50.世界の中のポジション②(ギルギット)
良いポジションを維持するために?ニンジンでもゆっくりかじりながら…。

こんにちは。引き続き春のギルギットからレポートです。
周辺の山の雪も山頂付近を残してほとんど溶けてしまいました。
花粉が飛んでいるのか、鼻と喉の調子がイマイチ。

宿の厨房でコックさんたちとお茶を飲んでしゃべっている間に一日が終わっていきます。
平和で平凡な日々、ついついボンヤリしてしまいそうですが、世界の中のポジション②だけはさっさと書いてしまわないと!と思い、部屋に篭ることにしました。
とはいっても、しばらくしたらコックさんがお茶飲もうよ~と言ってポットにミルクティーを入れてやってくると思いますが…、まあいいか、それまでは真面目にお仕事お仕事。

■最後の砦

世界の中のポジション①の中で、日本が失いつつあるものとして非宗教的中立国家として、また平和主義国家としてのポジションを書きました。
ここでは、パキスタンから見たもう一つの日本の価値として「非核国家」という面を取り上げたいと思います。

パキスタン市民が嫌米だからか、インドとの核問題を抱えているからか、彼らは日本の被爆の歴史をとても良く知っています。
日本の話になると、一般市民の口からも「広島」「長崎」という単語がスラスラ出てきて驚かされるほどです。
アメリカの核攻撃を受けた国として日本を同情し、また核兵器を容易に保有できる科学レベルに到達していながら、あえて保有拒否をしているモラルレベルの高い貴重な平和主義国として尊敬してくれているらしい。
なるほどねぇ。彼らはやっぱりアメリカが好きじゃないのね。

少し話が飛びますが、パキスタンの問題は政治にあります。全ての権力がごくごく僅かな一族に結集している、ほぼ独裁政治の国です。
政治面でのデモクラシーが遅れているので、パキスタン政府=パキスタン市民ではありません。
このことは行く先々で出会う人全員が口をそろえて言っていることです。
「狂っているのは私達の政府です。私達は政府のやり方を認めていない、けれどどうしようもない。」と。
その狂った政府の方針というのが、軍国主義、対アメリカ服従姿勢、アメリカへの全面的な軍事協力であり、インドとの核兵器の競争に当るのだそうです。
(国民が政治参加できず独裁政治が続いている一大原因は、教育制度にあります。特に50%を割っている識字率は投票選挙制度の大きな妨げとなっています。)

彼らが言うには、親米基準の政策が壁になって一般市民の生活水準が上がってこない、またアメリカへどれだけ軍事協力をしてみたところで必ず裏切られるのでムダ!と。
彼らにとっては、アフガニスタンは悪夢の一例となっているようです。
つまり、旧ソビエト連邦対策としてアメリカへの軍事協力をし、タリバーンまで作ったけれど、アフガニスタンは結局混乱を極め、皮肉にも最後はアメリカの手でタリバーンを叩き潰され、放り捨てられた、と。
また印パ対立の際にも、アメリカは一切手助けはしてくれなかったので、軍事協力はムダ!と皆さん言っておられますね。

さらに、インドとの核兵器の競争という点では、そんなものにお金をかけて何になるのだ?と政策に対する国民の不満は募るばかりの様子。
そんなわけで、パキの皆さんは国家予算の大半を軍事費に当てている現状にかなり否定的な感情を抱いているわけです。

こんなパキの皆さんがおっしゃるところでは:
世界中が、核開発に血眼になり、軍事費用の増大に苦しんでいる中で、賢い選択と言うのは「核を持つ」ことではなく逆に「手放すことだ」と。
全ての国はほぼ例外なく、核を持てる科学レベルに達した時点で核兵器を保有するという選択をするでしょう。そんな中で、そのレベルに達しながら保有しないという選択をする国のほうがずっと貴重で尊敬に値する。などなど。
「我々の政治家はアホだよ。核を保有したところで、パキスタンの経済は低迷するばかりだ。国家予算の85%を軍事費に当てている愚かな政府だ。見てみろ日本を、核なんかに金を使わず、強い経済を維持し、世界一の製品をどんどんと作り出しているじゃないか!」って、日本人が言っているのではなくて、パキスタン人が言っているのですよぉ!おおぉ~。

まさかパキスタンの市民の口からこのような意見が沢山聞かれるとは思ってもみませんでした。
つまり、日本は、核兵器の面において「最後まで核を持たないでいられる最後の砦」なのだと思いますね。
核を持たないメリットと世界の中におけるその価値を現在の日本がどのように捉えているのか、また今後、保有の是非に対しどのような決断を下していくのかは不明ですが、日本が核兵器を保有した場合、パキスタンの市民が
「日本よ、おまえもか。」と失望してしまうことは間違いなさそうです。

●あら、コックのお兄ちゃんがやってきました!チキンカレー(チキンとトマトのシチューみたいなもの)が出来たから、あと40分くらいで食べに来て~だって。
 すごくいい香りがしてたので楽しみです!

○チキンカレーを食べて部屋へ戻ると、ルームメートが増殖していました。アメリカ人とオーストラリア人のバックパッカーです。ふむふむ、面白い構成になってきました。
食後はベランダに椅子を出して新しいルームメート達と就寝時間までお喋りをしていたので、今日(朝になりました)は昨晩のトピックも入れながら、まず「プロパガンダ」について。

■プロパガンダ

未知の中東へ足を踏み入れてみると、「プロパガンダ」という単語がいよいよ重みを増してきます。
これまでもメディアの情報が偏っていることはもちろん分かっていましたが、ここへ来て「ワンサイドからの偏った情報が誇張されることが、どの程度事実を捻じ曲げ、人々に歪んだ印象を植え付けていくのか」ということが実感できるようになりました。

アメリカ、オーストラリア、日本のバックパッカーの会話の中では、三人とも感じていることはほぼ同じでした、例えば:

これまでメディアを通じて捉えてきたパキスタンの印象が「文明やデモクラシーが遅れ、宗教的に過激な人々が住む国なので、欧米的な対話方法は彼らには通じない。話して解る人々ではない。」だったのに対し、
蓋を開けると「落ち着いていて、英語レベルも高く、フレンドリーなので何だってオープンに話せる。宗教的だけれど過激な面は全く見受けられない。普通に友達になれる、話して解る人々。」です。
宗教面に関する印象として以前は「彼らはイスラム教が世界で一番大切と考えている。非イスラム世界に反感を抱いて、イスラム以外の考え方は一切受け入れないうえに、非イスラムの排除、つまりイスラム教への入信を強要する。」だったのに対し、
実際には、出会った9割以上の人が「全ての宗教は等しく尊重されるべきだ。どの宗教も基本的には人類に善行を促す素晴らしいものだ。ただしどの宗教にもまた過激派がいて問題を起こしている。問題を起こす過激派とは無教養が作り出す悲しい産物だ。イスラム教の素晴らしさを人類に伝えることはコーランの中で奨励されているが、入信を強制することは認められていない。ので、宗教の選択はあなたの自由です!」と話しています。

要するに今までは「イスラム圏とは、攻撃的で保守的で閉鎖的」というイメージをなんとなく持っていたけれど、実際にはその逆じゃないの?ということですね。
ごくごく一部のイスラム過激派と、市民の意思とはかけ離れたところにいる軍事政権だけが強調的に伝えられてきた結果による、事実の捻じ曲げでしょう。

それでは逆のケース、つまりパキスタンで伝えられるアメリカ(欧米、キリスト教圏)はというと、これも偏っています。プロパガンダですねぇ。
パキスタンでは。アメリカ=アングロサクソン=キリスト教=ブッシュというイメージがあるので、アメリカ人は全員ブッシュだから嫌い。ということになってしまいます。
金と力のアメリカだけが強調され、あたかも100%のアメリカ人がイラク戦争を支持していたかのように捉えられてしまうわけです。
そこで、バックパッカーのアメリカ人のルームメートの場合、彼はアメリカ人だけれど無宗教、反ブッシュです。個人で動いているバックパッカーがイスラム圏で星条旗を振りかざして横柄な態度に出れば、それは自殺行為です。パキスタンへバックパッキングに出てくるようなアメリカ人はアメリカのリベラル派に当ります。
「世界の中のポジション①」で挙げたようなアメリカ人旅行者とは、アメリカの既得権益層にあり、旅行会社の保護を受けた一部の団体の旅行者のことであって、バックパッカーの彼はアメリカ人でも反対のポジションになるわけです。

そこでパキスタンの人々全員がバックパッカーの彼を「ブッシュとは違う人」と捉えることができるかと言えば、そうではないのです。
彼曰く、親切な人にも沢山出会っているけれど、その一方で「アメリカ人は皆悪い人」という固定観念を持って嫌がらせをしてくる人にも時折出会う。
「なぜ、アメリカ人は中東を紛争にばかり巻き込もうとするんだ!」と怒鳴られても、彼は「僕はブッシュではなく、そんなつもりはないので答えられない」と困惑しておられます。
そして、私自身もパキスタン人との会話の中で「嫌米」トピックが出て来る度に、「確かにブッシュのやり方は良くなかったけれど、ブッシュをサポートしているアメリカ人というのは限られていて、アメリカの多くの人が本当は親中東、親イスラムでもあるんだよ。」と伝える面倒を感じますね。
情報の伝え方、情報の収集の仕方において、バランスを保つ難しさと重要性を実感しています。

アメリカ人パッカーの話:イラク戦争の頃でさえ、アメリカ国民の大多数が開戦には大反対だった。僕も僕の周りの人間も、ほとんど全員で猛反対したんだけどね。でもアメリカ国内、海外のメディアで強調されたのは戦争賛成派の意見だった。
オーストラリア人パッカーの話:オーストラリアでも85%の国民がイラク参戦には反対と言われていた、けれども実際にはあっさりと参戦しちゃったのよねぇ。どうなってるのかしら。
その当時、日本が捉えていたアメリカやオーストラリアの姿というのは「戦争賛成」「ブッシュ政権に象徴されるアメリカ」であって、別サイドからのアメリカやオーストラリアの存在をバランスよく捉えることが出来なかったのではないでしょうか?

メディアや政府を通じて認識される「イスラム国家」や「アメリカ」が偏っている以上、その情報を受けとる側は「情報の出所を明確にし、具体的に何を(誰を)指して話されているのを判別する」作業が必要になってくると思います。
従ってこれからは、テレビの前で、また新聞を開いて、私はブツクサブツクサと自問するでしょう。
「つまりこれはパキスタンのどの部分の話ですの?過激派ですの?市民ですの?政府?難民?バスの運ちゃん?コックさん?兵士?誰の話?誰の意見?」「アメリカの誰の話?ブッシュ?ライス?マイケルムーア?ニューヨーカー?ユダヤ系?イラク系移民?牧場主?留学生?誰ですの?」と。

●宿のお兄ちゃんとお友達が谷へ行こうを言っているので、谷へ行ってきます。ではまた。
○谷から宿に戻り、キッチンでだらだらしてしまいました。コックさんやらお兄さんやらと一緒に、「暇ね~」なんて言いながらキッチンテーブルを囲み、にんじんの皮を剥いてポリポリ齧り(生です)、たまねぎをぶつ切りにして齧り(生です)、キュウリを齧り(生です)、トマトに塩をふって齧り、お茶を飲んでいたら、あらまぁ日が暮れてしまいましたねぇ。まっ、いいか。

■賢く謙虚に、そしてどっしりと。

それぞれの国を少しでも覗いてみると、一つ一つの国の中に存在する多様性や多面性に驚かされます。そしてどの国の情勢も、刻一刻と変化していっています。
一言では説明できない広大な世界の複雑な構造のなかで、では個人として、また自分の所属する国は、どのようにポジションどりをしていけばよいのかしら?という疑問が湧いてきます。
現在思い当たる唯一の方法は、「どっしりと構える」ことですね。

日本に対する賢くて謙虚というイメージの上に、普遍的な安定感が加われば、世界からの信頼は深まるでしょう。そして結局のところ、世界の中の良いポジションというのは「信頼される国と民族」ではないかと思います。(あくまでも私見です。)

キッチンでにんじんを齧っていると、二十歳そこそこのお兄ちゃんなんかが、のんびりと話すのです。
「人はいろいろなものに左右されて色んなことを考えて、それぞれの思惑で行動を起こすけれど、最後には時の流れが判断を下すのです。」と。
お兄さん、あなたシブイこと言うわねぇ~。
まさに、時の流れが判断を下すでしょう、です。
落ち着き払った顔でにんじんを齧る彼らを見ていると、彼らこそ時の流れと共に大切な何かを勝ちとって行くような気がしますよ。

そんなこんなで、夕飯の時間になりましたので、今からキッチンへ行ってインスタントラーメン「マギー」を平然と火にかけ、悠然とかき回し、キッチンテーブルに腰掛けて、落ち着き払った顔で食べてこようと思います。どうも。

それではまた、ごきげんよう。

安希

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1件のコメント

  1. パキスタンをつづめて言い表す場合は「パク」か「パーク」がお勧めです。英国のヘンリー王子は「パキ」といったことで謝罪会見をする羽目になったと日本の新聞でも取りざたされました。ヘンリー王子が差別的な意味合いで使ったわけではないことは明白ですので、かわいそうでした。
    日本人にはピンとこないことなので、差し出がましいとは思いましたが、あえてコメントいたしました。

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