『LGBT・紹介レポート』Week 8
〜アメリカLGBTの歴史(2010年代前半)〜

第8週目は、いよいよ2013年6月26日の判決に向けたラストスパートです。とりわけ、2012年のオバマ大統領による『同性婚支持』の発表と、その考えを支持した米国民による大統領の再選が追い風となった。また2010年代は、ラテンアメリカで初めて、アルゼンチンが同性婚を合法化し、ニューヨーク州でも新しい市長の当選とともに同性婚合法化が決定するなど、2000年代後半に噴出したアンチ同性婚の流れが、『人としての尊厳を貶めるもの』として再び反転し、より強い同性婚の支持へと傾いていった。

2010年
オバマ大統領が、トランスジェンダーのアマンダ・シンプソンを商務省の上級技術顧問に指名。シンプソンが、トランスジェンダーとして指名を受けた最初の一人であることは間違いないが、民主党職員は「本当に初めてかどうかは分からない」と回答。(知りようがなく、また知る必要もない)

ポルトガル議会が、同性婚を合法化する法律を可決、一方で、同性カップルによる養子縁組は否決。シルヴァ大統領が批准したことにより、ポルトガルは、ヨーロッパで同性婚を認めた6番目の国となった。

3月。ワシントンD.C.で、『結婚の平等』が施行開始。このとき、婚姻証明書を申請した人のうちの約半分が有色人種で、また半分が女性であったことがメディアの注目を集めた。アフリカ系アメリカ人のブロガー、パム・スポールディングは、『婚姻平等運動の歴史において、最も重要な出来事を目にした。我々は、黒人のカップルが列をなして、次々と誓いを立てていく姿を目の当たりにした。多くの有色人種の人々にとって、本当に意味のあることだ。素晴らしい』と言及。

3月29日。歌手のリッキー・マーティンが、公式サイト上にてゲイであることをカミングアウト。自身のホモセクシュアリティを認めたのは、ラティーノのセレブとしては初。

オバマ大統領が、保険大臣に対して『同性のパートナーを病院に訪ねる権利を認める』新しい規則を発表するよう命令。この改正によりゲイやレズビアンは、同性パートナーの代理としての医療上の決定が下しやすなった。(例えば、パートナーの危篤時や脳死のケース、不測の事態が起きた場合などに、パートナーに代わって医療判断を下すせる、など)

7月8日。ボストンの連邦裁判所裁判官ジョセフ・タウロが、同性婚の容認を妨げている連邦政府の法律は、憲法違反であるとし、ゲイやレズビアンの人たちは、ヘテロセクシュアルのカップルと同じ連邦政府のベネフィットを受けるに値する、との判決を下す。この決定が最高裁でも引き続き支持されれば、異人種間結婚と同じように、同性婚が憲法下の保護に加えられると目され、判決は画期的とされた。タウロ裁判官は、次の2つの訴訟において原告の側についた。

1つ目、1996年の『Defence of Marriage Act (同性婚を未承認にするアメリカ法)』は、マサチューセッツ州が連邦政府からの予算の獲得のために同州民を差別するよう強制している。

2つ目、連邦政府の法律は、特定階層の婚者(同性婚者)だけを援助の対象から外すことで、憲法で定められた『平等の保護』に違反している。

7月。アルゼンチンが、ラテンアメリカの国として初めて、同性婚を合法化。

8月4日。連邦地方裁判所のボーン・ウォーカー裁判長が、カリフォルニア州の『提案8号(結婚を男女間に限定するために憲法改正を行うための提案)』は、違憲であるとの判決を下す。ウォーカー裁判長は『提案8号』について、『結婚証明書を否定するために、わざわざゲイやレズビアンを選出しなければならない合理的な根拠が示されていない』と言及。事実として、提案8号は、異性カップルが同性カップルより優れていることをカリフォルニア州憲法内で証明しようとしている以外の何ものでもない。『平等の原理に基づく結婚権の提供』という憲法上の義務を妨げるものとして、提案8号は、違憲と言わざるを得ないと判断。

12月18日。上院が65対31の票差で、1993年から続いた『Don’t Ask, Don’t Tell法』を廃止。オバマ大統領が法案に署名したことにより、ゲイやレズビアンは処罰を怖れることなく、性的指向をオープンにして軍隊で仕事ができるようになった。法が施行されてからの17年間に解雇された同性愛者は13500人を超えた。

2011年
オバマ大統領が、法廷の公判における『(いわゆるアンチ同性婚の)Defense of Marriage Act法』の弁護をやめるよう司法省に命令。この小さな命令は、ゲイやレズビアンの市民権の獲得に向けた大きな一歩となった。

6月18日。国連人権理事会(UNHRC)』が初めて、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーの権利を承認。この決議は、アフリカやイスラム教の国々からの反対を受けつつも、その他の支援国に歓迎される形で可決された。これによりUNHRCは、性的指向に基づいた虐待に懸念を示し、LGBTへの国際的な差別を研究する委員会の開始を宣言。

6月24日。ニューヨーク州が、同性婚を認めた6番目にして最大の州となる。同性婚の合法化をトッププライオリティに掲げて当選したばかりのアンドリュー・クオモ知事が、民主党の他に十分な共和党からの支持を得て婚姻法案を通過させた。

2012年
2月7日。第9連邦巡回区控訴裁判所が、『提案8号』を無効化。この裁判は、2010年にボーン・ウォーカー地方裁判所裁判長が下した『提案8号を違憲とする判決』に対し、提案8号の支持者たちが上訴したもので、控訴裁判所は『提案8号には目的も効果もなく、単にカリフォルニア州のゲイやレズビアンたちの立場と、人としての尊厳を奪う以外の何ものでもない』として訴えを退けた。提案8号の支持者たちには、連邦最高裁判所への上訴期間90日が与えられた。

2月8日。ワシントン州の立法府が、同性婚法を可決。これにより、同性婚を合法化した7番目の州が誕生。

3月1日。メリーランド州のマーチン・オマリー州知事が、『全ての人の平等権と尊重に対するリスペクト』として同性婚法に署名。

5月5日。オバマ大統領が、同性婚の支持を公式表明。

5月8日。ノースカロライナ州の有権者が、同性婚や、それに準ずる民事婚一切を禁止とする憲法改正案を支持。

11月6日。ワシントン州、メーン州、メリーランド州が、同性婚を合法化。

11月6日。オバマ大統領が、同性婚の支持を公式発表した米史上初の大統領として、再選を果たす。

2013
5月2日。ロードアイランド州が、同性婚を合法化。

5月7日。デラウェア州が、同性婚を合法化。

5月14日。ミネソタ州が、同性婚を合法化。

5月18日。フランスのオランド大統領が、同性婚を合法化する法案に署名。

6月26日。連邦最高裁判所が、2つの重大な判決を下す。

1つ目は、地方裁判所によって違憲とされ、巡回区控訴裁判所に無効と判決された『提案8号(カリフォルニア州の同性婚を違憲とする改正案)』について。連邦最高裁判所への上訴期間90日を与えられた『提案8号』の支持者たちに対し、最高裁判所は、『上訴に値する法的地位がない』とし、訴えを棄却。その判断を受けて、カリフォルニア州の同性婚は、2008年11月4日以来、4年半ぶりに合法性を回復した。(州内の正式決定は、その二日後)

2つ目は、『Defense of Marriage Act (全米の同性婚を縛ってきたアンチ同性婚法)』について。最高裁は、この法律を違憲と判断。同性婚の合法化は、各州の決定に委ねるとする一方で、州内で合法化された同性婚については、連邦政府としてもまた『結婚した者』として認知するとした。これまでの同性婚やシビル・ユニオン(民事婚)が、州内でしか認知されていなかったのに対し、今回の判決は、新たに国として結婚の権利を認めた画期的なものだった。これにより連邦政府は、異性婚者と同じ権利、社会保障、税制、年金、退職金を同性婚者にも保障する。すなわち、連邦レベルにおける完全な平等が達成された瞬間だった。

6月28日。カリフォルニア州が、同性婚を正式に合法化。長い長い戦いに、ひとまず終止符が打たれた。

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2件のコメント

  1. 2013年には、ブラジルでも大きな進展がありましたよ。5月14日、「公証当局は要請された場合、同性の市民結合を結婚として登録しなければならない」とする決議案を国家法務評議会が14対1で可決して、(立法ではなく司法の立場から)同性婚を認めました。

    1. 貴重な情報をありがとうございます。カトリックが多い南米で、こういった変化が続いていることは、ある意味驚きでもあります。

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