世界旅2006:北京の高級マンション?にいざ潜入(中国)

おはようございます。お元気ですか?

中国の夏は暑く、北京の雑踏は熱く、言葉の壁は言うまでもなく厚く…。

モンゴルから夜行列車と寝台バスに乗って北京まで来たわけですが、中国入りしてから早くも一週間が経ってしまいました。
モンゴル~中国国境を一緒に越えてきた3人の中国人(寝台列車の4人部屋が、内モンゴル出身のビジネスマン、香港人の建築家、上海人の空間デザイナー、という面白い組み合わせだったのです)
と意気投合し、中国入りしてからもすっかりお世話になっている私ですが、この上海人のデザイナーが私のホテルに残したメッセージーをきっかけに、北京で建設中の超高級分譲マンションを見学することになりました。

外出先からホテルに戻った私は、でっか~い紙に書かれた一枚のメッセージを手渡されました。上海に向けてすでに北京を後にしていた彼女。
メッセージに書かれたさまざまな情報の後半に:

「別件であなたの助けが必要になりました。今日、私は北京で最も高級な住宅である○○を見に行ったのだけど、
展示用フロア(モデルルーム)を見るためには前もっての予約が必要と言われました。私は今日中に上海に帰らなくてはいけないので、
二日後に私の代理でフロア見学に行ってくれないかしら?相手側には、「私の代わりにいとこが来るから」と言って予約を入れておいたので、
お願い!行って来て!ついでに、あなたのビデオカメラで館内を撮影してきてくれれば最高!どうもありがとう。予約時間だけもう一度確認して、連絡するね。
それからもう一件、すごく素敵なカフェを見つけたので紹介しておきます。あなたも気に入ってくれると嬉しいんだけど、場所は・・・・・・。
では、週末に上海で会いましょう。楽しみに待ってます。」

つまり、日本人バックパッカーで中国語が全く出来ない私が、彼女の「いとこ」を名乗り最高級住宅に潜入して館内をビデオ撮影してくる!ってことでしょうか…?
「いくら何でも「いとこ」は無理があるんじゃないかしら?」とメールすると、
「心配しないで。とりあえず彼(香港人の建築家)にもアキの力になってあげてって伝えてあるから。」と返事が…本気ですの?

そこで、電話もない安宿暮らしの私は、公衆電話から彼の携帯へ電話。しかし通じず。何度かトライ。しかしつながらず。上海の彼女に電話。つながった!
「彼に何度も電話してるのに繋がらないんだけど。電話番号あってるのかしら・・・?」と伝えると、
「ゴメン、アキ、今会議中なの。ちょっとその公衆電話の前で待ってて。」そして電話が切れる。
そしてほどなくして公衆電話が鳴り、出てみると建築家でした。(電話番号を一桁書き忘れたため繋がらなかっただけでした。ちょっとぉ、そういう大事なところで間違わないでよ!)
とにかく、彼の協力が得られれば、とりあえず言葉の問題からは抜け出せそうです。あ~助かった~。

さて、予約の日の朝が来て、私と建築家はタクシーで物件見学へ向かいました。香港人の彼に「いとこ役」を代わってもらうのが妥当だと企んでおりましたが、
「いとこは日本人の女性」という最初のウソは曲げられないとのこと。

ストーリは、上海人の彼女のお母さんの妹が私の母親で、日本語が堪能だったので日本に渡って日本人と結婚し、私はハーフチャイニーズだけれども日本で生まれ育ったので中国語が一言も話せないけれど、ボーイフレンドはなぜか香港人の建築家で、ちょうど今、中国国内を観光中なので、広東語訛りの強い北京語しか話せないボーイフレンドを伴って、今日は物件見学にやってきた。
私達の服装がスニーカーにジーパンといった風にラフなのは、何も貧乏だからではなくて、香港や日本のような経済にゆとりのある国の人間は、観光旅行中までわざわざ着飾って金持ちぶりを誇張する必要がないので、自然と服が汚くなったまでである。
従って私達は、物件を見学するに値する経済力を持ち、私の上海人のいとこや伯母は、この高級住宅を購入する可能性を秘めているのである。以上。

タクシーの中での打ち合わせはとても無理がありましたが、やはりここは北京最高級住宅のモデルルーム。
チャイニーズビューティーに取り囲まれ、お名刺をいただき、お茶に、パンフレットにDVDに、と完全に相手のペースに飲まれタジタジでございました。
そして、汚いスニーカーにビニール袋まで巻きつけてもらって、装備万全の私達はフロア見学。案内係りのお姉さまの笑顔は最後まで美しく乱れることなく…。

物件に関しての感想:

広いリビングと数の多いバスつきベッドルームは、さすが。ラグジュアリービルディングです。(フローリング、壁紙、バスのタイルなど、高級感あり)
しかし、細部に関してはあまりパッとしなかったですね。「北京最高級にしてはあまり感銘深い建物ではなかった」という香港人と同じ意見で、
収納で言えば、クローゼットが少なく、キッチンも無駄な隙間がたくさん残っている。とか、細部の工夫で言えば、配水管がむき出しになっている部分があったり。

香港、上海、東京で発達した、「狭い敷地を最大限に利用し、快適な空間を作る工夫」と比較すると、北京の建築は「大陸的」なのだそうです。
確かに建物も道幅も巨大です。
環境が違えば、工夫すべき部分も違う、着目点も違う、価値観も違う、そして発達する部分も違ってくるのでしょう。
そして、土地柄や地域特有の気質のようなものにも影響を与えているのだと思います。

さらに、建築家の彼と話していて興味深く感じたのですが、このフロアの作り、一人っ子政策の中国のこれからをある意味で表現しているらしいのです。
数の多いバスつきベッドルームは、経済的に余裕のある家庭の三世代(子供は一人)がワンフロアに住めるような構造になっているらしい。

中国はこれから、さらに市場経済主義に傾いていくらしいのですが、要するに、富裕層をさらに強化、成長させることで、国全体の経済成長を図るらしいのですね。
そして、都市部の富裕層は夢の高級住宅を手にいれ、一人っ子には質の高い教育がなされ、農村部は変わらず貧しく、子沢山で住宅事情も悪いまま。
これからの中国の都市部と農村部の経済格差、そして富裕層と貧困層の二極分化を、このモデルルームは暗示しているのかなと思いました。(そこまで極端に言わなくてもいいのかもしれないですが…。)

ちょっとメールが長くなりますが、ここで小話をもう一つ。

上海行きの夜行列車に乗るため夕方の北京駅に行った私。駅まで送ってくれた建築家さん(本当にお世話になりました。ありがとう。)と握手を交わして駅構内へ。
しかし、北京駅の人ごみの凄まじさに飲み込まれ、巨大な荷物を抱えてセキュリティーゲートへ押しかける群衆にもみくちゃにされ、押し合い圧し合いの間に15分を消化。
やっとゲートを一つくぐり、次はプラットフォームへ続くゲートを探さなくてはいけません。
が、英語の表記がないので意味がさっぱりわからない。
巨大な駅構内にはゲートがいくつもあり、蒸し暑く、大混雑でもう大変。
焦る私は、手当たりしだい周りの人に切符を見せて、ジェスチャーでゲートを確認したわけですが…状況はさらに最悪になっていきました。

まず、お前のゲートは下だ、と言われたので、階段をばたばた走って下の階へ。そして別の人にゲートの場所を聞くと、今度は上だといわれ、上へ。
とにかく時間だけがなくなり、ゲートが分からず、出発時間が迫ってきて、焦る私。
背中に14キロバックパック、胸の前にはPCとビデオカメラと水などを詰め込んだリュック。
腕には、高級住宅見学でもらったDVDやパンフを入れた手提げをつけて、走る私。額から汗をたらたら流し、吠える私!

走る私の腕をつかみ、中国語で話しかけてくるたくさんの男たち。(誰だ~この男達は~!)
私は彼らを振り切って、吠えて(自分でも何を言っていたのか思い出せないくらいパニック)、階段を走り、人ごみを掻き分けインフォメーションセンターへ突進。
しかし、意味不明の回答に逆切れ大暴走。水のペットボトルもどこかに飛んでいってなくなり、話しかけてくる男を振り切っているうちに、紙袋の取っ手がはずれ、袋が破れ、ボロ袋を小脇に抱え、さらに暴走する私。

「上へ行け、下へ行け、右だ、左だ、列車はもうない、列車はこっちだ、俺にまかせろ、ちょっと待て!」など、めちゃくちゃな情報に完全に翻弄され、くたくたになってしまいました。
出発時間がついに過ぎて、使えなくなった切符を握り締め、全身汗だく、無惨な姿の私はしばらく放心状態。
乱れ飛んだ汗がメガネの内側に引っ付いて、前もろくに見えない。

そして、ふと横を向くと、ポロシャツに黒いズボン、黒い皮バッグをもった、いかにもマトモな会社勤め風の男性が立っていたのです。
私は、彼に切符を見せて相談することにしました。
すると、その男性(おじさん)は、中国語で一生懸命説明を始め、「心配要らない。俺が助けてやろう。」と言っているのです。(そう言っている気がしました。)
彼は、一旦駅構外へ出ると、携帯でしきりに話ながら、人ごみを掻き分けチケットカウンターへ向かいました。(う~ん、怪しい人じゃないでしょうねぇ…)
カウンターで何やら交渉を始めたその男性。すると彼は突然、携帯電話を私に差し向けました。
「Hello?」

電話の相手は彼の息子さんで、英語が出来るので遠隔通訳に入ってくれたらしい。
「あの、どうも初めまして。私は上海行きの列車を先ほど逃しまして、あなたのお父さんの助けが必要なのです。とにかく明日の朝までに上海に行かなくてはいけないので、
どうか助けてくださいとお父さんに伝えてください!お願いします!」
息子さんは、流暢な英語で「父がチケットをどうにかしますので、安心してください」と言い、お父さんも私を安心させようと、何やら丁寧に中国語で解説し、時折やさしくスマイル。
そして、カウンター周辺にひしめきあっていたダフ屋?と、お父さんが交渉し、なんと、新しい(まだ出発していない上海行き)のチケットと交換してもらえたのです。

使えなくなったチケットと新しいチケットを「タダ」で交換?
最初は疑いましたが、なんと言っても「お父さん」が交渉に当たり、新しいチケットを持ったお父さんは、はやくゲートへ戻らないと、次の列車も逃してしまうぞ、と言っている。(らしい)。
う~ん、中国の謎でございます。

お父さんは群衆を押し分け、セキュリティーゲートでは、「彼女の列車がもうすぐ出るんだ!どいてくれ!」と叫び、私のかばんを引っ張って人の海を突き進み、そして、ついに出発ゲートまで連れて来てくれました。
そして何とも不思議、「疑問の切符」は本物でした。
プラットフォームへのゲートを無事通過した私は、ゲートの向こうで見守っているお父さんに手を伸ばし、握手で、「謝謝!」

私を上海行き列車に乗せるため、あらゆる手をつくしてくれた中国のお父さん。
この感謝の気持ち、どうやって表現したらよいのでしょうか。言葉になりません。(言葉、分かりません。)
「よかった、よかった」とでも言うように、笑顔で見送ってくれた中国のお父さん、本当にありがとうございました。

疲労と安堵と感謝の気持ちから、車中にてウルウルっときてしまった私は、翌日、無事に上海に到着。
列車の遅れのため、炎天下の上海駅で二時間も待っていてくれた上海のデザイナーですが、笑顔で迎えてくれました。

言語の壁は厚く、謎解きだらけの中国旅行。
それでも中国の謎を解いていくと、そこには深い懐と人情がありましたよ。

それではまた、ごきげんよう。

安希

追加:
期限切れチケットの交換に関して。中国の列車を逃した場合、逃した指定座席(空席)を、出発後に他の乗客に売る場合があり、その場合、逃してしまった人は、後日、期限切れチケットを窓口へ持っていけば返金してもらえる。
私の逃した席は、次の列車の席よりも一ランク高額だったので、チケットをあらかじめ買い占めていたダフ屋は、逃した席(空席)がおそらく売れるだろうと見込み、そのためにチケット交換に応じて、あとで換金して差額でもうけるという賭けにでたらしい。

いずれにせよ、上海行きチケットは完売状態だったので、ダフ屋が交換に応じてくれてラッキーでした。
しかも高額な席を買っておいたおかげで助かりました。ダフ屋と話をつけてくれたお父さん、ありがとうございました。

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