一印象は、とにかく緑が豊かでヨーロッパ的、ですね。どこまでも続く緑の丘や住宅街の雰囲気はモンゴルのそれと類似しています。田舎へ行けばモンゴルでおなじみのゲルテントで暮らす遊牧民もいるキルギス。
ロシア系、中東系、モンゴル系、それからソ連時代に同じく強制移住させられてきた朝鮮半島からの移住者の子孫なんかが交じり合って、不思議なコスモポリタンを構成している国です。
食事も、ピラフ、ピロシキ、チーズ、ソーセージ、スープなどのヨーロッパ系のものと、中近東のケバーブ(肉のBBQ)や堅く焼いたナン(パン)、そしてキムチやうどんのような物まで何でもあります。

さらに、オシュや首都ビシュケクは、街の整備がしっかりされていて、大きな通りや住宅街には必ず街路樹が植えられていて、緑に満ちています。
これまでの途上国で必ず目にした交通の混乱、モーターバイクや中古車の排気ガス、大気汚染と騒音、といったものが全然ないというのは興味深いです。
そしてとにかくメルセデスベンツが多い。安いバイクや日本の中古車はほとんど目にしていません。走っているのは中古のメルセデスです。
ちなみに、オシュからビシュケクへの約14時間の移動もメルセデスのトラックでした。なんとも不思議な感じですね。

偶然知り合ったキルギス人のご家庭に飛び込みホームステーもさせていただいたのですが、お家は洋館の作りで、ぶどう棚があり、自家製ワインとソーセージでもてなしていただきました。
お酒やたばこがタブーのはずのイスラム教国とはいっても、戒律が弱く、ロシアの影響も強いため、市民は朝から公然と酒をあおり、女性はセクシーに肌を露出して、街中に、いちゃつくカップルが氾濫し、まあ、要するに普通の先進国の日常風景、恋愛風景の中に戻ってきたという印象ですね。
そして色んな民族が混ざり合って国際都市を形成し、普通の洋服(ジーパンなんか)を着ているので、旅行者も町の雑踏に紛れてしまえば見分けが付きません。
従って、インドやパキスタンで過剰なまでに注目を浴び、街中の視線にさらされ、話しかけられてきた後のキルギスは、「やすらぎの場」です。

孤独って素敵です。何事もなく普通にスーパーへ行って買い物をして、一人孤独に宿へ戻ってこれるなんて、、こんな楽な生活は久しぶりです。
強い出会いや新しい経験は少ないけれど、こういう時間も必要ですね。緑豊かで静かで食べ物が良いとくれば、もう療養するには最適の場所です。

パキスタン国境付近から頻発していた発熱も、ビシュケクでの療養で回復しつつあります。
ただし、旅を始めて11ヶ月が経過し、体力の低下というか、免疫力の低下は否めません。熱が出やすくなっているのと、喉がすぐにやられてしまうのが特徴です。

旅をするというのはつまり、冬と夏と、ビーチと雪山が交互にやってきて、寝床と食事が毎日劇的に変化し、大気汚染から次の大気汚染までの間を吹きさらしのバスやら列車で夜中に移動していく。ことを言うのだと思います。
プラス、温かいシャワーを浴びるという行為から、何ヶ月も遠ざかってしまいます。ほとんどが蛇口からの冷水か、調理場からもらってくるバケツ一杯のお湯です。
なので、これで風邪一つひかず、お腹も壊さず、いつも元気だったら、そっちのほうが変人ですね。
従って、療養に当てなければならない時間というのも少しずつ増えてきているように思います。くやしいけれど仕方がないですね。
従ってキルギスでも、移動の後はやっぱり療養。無理はせず、ゆっくりやっていこうと思います。

キルギスには世界屈指の山脈や文化遺産があるわけではないけれど、豊かな緑と落ち着いた文明がある。そんな気がします。
とまあ、ビシュケクで引きこもり生活をしているので、あまり旅をしていないために、レポートの内容が薄いだけ…かもしれませんけど…、すみません。
西洋と東洋の中間地点、ユーラシア大陸のど真ん中に位置する、あまり特徴のない小国キルギスは、居心地のよいコスモポリタンです。ということで結論付けてみました。

長い間ソ連に埋もれ、その後も「キルギスタン」と聞いて、では何をイメージすればよいのか分からなかったのですが、蓋を開けると、そこには豊かで文明の発達した国際都市がありました。意外でした。
と言うか、今までの自分は旧ソ連側の国々、例えば東欧や中央アジアの国々から政治的にも文化的にも精神的にも、とても遠く隔てられたところで暮らしてきたために、それらの国についての情報収集をほとんどしてこなかったのだなと気づかされました。
あまり馴染みのない中央アジアの小さな国キルギスは、今日突然に文明化を遂げたわけではなく、ずっと昔からソ連の一部としてソ連的な方法でもって発達し、いつもここに存在していたのです。
西欧を中心とした欧米にばかり注目しすぎて、二分化されたもう一つの世界を担っていたソ連サイドの国々について、あまりにも無知であったことに、今更ながら気づきました。
確かに存在してきた、もう一つの世界です。

医療や教育に関しては、ソ連崩壊後のシステム変更により、無償医療や無償の大学はなくなったそうですが、それでも医療費は低額で大学までの教育は無料です。
医療サービス、薬、ともに超低額で提供されています。おかげで、医者や教師のお給料はとても低いのだそうです。
少しお話をうかがった小児科の先生は、「キルギスの医者の給料はとても低い!日本の医者がうらやましい!」と話されてましたね。(^^)そりゃそうでしょうねぇ。

国民健康保険に該当する保険制度はなく、また個人で保険に加入する人もほとんどいないため、医者にかかる=医療費を全額個人負担する。けれど、医療費自体がそれほど高くないので保険なしでも生き延びられるらしい。
裏を返せば、保険制度がなく一般患者から費用を徴収しなければいけない医療機関は、あまり高額請求はできないということでしょうか。
小児科の先生の話からすると、医師がクリニックや小さな病院を経営し、あまり儲からないけれど患者を診ている…、という印象でした。
とある旅行者が現地の病院へ行ったところ、現場の医師に小額のキャッシュを請求され、手渡したキャッシュはその場で先生の胸ポケットへスイ-ッと入ってしまったそうです。
そんな風にして、お医者さんは小銭を集めているのかしら…かわいそうに。

それから、大学の医学部で勉強中の学生さんに、どういう医療を勉強しているのかをうかがったところ、「ロシアの医療」をロシア語で勉強している。と。なるほどねぇ。
そして、教科書から内容まで、学問は全てロシア語(ロシアからのもの)であるキルギスでは医者や薬剤師でも英語が分かる人はほとんどいないそうです。そりゃそうでしょう。
こんなところにも、徹底したソ連の影響というか、「西側」との遠い距離を感じさせますね。

そういえば、薬局なんかでも英語の分かる薬剤師なんかは皆無です。例えば「FeverとかColdとかPainとか」という初歩単語も一切通じない。
また、WHO指定のORS(Oral Rehydration Salt)も通じない。そもそもWHOと書いても、「・・・?」という感じでした。
英文字がたぶん読めないのだと思います。
けれど逆に言えば、彼らには彼らなりの「ロシアシステム」が浸透、または発達?しているので、これは日本やアメリカやドイツの医師が、例えばロシア語の診断書を読めないのと同じことですね。
所変われば、言葉もシステムも医療も変わる、とは、良く考えたら当然のことですから。はいはい。

ところで、「ロシアの医療」ってどんな医療?というのがと~っても気になったため、体調が悪いのを理由に病院へ行こうとしたら、現地に長くいる日本人留学生に「やめとけ」と止められました。
「外資病院ならともかく、ローカルの病院には俺だったら絶対行かない。」と。
「体力回復の目的で点滴でも打ってこようと思います。」と別のアメリカ人に相談したところ、「やめとけ。」と。
そして「どうしても試したいなら、使い捨ての針を持参すべきだ。」と。
「はぁ…、そうですか。」
何が起きているのか、ますます興味は湧いてきますが、モンゴルの友人が「モンゴルの旧ソ連系病院」について語ってくれた内容を思い出せば(「ささやかな治療③」)、だいたいの予想はつきますね。いや~、命が惜しくなければ一度試してみたい病院ですねぇ。

と言うわけで、今回は特筆すべきこともあまりなく、「ただ居心地のいい普通の国」キルギスから、短かいレポートでした。
もうすこしだらだらして、緑の山を眺め、療養をしてから次を目指したいと思います。
日本の皆様、仕事に疲れたら是非キルギスへ。ここはまさに保養地です。日本人ならビザも要りません。物価はまだ今は安いので、来るなら今!お得です。

それではまた、ごきげんよう。

安希

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