28.食い散らかされる笑顔②(チェンマイ)
やりたい放題の外国人、世界の笑顔を食い荒らす~の巻。

どうもこんにちは。
「食い散らかされる笑顔」の第2部です。

1部では、タイ人コミュニティーとの距離を縮められない孤独を書きましたが、もう一つの孤独は他の外国人トラベラーとの距離、または意識の違いに関係があるのだと気づきました。
タイという国は観光産業がとても発達していて、外国人の数がとても多いわけですが、タイ旅行には特有の現象があるような気がします。

1、観光地としてあまりに有名なので、グループの旅行者が多く、単独組みが意外と少ない。
(モンゴルも若干少なめでしたが、チベットやネパールは単独の旅人が多かったように思います。)

2、観光業が発達しているので、国際社会や現地の文化について興味がない人も大量にやってきて、自分達のバケーションを堪能できる。

3、ツアーが多く組まれていて、ツーリストインフォメーションが豊富(ガイドブックも充実)なので、わざわざ他のトラベラーとコミュニケーションを図ったり情報交換する必要がない。

4、「旅」をする場所ではなく、パーティー、ツアー、バケーション、リゾートなどの言葉に象徴されるような「観光旅行」の場所。従って、自分の足で歩いて人に出会う、という考えを持つ人の割合が低い。

さて、ここで「山岳地帯のトレッキングツアー」に行った際の話をしたいと思います。
というのも、ツアーに来ていた11人のうち、一人でツアーに参加したのは自分だけ、つまり他は全員グループ旅行者という状況下で、実にいろいろな体験をしたからです。
そして、このツアーを通じて外国人旅行者の団体と現地人(山岳民族やタイ人のガイド)の関係というか、興味深い力関係を垣間見たような気がするので、今日はそのお話を。

トレッキング初日の朝、集合場所に行った私は他の10人の参加者と会い、そのうちの二人の旅行者とすぐに仲良くなりました。

彼女達は2人組みの旅行者だったけれど、国籍はばらばらで、スロベニア人の彼女は世界の「旅」にも慣れている視野の広いバックパッカー経験者。
もう一人は、スロベニア人の会社の取引先の会社のフランス人女性で、彼女は12年間、異国のドイツで仕事をしてきた人です。
つまり、二人とも海外経験が豊富&異文化のなかでマイノリティーとして旅や生活をすることに慣れている人達。
そして、彼女達は、お互いにとって外国語である「英語」でコミュニケーションをしている、ちょっと変わった二人組みでした。

そんなわけで、この二人はソロトラベラーの私に気を配ってくれたのか、単に我々のギャグのセンスが合いすぎたのか、私達は出会ったときからと~っても仲良くなりました。
(久々に出会いました~、こんなにギャグの分かる人たち!3日間、それまでの孤独を晴らすかのように声を枯らしてしゃべり続け、笑い続けました。最高!でも喉が痛い。。あらら、声がオカマちゃんです。)

が、しかし、他のトラベラーたちの多くはというと、2~4人のグループがベターっと引っ付いて、何をするにも一緒でなくてはいけなくて、何をするにも「自分達の国のやり方」でなくてはいけなくて、問題がいくつか発生しました。

問題1.荷物を置く場所&自分達が座る場所の争奪戦。

小型トラックの後ろに乗って移動する際、自分達のバッグを(汚れないように)椅子の上に置きたいと主張して引かない。
彼らが自分のバッグを椅子の上に並べると、他の参加者の座る場所がなくなります。
当たり前のことです。
気を利かせて荷物をどけましょう~!

問題2.旅行会社の説明不足?により、彼らの荷物が大きくなりすぎて、自分の荷物を自分では運べない!とぶち切れた。

山岳地帯へ到着し、いよいよ登山というところで不満がブーブー聞こえてきました。
大きなバックパックの中身をあたり一面に放り出して座り込み、「この荷物を全部自分で担いで山へは登れない!」とぶち切れる彼ら。
ガイドが「僕達は荷物運び係ではないので、自分の荷物は自分で担いでください。」というと、そんなことは旅行会社で説明を受けておらず契約書にも書かれていない!とまくし立てる。
トレッキングのルールとして、自分の荷物は自分で運べる程度に小さくまとめましょう~!

問題3.寝床、座席、すべてにおいて、「いつも一緒」でないと気がすまない。

場所取り合戦、シャワーの順番争奪戦などが絶えないというのも幼稚な話ですね。
彼らの「自分達はいっつも一緒主義」のおかげで、座る場所や寝床の確保が常に問題となりました。

初日の夜に、二つのグループの隙間に押しやられて一睡も出来なかったスロベニアの彼女が、翌日のトレッキングの途中、冗談で私にこういいました。
「アキ、走れ!一番に走っていって今夜の我々の寝床を確保してきて~!あなたなら出来るわ。」と。

私は一番エネルギーが余っていたので、こっちも冗談で、「よっしゃあ~、まかせなしゃい!」と山道を全力疾走し、一番に山小屋に駆け込むと、ベッドを3つ確保したのです。
うんうん、今夜こそうまくいった!
と思ったのもつかの間、軍団が到着するやいなや、「ちょっと、あなたの荷物どかして。ここは3人用のベッドではないわ。」とあっさり荷物をどかされ、またもや寝床が無くなりました。

この時点で、ついに私もぶち切れた!3人用も何も、関係ないでしょう!
とは言っても、喧嘩するのもバカバカしいので文句は言わず、一人、小屋の外でムスッと座り込み、夕日を眺めていたわけです。
すると、スロベニア人とフランス人の二人が、まあまあ気を取り直して~と、やってきて、私の山道激走で大いに笑わせてもらったからお礼にビールを奢るよ、と、私の肩をたたきました。

ここで私は我に返りました「なんとつまらない争奪戦にまきこまれているのだろうか?」と。
ベッドなんてどうでもいいし、シャワーなんていつでもいいし、のんびり楽しくトレッキングをできればよかったはずではないか…と。

●外国人がタイにどどーっと押し寄せてきて、楽しさ、快適さ、美女、などなど欲しいものを好き勝手に食い荒らしていく、ならば、タイの人だって、外人から取れる金はがっちりとってやる!
という風に、争奪の連鎖、奪い合いのエスカレートだって起こるのではないでしょうか?
(というのは私の勝手な考えですが、いつの間にか「気遣い」を忘れ「争奪戦」に巻き込まれていた自分の姿から、上記のようなことを考えた次第です。)

問題4.現地の人々、文化、伝統に、もう少し敬意を払っても良いのでは?

夕食後、ガイドの一人が私達に質問をしました。
「もし皆さんが望むなら、この村の子供達を招いて民族ダンスを披露できるのだけど、招いた場合は寄付が必要になります。どうしますか?呼びますか?呼びませんか?」

私は、寄付の相場が分からないこと(額によっては彼らをがっかりさせるかもしれない)、また、ダンスのクオリティーがわからない(子供達を使った、ゆるい物乞いみたいなことが起こるかもしれない)ことを懸念して、呼ばなくてもいいのではないかと言いました。
するとガイドが、一人5~10バーツ(20~30円)の寄付でよいと思うと言いました。

本当にそんな額でいいのだろうか??寄付というのは難しいぞ~、と私は思ったのですが、グループ旅行の彼らはノリノリで、「いいんじゃないの?呼びましょうよ。呼んで、呼んで、子供達。」と呼ぶことを決めました。

さて、子供とは言っても13~20歳ぐらいの山岳民族がやってきて、踊りや楽器や歌を披露し、私は彼らの質の高いパフォーマンスを楽しみました。
そして予想以上に素晴らしかったので、お礼を述べて、20バーツ紙幣を彼らの集金袋に入れました。
が!しかし、集金の段階になって、子供達を呼んだ本人達(ノリノリだった)は、子供達の顔を見ようとすらしない。
シラーっと横を向いたまま無言…。
最終的に面倒くさそうに小銭をあげて、その場は幕を引きましたが、う~ん、ああいう態度は見ていて悲しいですね。

とても謙虚に、ささやかな微笑みをもって踊りを披露し、集金のときも無理にお金をねだったりすることは一切なかった山岳民族の人々。
彼らの笑顔を「食い散らかしている」我々外国人の存在を感じないではいられない出来事でした。

ちなみに、寄付というのは難しいので、額がはっきりしないなら呼ばないほうが良いのではないか、と慎重姿勢だったフランス人の彼女は、(本人が賛成でなかったにしても)呼んだ以上は場を盛り上げる、と、全員に飲み物をご馳走して、さらに寄付もして数百バーツを使ったはずです。

慎重に考え、相手を尊重して行動していれば、こんな風な「食い散らかし感」は残らないはずなのですが…。

●ノリノリの外人が押し寄せてきて、何の思慮もなく現地文化を食べ散らかして帰って行く。
子供達の笑顔が完全に食い散らかされた時、彼らの顔は「タイの冷めた仮面」で覆われているかもしれません。。

問題5.ガイド君の笑顔が食い散らかされる前に…

私達のガイドの一人は、今回が初めてのトレッキング引率という山岳地帯出身の新米ガイドでした。
一ヶ月前から習い始めたという英語で一所懸命に話し、いつも笑みを絶やさないガイド君。
そのガイド君に、自分達の荷物を運ばせ(最終的に彼が運ぶはめになった)、二日目の一番ハードなトレッキングの際には、もう歩けないからと車を取ってこさせて村から村への搬送までさせてしまったトレッキングメンバーの一人。

トレッキングというのは、自分の足で歩いてナンボというものです…。
歩けないなら、参加しないのが賢明ですね。

二日目の夜、ガイド経験初めての彼の「ガイド試験」をかねて、ガイド君と旅行者の座談会が行われました。
彼の英語力や知識力、コミュニケーション能力を試す目的です。

そこで彼はまず、今日は僕が初めて食事を担当しましたが、あまり美味しく作れなくて申し訳ありませんでした、と、つたない英語で何度も詫びました。
「…?美味しかったよ~。私は二回もおかわりをして完食だったさぁ!謝るなよ~。」

けれど、彼が謝罪したのも無理はありません。
食後に下げられていった食器は、まさしく「食べ散らかされた残飯の山」でした。
小さい肉の塊だけ拾って、あとは野菜も米も、ぐちゃぐちゃにかき回して食べ残す。
好きなものだけ食べたい放題、やりたい放題です。

次にガイド君は、僕の英語が下手なせいで上手に説明できなくてごめんなさい、と何度も謝りながらタイの山岳民族についての説明をしました。
うんうん、ガイド君の「知っているけど、英語では上手く説明できない」そのもどかしさ、解るわ~、こっちまで涙がでそう。
そもそも、タイ語を勉強していない私達のほうこそ、本当はごめんなさい。。です。

ガイド君の祖父母はチベットからの亡命移民で、現在家族はタイの山岳地帯に暮らしていて、裕福ではないので彼は学校へ行くことは出来ず、今はガイドとして働いて両親をサポートしているのだそうです。
そして、ミャンマー国境付近の山岳地帯において、国籍を持たない沢山の山岳民族(タイは、ミャンマー、中国、ラオス、などの山岳民族の亡命者を積極的に受け入れている国です)を助けることが夢なのだと話していました。

彼が、屈託の無いあの笑顔を失わず、いつか夢を実現できますように、と祈らずにはいられません。

●今回のガイド君に限らず、モンゴル旅行中も実は同じような経験がありました。
新米ガイド君への要求の嵐と、言語能力の力関係とプレッシャー、東洋と西洋の気質の違い、などから新米ガイドが泣き出し、アジア人の私が微妙な立場で仲裁に入るということがしばしばあるのです。
ガイド君たちが「困りました」という目で私を振り返るとき、私には「食い散らかされる彼らの悩み」がはっきりと分かりますよ。

■結論

旅行者の楽園と言われる「タイ」を、我ながらネガティブに書いてしまったと驚いていますが、ここまで半年間の旅の中でもずっと感じてきた「外国人による途上国食い荒らし感」が、旅行大国タイにおいていよいよ顕著になってきたため「はっきりとネガティブに」書きました。

以前、スタッフからいただいたメールの中に、

「先進国の資源獲得競争のしわ寄せが発展途上国の子供達にいっている」(ラサの軽い頭痛)

とありましたが、人的資源、サービス、文化、それに笑顔も、その他多くのものに対して先進国が襲い掛かり、食い散らかして、残骸を残していっているのかもしれません。
資金力にものを言わせて自分流を持ち込む主義は、結局のところ、民族間の閉塞性や奇妙な孤独感となって、自分達のところへ戻ってくるような気がしますね。

(国名は挙げませんが、個人差こそあれ「やりたい放題の傾向が強い国」というのも見えてきました。そういう国は将来損をするでしょうし、もうすでに損をし始めているかも。。。)

さて、ミャンマービザが下りるまで、あと一週間はチェンマイにいる私。孤独の原因究明が終わったところで、今度は解決法の探求です。
HOW?
毎日同じカフェへ行って、覚えたてのタイ語を話して微笑む。
この繰り返しです。
郷に入っては、郷の言葉を学ぶ努力を怠るな!という当たり前のことをわたくしも忘れておりました。。。
顔はもう覚えてもらったので、今日はタイ語で挨拶をしてみたら、店員さんも微笑んでくれましたよ。
よーっしゃ!

それではまた。ごきげんよう。

安希

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