27.食い散らかされる笑顔①(チェンマイ)
旅行者の楽園としてのタイ。その仮面の裏にもう一つの顔を探ります。

皆さん、こんにちは。
安希@タイのチェンマイからのレポートです。

チェンマイに来てから一週間ほどになりますが、ここ数日間はミャンマー国境付近の山岳地帯でトレッキングをしていました。
山肌の村から村へ、ジャングルを歩いて、山岳地帯の少数民族に会いに行っていたわけです。

今回は、トレッキングを含めたこの一週間で感じたこと、また、他のバックパッカーたちと話し合った「タイ&国際社会」についてのお話です。

前回のメール(夜遊び産業)で、タイの観光産業について書きましたが、「タイ」と聞いて皆さんは何を想像されますか?
トムヤンクン?タイマッサージ?小乗仏教?穏やかな笑顔?
「タイ」はバックパッカーにとっては重要通過点、または、旅の拠点となる場所ですが、タイに来るまでの旅の過程においても、この国のウワサは多かれ少なかれ耳にしてきました。

例えば、バックパッカーのパラダイス。とか、笑顔の王国。とか、出会いの楽園。とか、旅の情報源。などなど。

そこで、タイ入りして2週間の私がどんなパラダイス生活を送ってきたかというと、「ある種の孤独」と向き合っていました、としか言いようがないのです。

旅を始めてもうすぐ半年。
タイに来るまでの道のりは、予想外にも「常に人と出会っている」状態が続き、孤独とは無縁の旅生活を送ってきました。
ところがタイに来てからはというと、朝起きて一人でご飯を食べ、一人で歩き回って、一人宿に戻って、ほとんど会話もないままシーンと一日が終わる感じです。
不思議。
しかも、タイの宿や飲食店、旅行会社やショッピング街において、不当な扱い(冷遇)を受けたことも、一度や二度ではないのです。
う~ん、不思議。
これは一体何なのだろうか…と。

トレッキングに出かける前日の午後、宿の庭のテーブルに腰掛けて、相変わらず一人で書き物をしていると、ついに一人の男性が私に声をかけてきました。
同じ宿に滞在しているちょっとヒッピー風のフランス人で、私達はポツリポツリと話を始めたわけですね。
9年近くの間、タイとフランスを行ったり来たりしているというこの男性。
彼の口から出たタイの印象は「パラダイス」でも「笑顔の王国」でもなく、「タイという特殊な孤独」と「二重の仮面」と「歪められた性格」でした。
うんうん、なかなか興味深いことを言うじゃありませんの…。

というわけで、ここで我々はビールの栓を抜き、「タイと観光産業、そして、多くの外国人がこの国にもとらしたもの」について延々と語らさせていただきましたので、「食い散らかされる笑顔」の第1部は、そのお話を…。

今から30年前、タイの経済を救済する目的で、国を外国人に開くよう(観光業を活性化し外貨を稼ぐよう)、タイ国王が国民に呼びかけたのをきっかけに、外国人の旅行者の増加に拍車がかかり、現在の「外人だらけ」の国が出来上がったそうです。
そしてバンコクが夜遊び産業を含めた遊園地化したのと同じように、チェンマイは街そのものが西洋化的くつろぎの場と化した。
つまりチェンマイの場合、カフェ、バー、ブックストアー、ブティック、レストラン、などが西洋人のテイストに合わせて作られているのですね。
(確かに居心地はいいです。食べ物も美味しいし、ゆったりしていて、良いコーヒーが飲める。)
ただし、外国人旅行者や長期滞在者の増加は、タイの経済を支えてきた一方で、ある種の歪みもまたもたらしてきたようです。

そのフランス人男性が言うところの:

■外国人によるタイ植民地化現象

国が植民地支配下に置かれているわけではないけれど、タイの人々は旅行者の要求を聞き入れ、外国人のテイストに合わせて自分達や自分達の国を作り変えなければいけなかった。
外国人から不当な扱いや偏見(見下し)を受けたとしても、お金のために我慢をしてきた部分がある。
つまり、お金と引き換えに、好き勝手にされてきたことが変な歪みを生んだというのです。

■外国人=お金

人と人の心温まる出会い、などという美しい考えは、長期に渡るタイ風被植民地化のうちに影を潜めてしまった…、のかしら…?
こちらの支払い額に応じて、タイ人の態度は豹変します。
(特に女性からの冷遇が激しい…)

例えば、「今夜の宿を探しているのですが、空きはありますか?」と聞くと、宿の女性は、こちらを見ようともせずに、「NO」とだけ言い放って自分の作業を続ける。
「すみません、10日ほど滞在したいのですが、いつになったら部屋が空きますか?」と再トライすると、
「10日間も?あら、ちょっと待ってくださいね、空き状況を調べます。」と、ここで露骨に態度が変化。
そして、空き部屋も当然あるわけで、無事チェックインできるのですね。なーんだ。

ここで私は一つ質問をします。
「3日間、トレッキングに出かける予定ですが、その間、荷物を預かってもらえますか?」
すると彼女の顔からは笑顔が完全に消えて、彼女は「NO」とだけ短く答えてどこかへ行ってしまいました。

何故彼女の態度が二転三転したか分かりますか?
なぜなら、私がトレッキングへ行くと言った時点で、彼女には「ああ、こいつは別会社のトレッキングに申し込んだ客、つまり自分達のトレッキングツアー(とても高い)に参加する可能性が少ない、お金にならない客だ。」と分かってしまうわけです。
それで態度が冷たくなるのですね。

別の例として、アユタヤに滞在したときも悲しい扱いを受けました。
アユタヤで一日遺跡を見て、翌日チェックアウトしようとすると、「アユタヤは素敵な場所だから長く滞在してね~」とチェックインのときに笑顔を振りまいていた宿のオーナー(女性)の表情が急変。
しかも、その宿で飲み物一つ買っていなかったことや、宿を通してチェンマイ行きバスのチケットを予約していなかったこと(ローカル列車で行くほうが格安なので)を発見した彼女は、「Only One Night」と言って大きなため息を私の顔に吹きかけ、無言で金を受け取とると、目すら合わさないで他の作業を始めました。
(最初から、翌日には列車でチェンマイに行くと思うと告げていたのに!)
チェックインのときの彼女の偽笑顔を見たときから予想可能な展開でしたが…、やはり気分は悪いです。。
つまり、たとえ相手が笑顔でも、そこに冷たさ(冷めた感情)を感じることが多く、こういったことが「ある種の孤独感」を私に植え付けているのかなと思います。

などなど。

彼女達の目に映る私は、人ではなくて、金なのだろうと思わないわけにはいかないですね。
貧乏バックパッカーの自分が時折受ける極端な冷遇は、おそらく「外人=金」の意識がベースになっているからだろう~と。

■二重の仮面

30年のタイ風被植民地化を経て、タイの経済は成長してきました。
この30年間の外国人大量入植によって、タイの人々は「外国人との金をめぐる戦い」を制するノウハウを研究し、鍛えられてきたわけですが、タイの経済がある程度安定してきたところで、この国は「短期間、高額支払い型旅行者のみを歓迎する」方向へ転換してきているらしいのです。
外国人=お金 で上げた二つの例もその傾向を象徴している気がしますね。
バーンとお金を使って、さっさと帰っていってくれ!と。

フランス人男性の長年の友人で、チェンマイに住み着いて20余年、宿の経営もしているオランダ人の男性は、昔は外国人長期滞在者として歓迎されてこの国へ来たそうですが、
「長期、低額支払い組」への締め出しが年々厳しくなり、最近までは3ヶ月に一度国外へ出て金を払って戻ってくれば取得可能だったビザがついに下りなくなって、いよいよ国外退去が迫ってきた…とのことです。

金額に応じて仮面を付け替える。
金の無い人間には「はっきりと用がない態度」をとる。
金をめぐる歪んだ戦いはエスカレートしていきます。
この辺りが、街で出会う「疑惑の笑顔」や、私の心に付きまとっている「奇妙な孤独感」の原因でしょうね。

■ポルノ産業と歪められた性格

両脇にタイの美女を連れて、街を闊歩する不細工な外国人。
な~んていうのもタイの風物詩としてよく語られますが、ポルノ産業に象徴されるような「外国人によるタイの食い荒らし、食い散らかし感」も歪んだ感情を作り出してきた原因でしょう。

先進国の人間が、強い通貨を持って途上国へやってきて、金任せにパラダイスを作り出す。
しかしいづれにせよ、それが金をめぐる駆け引きである以上、パラダイスとは単なる歪んだイルージョンなのではないでしょうか?

フランス人の男性は、外国人とタイ女性の「うまく出来た恋愛物語」の現場も、もう数知れず見てきたよ、と話していました。
そして、マネーゲームと恋愛ゲームも数を重ねて歴史が長くなってくると、当然ながら歪み方も興味深い?展開を見せるのだそうです。(^^;)

9年をかけてタイを観察し、タイ語も話せるこのフランス人。
タイ人の女性友達の一人が見せてくれた裏舞台の一例を上げると:

●ドイツ人の中年男性が、初めて東南アジアにやってきてバーに行きました。
そして男性は、ドラマチックな恋に落ち、滞在2週間にしてタイ女性と婚約し、彼女をドイツへ連れて帰る約束をしました。
そこでこの女性からフランス人男性のところへ結婚にまつわる事務的な相談が持ちかけられました。
彼女はまず、結婚の書類処理をして、次に彼女のお父さんの車をドイツ人に修理してもらって、それから航空券を受け取ってドイツへ行って5年過ごし、5年後に離婚するので、その書類の処理を手伝って欲しい…と。
おお~、素晴らしい計画力でございます。

しかしすごいのは、計画力だけでなくて実行力も!
彼女は計画通り結婚し、現在ドイツにいるので、あと数年したら離婚する予定です。
そこで私は、冗談まじりに質問をしました。
「ということは、お父さんの車も修理できたのかしら?」
彼は首を横に振り、そこだけはちょっと計画とは違う、と。
「彼女のお父さんは、新車を買ってもらったので、修理する必要すらなかったよ。」
めでたしめでたし。

しかしながらこの女性、結婚の裏舞台を全部披露しておいてなお、相談相手のフランス人にも「不倫恋愛?」の触手を伸ばしてくるというあたり、フランス人の彼にもこれ以上は意味が分からないと不気味がられております。
フランス人の男性自身、警戒しながらもいくつかの驚くべき恋愛ストーリに巻き込まれたおかげで「タイという国の孤独」を強く感じるようになったそうですが、タイの女性もまた、数限りない恋愛ゲームを経て、今に至っているのでしょう。

■上記に上げた話は、もちろんタイの一部を扱ったものであり全てではありません。
しかし、外国人とのマネーゲーム、恋愛ゲーム、観光ゲームなどなどは、タイという国の現在の性質を語る上で無視できない要素であることだけは確かだと思います。

旅行者のパラダイスと呼ばれるタイに居て、宿のオーナーや売店の店員に対して笑顔を振りまき、相手もどうにか微笑んでくれないものか(心を溶いてくれないものか)と必死になっている自分がいます。
我に返ると滑稽です。
そしてやっと笑顔を見つけると、今度は「どんな下心があるんだ?」と疑心暗鬼に陥ってみたり。。。と、人々と自分の距離をいつもの様に調整できない、また人の存在を自分の周りに感じ取ることが難しいという孤独があります。
とても奇妙な感覚です。

タイ風被植民地化によって、食い散らかされて歪められてしまった何かについて、今回は「タイの人々」を主体に書きましたが、次は「入植者としての外国人」にスポットライトを当てて書いてみますね。
というのも、タイで感じる孤独の中には、タイ社会の中の歪んだ感情に加えて、外国人が持ち込む世界全体の歪みがあるからです。
そのことについては、タイの山岳地帯を旅行者11人(アジア人は私一人)でトレッキングをする中で、孤独感のもう一つの根源として深く考えさせられました。

というわけで、第2部へと話はつづきます。
話が長くなって本当にごめんなさい。
短くしようと努力はしているのですが・・・う~ん、長いですね。

安希

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