世界旅2006:ジャングルの中で10年ぶりにホストファミリーと再会!(マレーシア)

皆さま、こんにちは。お元気ですか?
安希@タイ入国直前にペナン島で一休みです。

この一週間ほどは、バスを乗り継いで田舎を見学。
その後はモンスーンで悪天候の東海岸を北上し、再び西海岸へ戻ってきました。
漁村も砂浜も、大シケのシケシケで、洗濯物が乾かず苦労しました。

今回は、田舎の村に滞在した際に起きたちょっとした事件を元に、「田舎版、不治の病」を2部編成で書きたいと思います。
前半は、例のごとく「ただの体験記」ですので、とばしてもらっても大丈夫です。

さて、今回訪れた村はマレー半島の中心部、つまり熱帯雨林の周辺に位置しています。
実は10年前、初めて訪れた海外がマレーシアで、その時に小さな村にホームステイをしたことがあったのです。
そこで、全然準備していなかったにもかかわらず、周辺の地名と一枚のデジタルフォト(昔撮った写真をスキャンして日本から送ってもらったもの)を頼りに村探しに出かけました。
要するに、あてずっぽというやつですね。(^^)

クアラルンプールからバスに乗って、まずは周辺地区で下車し、バス停のお兄ちゃんに村近くの地名(ケルダウ)を告げると、その一帯を通過するローカルバスを教えてくれました。
そこで、こんどはバスの運ちゃんと周りの乗客に「ケルダウ!ケルダウに着いたら皆さん教えてください!」と一応叫んでおいて、バスに乗り込みました。
バスは、なんとなく見覚えのあるような無いような田舎道をどんどん進み、途中からは激しい雷雨のために視界が悪くなったジャングル地帯を進んでいきました。
そして、しばらく行ったところで、隣の乗客が「ケルダウ!」と叫ぶと、運ちゃんも「ケルダウ!」と叫んで私の方を振り向き、突然バスが停車しました。

うえ~、外は土砂降りではないですか~!こんなところで突然降ろされてもどうしたらよいのやら。
しかも、この周辺には全然見覚えが無いじゃありませんの!

けれどここは澄まし顔で、
「あら、やっと着いたわね。ケルダウ、ケルダウ。ここに来るのが目的よ。」
と荷物を担いで下車し、とりあえずは槍のような雨に打たれ、それから近くの食堂に駆け込みました。
そして、周りにいたフレンドリーなおじさん達と一緒に、雨宿りがてらにコーヒーを飲んでいると、どうやらそのおじさんの一人が、村の手がかりになる情報を知っているというのです。
おお~!

「10年前に文化交流プログラムでこの近くの村へ来てホームステイをしたことがあり、その村をもう一度訪ねたい。」
という私のリクエストを聞きいれ、おじさんは私を車へ乗せて、とある民家の前まで連れてきてくれました。
しかし、その民家に見覚えはなく、「おじさん、ここは私の村ではないよ。残念ながら。。。」としょぼくれると、おじさんは取りあえず中に行って聞いてみてごらん、と。
そして、民家のご主人に事情を話してみると、ご主人の口から「ミエケン」という単語が!
うお~、まさに、まさに 「三重県」でございます!

どうやらこのご主人が、かつてお世話になったホームステイプログラム協会の会長さんということで、ホストファミリー探しを手伝ってくれると言うのです。
よ~しゃ!
一枚だけPCに入っているぼやけた写真を、会長さんが周辺住民に見せて周り、ある一人の年配の村人が、「これは○○さんの家の前じゃ。」とホストファミリーを断定しました。

そしてその晩は会長さんのお宅にホームステイさせていただいて、翌日はそのお礼と言っては何だけれど、会長さんの日本訪問のスケージュルを日本語訳するお仕事に半日を費やしました。
(タダで泊めてもらうのは申し訳ないので、お手伝いができてラッキーでした。日本語の打てるPCを持参してきてよかった~。会長さんも喜んでみえましたよ。結果オーライ!)
そしてお昼からは、かつて訪れた地元の高校を探しに行き、その後で、いよいよ10年前のホストファミリーと再会へ。。

村の中へ入っていくと、はいはい、見覚えがあります。この先の角の、高床式のおうちです。
うんうん、確かにこのお家!
そして、ホストマザーとついについに、10年ぶりに再会してしまいました。(^^)

家は全然変わっていなかったけれど、子供が更に2人増えて6人になっていました。
昔、バスの運転手だったホストファザーは、今はタクシーの運転手になり、バイクしかなかった10年前とは違って、今度はタクシーを運転して夜のマーケットへ連れて行ってくださいました。
そして、何よりも当時10歳だった娘さん(次女)は、現在は成長されて、近くの町で銀行勤めをされているとのこと。
お母さんから私の訪問の連絡を受けた娘さんは、仕事を切り上げて大急ぎで帰宅し、マレーシアの家庭料理に腕をふるってくれました。

すっかり美しい娘さんになってしまった次女と、すっかりおばちゃんになってしまった私。
お互い面影はゼロで、「ところであなたは誰じゃ?」という感じでしたが、再びすぐに仲良くなって、その晩は娘さんのベッドの半分を借りて寝させていただくことになりました。

さて、ここからが本題です。
女二人、ベッドの上で向きあって何を話すかといったら、そりゃあ男の話でござますわ。
小悪魔の彼女は「今日は特別な人が家に来たので、残業せずに大急ぎで家に帰ります。」
とだけボーイフレンドにメールして飛んで帰ってきてくれたそうなのですが、もちろん彼からは心配メールがくるわけです。

「特別な人って誰?」
「長い間会いたかった素敵な人。」
「何故その人は君の家にいるんだい?」
「その人は私に両親に挨拶に来たの。今夜は私のベッドで休んでいくのよ。」

これこれお嬢さんよ、いい加減にしなさい。
ということで、ここで彼には私が女であることを明かし、我々はボーイフレンドの話題でさんざん盛り上がったのですが、そこから結婚の話に突入すると急に彼女の顔が曇り始めたのです。

話を進めていくと、どうやら彼は「不治の病」であり、今はいいけれどいつ症状が悪化するか分からず、従って彼は、彼女を未亡人にするのを怖れて一生求婚してこない意思を固めている、うんぬん。と。

「不治の病?医師がそう言ったの?」
「ええ、医師にも会いに行ったけれど、もう結果は出てしまっているの。私も確認に行ったけど治療法はないと言われたわ。」
「複数の病院へ検査に行ってみた?」
「この辺りのクリニックで数回は調べてもらったわ。だけど彼ももう検査にはうんざりしているし、余計絶望的に気持ちになるからもうこれ以上検査をする気はないって諦めてしまったの。」
「病名を聞いてもいい?」
「英語の病名が分からないし、あまり人に知られたくないので。」

う~ん、何の病気でしょうか。
今はいいけれどいつ症状が悪化するか分からない、現在「不治の病」と呼ばれているもの。。。というと、私はHIVとかぐらいしか思い浮かばないのですが。。。

「マレーシアでは不治の病でも、日本やアメリカのお医者さんなら治せるかも知れないし、(私はHIVではなかろうかと思い込んでいたので)薬によって大幅に発病を遅らせて寿命をほぼ全うできる可能性もあるかもしれないよ。」と言ってみたのです。

「たぶん無理だと思うわ。医師にもはっきり言われたし、ボノ(山中に住んでいる民族伝統の魔術師がボノ?だったと思います。)にも会ったけれどダメだったもの。」
「ん?ボノ?」

地元のクリニックはとうの昔に諦め、医師に勧められた魔術師にも会いにいったけれど、魔術師にも治せず、タイにいるという魔術師を今度は紹介してもらったので、お金が貯まったらタイにだけは一度行ってみて、それを最後にしようと思う。と。
うぅ、なんと切ない話でしょう。。。

彼女はこのことを誰にも話せず、ずっと一人で抱えて悩み続けてきたのだけれど、なぜか今夜、告白してしまった。。。と。(困りまた。。)
とにかく、タイの魔術師に会いに行く前に、その病名を知って害はないと判断した私は彼女に言いました。

「私はあなたの親戚でもなければ、村の住民でもないし、ただの通りすがりの日本人バックパッカーだから、私に病名を話しても害にはならないと思うけれど。。。どう?もしかしたらの話だけれど、日本にならマレーシアにないような薬だってあるかもしれないし。」

彼女は、ためらいながらも英語の辞書を何箇所かめくり、それから彼の病気について少しずつ説明を始めました。

無数の蚊が飛び交う民家のベッドの上で、私達は彼の病気について夜遅くまで語り合うことになったわけですが。。。
ここから先の展開は、後編にてご紹介します。

それではまた。ごきげんよう。

安希

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