35.お年玉は国境を越えて②(フエ~ホーチミン)
なんたってココはベトナム。時には唾を飛ばして怒鳴ることも必要さ!

「お年玉は国境を越えて」の第2部です。

■2007年のお友達

地味に迎えた2007年の元旦。
何をしていたかと言うと、屋形船に乗って川を下りながら王墓などを巡って行くツアーに参加していました。どうせ他にやることもないので。
船が動き始めると、隣の席から「アケマシテオメデトウゴザイマス」と日本語が聞こえてきたのです。
振り向くと二人の白人の女性がこっちを向いて微笑んでいます。

とりあえずは日本語で「アケマシテオメデトウゴザイマス」とお返しして、どこで日本語を学んだのかと聞きました。
すると、彼女達はもう7年も日本に住んでいるフランス人の二人組みで、京都と大阪でフランス語を教えているとのこと。おお~!
新年最初の出会いで、日本語の明けましておめでとうが聞けるなんて、なんだか嬉しくなってしまいますね。(^^)

他に乗り合わせた皆さんも、カナダ人、ドイツ人、イスラエル人の総勢9名がみんなとてもフレンドリーで私達はすぐに仲良くなりました。
お墓や寺院は大したことなくてつまらなかったけれど、とにかく船の上のおしゃべり大会は盛り上がり、最後のほうはお墓に行くのも中止して、船の上でずーっとおしゃべりでした。

ところでこの船のツアー、昼食込みということで参加していたのですが、いざ蓋を開けると昼食はご飯がお茶碗一杯程度と、薄っぺらいお揚げが二枚、もやしの炒め物が二口ぐらいとお粗末すぎる。
これもベトナム流観光ビジネスの手口なのですね。
つまり、「少な~い昼食を船の上(客を囲い込める場所)で出しておいて、追加注文(やたらと高い)を取って荒稼ぎする」わけです。
うぅ、新年最初の食事がお茶碗一杯のご飯なんて…、悲しいのでございます。

すると、短期旅行で経済的に余裕のあるカナダ人の二人の女性が、高い焼きそばをオーダーして、そのために要らなくなったご飯やもやしやお揚げを私達に回してくれたのです。助かったー!
しかも、焼きそばも3分の1くらい余ったので、それも好きに食べていいよ~と言ってくれたのですね。やった~、これで空腹ともおさらばじゃ!

もちろん、フランス人の二人が「日本のおせちが恋しいでしょう」とからかう度に不機嫌になっていった私ですが、船の上の皆さんの人の良さに助けられ、素敵な新年を迎えることが出来ました。
あの焼きそばを、食べ残しと呼ぶか、残飯と呼ぶか、おすそ分けと呼ぶかは別として、私には十分な「おせち」でございました。
退屈な王墓めぐりだったけれど、地味ながら心温まるひと時でした。
船の上の皆さん、温かい「お年玉」をありがとう。

■バイクに乗ったエンジェル

ある有名な王墓を見に行くために川岸で船を降りた我々。その我々を狙ってましたとばかりに待ち受けるバイク(バイタク)軍団。
4キロ離れた王墓へはバイクで行くしかないから乗っていけと迫ってくるのですね。
私はこの王墓は初めから訪れる予定が無かったので、群衆を振り切って、「墓には興味がないのでこの周辺で散策します。従ってバイクは不要!」と一人で歩き始めました。
船から墓までの交通費も込みと説明を受けていたドイツ人の夫婦(我々の2倍のツアー代金を支払っていた不運の夫婦です)は、この手の商売方法に辟易し、激怒。
ならば歩いて墓まで行くと言って、私の後を追いかけて歩いてきたのです。

早足で歩いていると、ベトナム人の物売りのおばさんが歩み寄ってきて、コソッと秘密を教えてくれました。
「4キロなんてウソじゃ。1キロだから歩いていける。コレは秘密だけどアンタには教えてあげるよ。その代わり、帰り道にうちの売店で「かっぱえびせん」買っていってね~、よろしくね~!」と。
はぁ?

確かにおばさんの言うとおり、しばらく歩くと王墓に着きました。
入場料がかなり高く、私はもう王墓やら旧跡やらを見飽きていたので、いづれにせよこの王墓はスキップして、周辺の散策をする予定でした。
そこで、ドイツ人のご夫婦と別れて一人で歩き始めると、あれ?どうやら道に迷ったようです。
船の出発時間もあるので、ちょっと困りましたねぇ。

そこで民家に助けを求めることにしました。
みなさん英語が分からないらしく、けれどどうにかしようとして、ざわざわと家から人が出てきたのですが、そのうちの一人の若い娘さんはどうやら少し英語が分かるらしい。
ジェスチャーと単語で、船、川、戻る、道、分からない、を伝えると、彼女は裏口からバイクを出してこようとしたので(乗せていってくれるのかしら?)、「いや歩いていける距離だから大丈夫」と彼女を制すると、今度はノートに地図を書いて説明してくれました。
お母さんも、妹さん(5歳くらい)も表に出てきて、みなさんで一生懸命道案内をしてくれるのです。

笑顔で見送ってくれるご一家にお礼を述べて、地図を頼りにしばらく歩いていくと、はい、分かりました。右に折れる小道があまりにも細くて、さっきは見逃してしまったのですね。やっと分かりました。
するとここで、背後からバイクの音が接近。振り返るとさっきの娘さんでした。
彼女はバイクに乗ったまま、「ここを右へ!」と私に指示し、ニッコリ微笑んでそのまま去っていきました。
私の右折れポイントを心配して、後ろから追いかけて来てくれたのですね。あぁ、なんという親切でしょうか。

船に戻ると、王墓周辺で激しい「ベトナム流観光客争奪戦」に捕まって、しつこい物売りやら腕の引っ張り合いに巻き込まれていた他の旅行者は、私の「バイクに乗ったエンジェルストーリー」に感動し、「ベトナムにもそんな親切な人がいるなんて。。。」といたく感じ入っておられました。
道に迷ったおかげで、すがすがしいベトナムの一面に出会いました。
ベトナムの、どことも分からないある民家からの「お年玉」。
バイクに乗ったエンジェル、どうもありがとう。

●ベトナムでスカッ!と。

ここまで書いてくればもうお分かりと思いますが、ベトナムはその「激しい観光商戦」で有名な国なのでございます。
東南アジア周辺で出会うバックパッカーの間では、ベトナム観光のネガティブなウワサが沢山飛び交っていたので、私はベトナム入りする前から警戒していました。

ウワサとは、
街に着くと20人のバイタクが押しかけてきて客取り合戦でもみくちゃにされる。
あの手この手で観光客を追い込んで、お金を搾り取ろうとする。
外人用値段設定なるものが存在するので、値段交渉は時間の無駄。値切れないので、向こうの言い値に従うより他ない。
などなど。

確かに、観光業は手荒で、客取り合戦も金取り合戦も激しいです。
行く先々で、物売り、バイタク、客引きに取り囲まれます。
しかし、ここまでのベトナム滞在では、とりわけ嫌な思いをすることもなく、激しいけれど後腐れがなくてサバサバした旅を続けています。

例えば、
バスに乗って目的地(ベトナム高山地帯、ダラット)に着くと、バス会社とコネのあるホテルの前で下車させられてホテルの従業員がワワーっと客を捕まえに来ます。
そして、ほかの宿からも押しかけてきた客引きがバスの周りで客の横取りを開始します。
バスの中で説明を受けたホテルの値段は一泊6~11ドル。

さて、バスを降りて「ムダ」と言われている値段交渉を開始。
「ホットシャワーつきの簡素で安い宿があるといいんですけどね。」
「何人ですか?」
「一人です。一人で6ドルはとてもじゃないけど払えませんからねぇ。」
「一人なら、4ドル。4ドルでいいわよ!」
「4ドルは悪くないけれど、残念だわ。他のホテルで一泊50000ドン(3ドル)があるって聞いてるのでそっちを探すことにするわ。」
「この周辺にはそんな安いホテルは無いわよ。」
「そうね、無いかもね。だけどもう少しだけ歩き回って他の宿の話も聞いてみるわ。参考までに。どうもありがとう。」
「ちょっと待って!分かったわ。とにかく私についてきて頂戴。」

宿のおばさんは息を凝らし、突然忍者のようになって、私を連れてそそくさと階段を上っていきます。
忍者のおばさんの背中を追いかけながら、「私、『ふたばん』滞在したいのよねぇ、だから二日で100000ドンだと助かるのよねぇ…」と、おばさんに聞こえる程度にボヤいてみました。
するとおばさんはもう一人の従業員に何かコソッと耳打ち。そしてもう一人の従業員が私を連れて部屋に入り、ドアをしっかりと閉め、スパイと盗聴者がいないことを確認するとひそひそ声で話し始めました。
「これは秘密だから絶対他の客には言わないで。いいわよ、一泊50000ドンでこの部屋を提供するわ。他の人は4~6ドル払ってるんだから、絶対秘密よ、分かった?」

というわけで、ドアの内側に潜伏する我々は、晴れて契約成立の握手を交わし、あとはスッキリ!
室内トイレ&ホットシャワー&テレビ&クローゼット付き、リゾートホテル風の室内にはダブルのベッドが二つもありますよぉ。で一泊3ドルです。
誰でしょうか?ベトナムで値段交渉は不可能だなんて言っていたのは・・・
一つ一つがオーバーアクションで、熱く激しい人々ですが、ある意味分かりやすくてスカッとします。
何の後腐れもなく、従業員と目が合えば、お互いニッコリ微笑んで、街の情報も親切に教えてくれます。

●そういえば中国…。

言葉一つ一つの激しさもさることながら、その他様々な面においてベトナムの印象は「中国」です。
街の騒音、大声で話す習慣、言語の響き、縦横無尽に走り回るバイクと、鳴らしすぎのクラクション(ビービーうるさい!)、食べ物、国旗(赤字に黄色の星)、警官の服装、商店街の建物の構造、などなど中国との類似点が数多く見受けられます。
国境を一つまたいで、ラオスとベトナムの決定的な違いは中国文化の浸透(影響)の有無ではないかとの印象を受けます。

表に椅子やテーブルを出して、麺類を食べながら話し込む人々の姿は、北京の夜を思い出させます。
また数多く設けられたお茶屋さんに、昼間から男性が入り浸り、お茶やコーヒーを飲んでいる姿や、チャイニーズチェスに熱中する人々の姿は成都の風景と似ています。

ベトナムと中国は、侵略&制圧の長い歴史や、交易、共産主義、社会主義の影響など、良くも悪くも長い間密接な結びつきがあったようですが、なるほど、そうでしょうねぇ、と実感できます。

そこで彼らの激しい言葉使い、その響きを聞きながら、中国で聞いた話を一つ思い出しました。
成都で知り合ったドイツ人の男性の話です。

ある日彼がバスに乗っていると、バスの運転手が突然彼に向かって怒鳴ってきたそうなのです。
中国語で激しく怒鳴られ、どうやら席を空けて後ろの方の座席へ移動しろ、と、ののしっているらしい。

訳が分からないドイツ人は、試しに英語で、激しく唾を飛ばしながら怒鳴り返してみたと言うのですね。
「うるさい!ここは俺の席だ!俺は意地でもこの席から動かない!」と。
そして腕を堅く組み、足を投げ出して、堂々とその椅子に居座ってやると、なんと運転手はニッコリ。
「よしよし。お前の席だ。そこに座っていろ。」と合図して、嬉しそうに車を動かし始めたそうなのです。
ドイツ人曰く、僕達の感覚では理解しがたいけれど、おおっぴらに怒鳴りあうのが彼らの文化なんだ。だから思い切り怒鳴り返せばいいんだ!そうです。

さあ、郷に入っては郷に従い怒鳴り返せ。
ドイツ人のアドバイスをベトナム編で応用すると…、

例えば、
ベトナムの別の宿で、宿のおばちゃんと激しく値段交渉をし、お互い納得で合意した後、今度はおばちゃんが市内ツアーを持ちかけてきました。
話をしているうちに、値段が倍以上になったり、料金に含まれているはずの内容が削除されたり意味が分からない。

「さっきから料金が変わったり、内容が変わったりわけが分かんないわよ!」
「そんなこと無いわよ!最初っからこうなのよ!他のツアーに比べればコレがベストよ、保障するわ!」
「保障も何も、あなたの話してることが最初っから理解できないわよ!もうちょっと筋道立てて説明してよ!」
「だからこの紙に書いたとおりだって言ってるでしょ!」
「こんなぐちゃぐちゃに書かれても読めるカイ!」
「読めるワイ!」
「読めんワイ!あ~もういい!他の代理店で探すから!」
「好きにすればいいわよ!絶対こっちの方がいいに決まってるから!」
私は宿を飛び出し、ベトナム語が出来るルームメートの助けもあって、おばさんの言い値の半額で別の代理店から同じツアーに申し込むことが出来ました。

ふっふっ、どうだ、見たかこの値段を!

勝利感に浸りながら部屋(相部屋)のベッドでごろごろしていると、ドアが突然バーンと開いておばさんが乱入してきましたよぉ!
おばさんは、「ハッピーニューイヤー、ハッピーニューイヤー、ハッピーニューイヤー!!!」と大声で叫びながら新年を祝福し、ニューイヤーギフトと称して、ケーキを運んできてくれたのです。
ニコニコ顔のおばさん。無料のケーキです。毒も入っていません。とっても良質の美味しいケーキです。

なんだか不思議な話ですが、ちょっとかわいくてスガスガシイと思いませんか?
(もちろん、すがすがしい話ばかりではないので、おつりをごまかされた時なんかは、本気で腹を立てて怒鳴っておりますよぉ!)

皆様、ベトナムの会社とお取引の際には、契約書に唾の染みが出来るくらい元気に、大声で、そしてハキハキと交渉し、あとは、ニコッと微笑んで握手を交わし、たとえ面白くも何とも無くても、元気にワッハッハーっと笑ってみると案外取引がスムーズにいくかもしれません。
というのはもちろん冗談です。(^^;)

熱く、激しく、しつこく、うるさく、金をめぐる壮絶な戦いが耐えない国、ベトナム。
旅行業が加熱し、観光網が徹底された、旅行者の強敵、ベトナム。
けれど、嫌いにはなれない国、どうしてか親近感の湧く、懐深い国、それもベトナムのような気がします。

それではまた、ごきげんよう。

安希

追伸:
その国の感じ方、見方は、人それぞれです。
ビービーとクラクションのうるさいバイク軍団を横目に、
「日本のように静かな国で生まれ育つと、ここの騒音は耳に応えるよ。」と、フランス人の二人にグチをこぼしてみました。
すると二人は、そんなことは無い、
日本もある意味「やかましい」国だ、と言うのです。
「何がそんなにやかましい?」
「車が。」
「くるま…?」
「ピピッーピピッー、右へ曲がります。ピピッーピピッー、
バックします。ピピッーピピッー、ピピッーピピッー!」

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