32.移民か、難民か(ヴィエンチャン~シファンドン)
難民とはなんぞや?ラオスから出国する人々をもう少し分析すると…。

お久しぶりです。
安希@パクセからのレポートです。
ここしばらくの間、ソーラーパネルと小さな発電機のみしかない小島で過ごしておりました。
ので、ネットはもちろんのこと、パソコンを開けることすらなく、レポートからも遠ざかり…。

やっと少し発達した町に戻ってきたので、今日から再びレポートです。

前回のレポート「ラオスへ凱旋」の内容に関して、「難民というキーワードがない」との貴重なコメントをいただきました。
確かに。
ラオスから国外へ脱出する人々を指す場合、「移民」ではなく「難民」という言葉がより適切かと思います。
そこで今回は、首都ヴァンヴィエンから島までずっと一緒に旅をしたオーストラリア人(彼自身は移民二世)と語り合った「移民、難民、亡命者とは何ぞや?」についてのレポートです。

我々が話し合ったそれぞれの定義は以下のようになります。
(正式な定義は、移民法の専門家にお問い合わせください。)

■移民

受け入れ先国の提示する基準を満たし、合法的な手続きを経て移住する人々。
国籍、市民権を獲得した人は移民ですね。けれども、永住権取得者(アメリカで言うグリーンカード保持者)を移民と呼ぶかどうかは疑問ですね。
おそらく、永住権保持者は移民とはカテゴライズされず、市民権を獲得した時点で「移民」になるのではないでしょうか。

例えば、20世紀初頭に日本からもハワイを含むアメリカ合衆国へ出国していった人が多数いるはずですが、彼らは「移民手続き」をして入国した合法的移民であって「難民」ではないです。
世界中に拡散している中国系移民(チャイナタウンは世界中にあります。そして拡大していっています。)は、合法移民、難民、の両方のケースで移住していっているはずです。

数年前に友人から聴いた話では、アメリカは中国系難民の受け入れには消極的なので、中国系難民はカナダやオーストラリアへ移住先を絞っており、従ってバンクーバー(カナダ西海岸)は近年ではほぼ中国化しているそうです。漢民族、世界を制覇!です。(・・;)
しかしながらオーストラリア、カナダへの移住者も含め、中国系移住者の多くは「移民」であり「難民」は実は少数派らしい。
オーストラリア人の彼も、中国系移住者は相当多数いるけれど、彼らは難民ではなく、移民だ、と言っている辺りから判断しても、極東からの移住者達は、おおむね「移民」にカテゴライズされると思います。

しかし、インドシナ(主にラオス、ベトナム、カンボジア)からの移住者の場合は、「移民」のカテゴリーに当てはまらなくなってくるわけですが、その理由は以下の「難民の定義」にあります。

■難民

内政の混乱(主に戦争や迫害)のため、国外脱出を余儀なくされ、受け入れ先国にて「難民」として認定され「難民としての手続き」を経て移住する人々。
つまり、1975年頃から1980年代にかけて急増したインドシナからの国外脱出者は、ベトナム戦争の終結、内戦終結による共産主義化、社会主義国家の成立などが出国理由となるため、「難民」とカテゴライズされるわけわけですね。移民ではなくて…、はぁ、なるほど。

ベトナム戦争はあまりにも有名で、ベトナム=難民 というのは案外すんなりとリンクしていたのですが、ラオスもまたベトナムとほぼ同じ運命を辿っていたことを、ヴィエンチャンの博物館にて初めて知りました。そうか~。
従って、ベトナム戦争直後から始まった「インドシナ移民難民援助法」によって、アメリカだけを見ても百十数万を超える難民がインドシナから移住しており、ラオスからも25万人近く入国しています。

「難民」としての移住するプロセスには、例えば「ボートピープル」として受け入れ先の国へ直接流れ着くケース(例えばキューバからアメリカへ多数)や、難民キャンプへ一時的に逃れ、そこで受け入れ先国が設定した「難民受け入れ枠」へ振り分けてもらう、というのが主になるそうです。
インドシナ周辺の場合、漂着地のタイやマレーシアの難民キャンプにて振り分けられるそうです。

ちなみに、トラベルメートのオーストラリア人の友人のお母さんは、ベトナムからマレーシアに流れ着き、行き先をオーストラリアに振り分けられて、難民として入国を認められた人だそうです。
しかし、難民として認知されて入国した場合の社会的地位は低く、経済面や社会的地位が安定してくるのは、二世か三世になってからなのではないでしょうか。と。

ランプラバン行きの屋形船に乗り合わせたラオス系アメリカ一家は、移住した時期のラオス国内情勢から考えると、80年代に「難民」として移住した人というのが妥当な気がします。
(しかしながら、難民として移住して、難民一世のお父さんが20年間であれだけの経済力と地位を築くことが出来るだろうか?というのも疑問です。)

現在は、ソビエト連邦も崩壊し、共産主義も軟化し、ラオス国政も比較的安定しているので、2006年現在にインドシナから出国していく人は「難民」ではなく「移民」のはずです。
受け入れ先国も難民枠を減らし、元難民の家族親戚呼び寄せ方の「移民枠」に重点が置かれ、従って必然的に現在は「移民」が主流になっているはず…です。たぶん。

前回のレポート「ラオスへ凱旋」の内容を訂正すると、
難民として出国しドリームライフを手に入れた人が凱旋し、今度は、移民への夢を膨らませる。ということになります。
そして、ソビエト社会主義&共産主義VSアメリカの構造が存在した『にも関わらず』ではく、むしろ『だからこそ』、アメリカへの移住の必要性が増した、と考えるべきだったようです。
冷戦という世界の分裂が残したものの一つが「国外脱出を余儀なくされる人々」つまり、「難民」ということになります。

■亡命者

亡命者と難民の違い…。
う~ん、亡命者の場合は、もうその国にいたら「死ぬ」というような極端な場合を指すのでしょうか?
辞書の説明では、亡命者も難民も同じように書かれています。「その国にいられなくなった人」と。

例えば、ダライラマ14世は、チベットにいると処刑されるので亡命者です。
がしかし、チベットにいても死ぬわけではないけれど国外へ脱出を試みるチベット人たちは、亡命者とは呼ばないのかな?と。
現在も、欧米諸国はチベットからの移住者に枠を設けて、彼らを積極的に受け入れています。
もしその枠に「難民」というラベルがつけば彼らは難民、そうでなければただの移民?
誰か詳しい人、お願いします!

■不法移民

せっかく移民の話になったので、最後に不法移民について書いておこうと思います。
実際に、現在急増しているのがこの不法移民ではないかと思います。
戦争が起こっているわけでもなく、迫害を受けるほどに内政が混乱しているわけでもなく、従って難民としては移住できないけれど、経済力と生活の向上を求めて国外脱出を図る。

昨年でしたっけ?アメリカ西海岸を中心にヒスパニックアメリカンの大規模なデモが起きていましたね。
彼らは難民でも移民でもない、不法移民です。
(注:彼らはアメリカ市民が好まないような厳しい仕事を請け負ってきた貴重な労働力でもあります。日本でも規模は小さいにしろ、同じような現象があると思います。不法移民、不法就労者など、隠れた労働力への依存があると思います。)
特に911のテロ以来、合法移民枠が削減される傾向にあり(オーストラリアもかなり削減中らしいです。)合法的移住が不可能なら、不法で…、というわけで不法移民の割合が急増しているようです。(もちろん政府のガードもどんどん固くなっていっているようですが…。)

世界の混乱、紛争、そして国家間の経済格差などを原因として、人は国を追われたり、国を捨てたり、あらたな母国を探したり、とにかく大忙しです。

というわけで今日は、移民、難民の定義と、ラオスからの出国者がどのようにカテゴライズされるのかについてやや強引に考えてみました。

いよいよ年の瀬。2006年最後は、旅の健康レポートで締めくくりたいと思いますので、もうあと1レポート!書けるかどうかは電源次第です。
電気よ、いづこ?

それでは皆さん、ごきげんよう。

安希

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