世界旅2006:ネパールの農村で「低コストで質の高い医療」について考えました(ネパール)

おはようございます。「ネパール農村ライフ」の第3話です。

農村や旅先での体験をもとに、「低コストで質の高い医療」について改めて考えました。
私は医療を提供する側の人間ではなく、「受ける側の立場」でしか書けません、という事実はご理解いただいた上でよろしくお願い致します。

第3話:低コストで質の高い医療

農村の民家で過ごした二度目の夜、火を囲み女座談会を開催した話は第2話で書きましたが、その中で、「18歳のお嫁さんの出産費用」が話題に上ったことがありました。
お嫁さんは出産のためにパタン(カトマンドゥ内)の病院へ1週間入院し、入院&出産費用は28000ルピー(約46600円)だったそうです。
所得(物価)水準が低く(例えばダサイン用の大ヤギ1頭5000ルピー(約8300円))、医療保険制度がないネパールでは28000ルピーは大きなお金です。

また、農村には小さなクリニックしかないので、病気や怪我の時は、大都市(カトマンドゥ)の病院で治療を受けるのが普通です。
そこで、僻地医療、遠隔医療についてあれこれと思いをめぐらせ、例えば農村のクリニックにPCモニターを設置して都市の病院と連携させれば、
「低コストで(町の病院までわざわざ行く必要がない)質の高い(都市の進んだ医療知識の利用)」
を実現できるのだろうか?と考え始めました。

ところが実際はというと、少なくとも私がお世話になった農村の暮らし(風景)のなかにハイテク医療機器(PCなど)が置かれている姿は想像し難く、むしろ滑稽にすら思えるのです。
というのも、農村の人々はとても健康的で、おしゃれで、穏やかで、豊かな暮らしをしているような様子たので、
「都市の医療や最先端医療の恩恵を受けたい」という危機迫る感じはゼロ。
(出産費用の話の間も深刻な感じではなかった。)

また農村にハイテク医療を導入するとなると、見方を変えれば「高コストで(高額設備投資)質の安定しない(利用者の知識レベルや機器のメンテナンス面の問題)」になる可能性が高い。
そこで、「農村の医療システムを改善、低コストで質を向上させるにはどうすればいいでしょうか?」という議題で、姉に質問を振ってみたところ、「のんびり屋のネパールらしい」回答が出ました。

1、「農村は豊かで健康的だから医療システムなんて改善する必要ないんじゃないの?」(…?単純な回答です。)

2、「それに、パタン(高級住宅エリア)の病院に入院するぐらいだからお金もそこそこ余裕があるのよ。
彼も言ってたとおり、親戚、近所が一体になって少しずつお金を出し合うから、つまりそういうコミュニティーを持っているから、コスト面で危機迫る感じはない。
もしも本当に苦しかったらもっと安い病院に行けばいいだけだから。
だから小さな病気であれば、農村に古くから伝わる知恵やクリニックや占い師で治せるし、よほど大きな病気になったらみんなでお金を出し合って、山をおりて入院すればいいぐらいに考えていると思う。」

(医療保険制度が無い代わり、コミュニティーが保険の役割を果たしているということでしょうか?そして、できるだけみんなで健康を維持して小さな病気は自分達で治そうという意識(健康管理)や、大病をしないための自己管理が、医療費用の出費を抑制する。低コストですか?)

3、「それからねえ、日本みたいな西洋医学&ハイテク中心の国から来た人にはバカにされるかもしれないけど、こっちはもっと東洋医学や宗教医学(チベット医学など)が割と主流だったりするのよね。
子供が風邪を引いたら、まず一家で正装してリンポチェ(高僧)のところへ出かける。
すると高僧は人々の話に注意深く耳を傾け、それまでの人間哲学&人生経験を踏まえて診断を下します。
『風邪です。ゆっくり眠り、穏やかな心で生活しましょう。』と。
または、例えば糖尿病の人には、『コルラ(周回歩行巡礼?)に力を入れなさい』と注意する。
すると信者は、絶対に治ると信じて毎日ぐるぐると歩き回り続ける。まあ、あれだけ歩かされたら病気は治るよ。」

(彼らは独自のコミュニティーを持ち、その中には医療や人生の相談をできる「信用高き経験者」がいて、人々は与えられた知恵を頼りにじっくりと健康回復につとめる。また、相談することで、彼らなりの安心を得ることができるシステム。)

以上の話を総合すると、我々日本人の感覚では「民族面白マメ知識」ぐらいに思えてしまうかもしれませんが、私は彼らなりのシステムに多少なりとも感心し、旅先で聞いた別の話を思い出しました。

これは、スウェーデンの医学校に通う学生さん(スウェーデン人)とモンゴルで話をした際のことですが、ITを使った遠隔医療システムの話をしてみたところ、彼の口からは、意外で印象的な言葉が出てきました。

彼のお話:

医療分野のIT化は現在急速に発展してきていて、その利用者や利用頻度も非常に高まってきているのは事実だね。速くて便利だから。
だけどその一方で、ITやハイテク機器に依存しがちな医療現場の実態を懸念する声もとても強まってきているんだよ。
そして、僕の実感としては「ゆっくり、じっくりの医療」の方がむしろ注目をされて来ていると思う。
だから僕にとっては「IT化された医療」よりも「東洋医学」や「自然治癒力」の見直しの方が格段に興味があるんだよね。
日本もすごくハイテクの国だから、僕の話には驚くかもしれないけれど、医学校でまず初めに受ける訓練(勉強)が何だか分かる?
それは「患者の話をひたすら聴き続ける」こと。これが想像以上に大変なんだ。最初の一学期は何もさせてもらえないし、何も言わせてもらえない。
ただただ真剣に患者の話を聞き続けるだけという、若い医学生にとって過酷なトレーニングが続くんだよ。
それに比べればITやハイテク機器中心の医療は手軽で忍耐力を要さないから、その世界ばかりがどんどんと一人歩きしていくんだよね。

さて、結論を急ぐ前にここでもう一つ、私自身の「旅道中におけるセルフ人体実験&健康の記録」をレポートしたいと思います。
モンゴルで大変な体調不良を起こしたことは7月のレポートで書きました。

下痢、発熱、激しい関節の痛み、吐き気、と、踏んだり蹴ったりで、日本から持っていった医薬品の3分の1を大量消費。
治ってはぶり返し、さらに激しくなり、さらに薬に頼る。
そしてついにサバイバルキャンプも中断し、挙句の果てには三日三晩ベッドの上で苦しみ続けるという有様。
環境の急激な変化、不衛生、疲労が重なるとああいう状態になるのだなと身を持って悟った私は、健康管理法に対する考え方を少し改めました。

まず、世界60ヶ国を旅行中のカナダ人のおじさんのアドバイスを聞き入れ
「薬に頼らない。水が煮沸されているかどうかに徹底的にこだわる。お腹が怪しいときは食べるのを止めて様子をみる。そして、おかゆとヨーグルトだけを食べる。」

それから、体調不良時にフォーラムに宛てた「遠隔処方依頼」に対する回答として、スタッフがアドバイスをくれましたね。(その節はどうもありがとうございました。)
「薬剤師としては何も言えなくなってしまいますが…」と前置きしつつ、「薬よりも「うめぼし」のほうが案外効くかもしれません。」とのことでした。
あれ以来、「うめぼし」で体調を維持しています。

現在「現地の生活に密着した旅」ということで、あまり良くない衛生環境で生活したり、多少あやしいものを口に入れることもありますが、
危険レベル1の時は「熱いお茶」、レベル2は「うめぼし」、レベル3は「漢方薬」と使い分けて、モンゴルを出て以来はお腹も健康も問題なしです。
ラサで飲んだ頭痛薬少し(高山頭痛)以外は、薬に頼ることもなくなりました。
そして、「うめぼし効果」に代表される健康管理の知恵は、旅先での人々の暮らしのなかにも発見することが多いのです。

中国、チベットの熱いお茶(白湯)や、ネパール農村部の、朝から山に登りぶらぶら体操をする習慣。
民家にお邪魔した際には、万全ではない衛生環境(水牛の糞かき集めた手で食器を水洗いしたり、食事にもヤギの毛が多数混入していたり)にも関わらず、お腹も壊れなかったのは彼らなりの知恵があったからだと思います。

とにかくよくチャイを飲み、ラッシー(水溶きヨーグルト)を食事と一緒に取る。
そして、「肉と牛乳は同じカテゴリーの食品だから伝統的に一緒には取らない」代わりに、肉や脂っこいもの、刺激的なものには必ずラッシーをつける。などなど。
「健康を維持する知恵」を生活の中に生かして、「継続的な健康管理」つまりは、医療に頼らない努力をしているのだと感じます。
医療に頼らない=医療コスト削減 というのは言うまでもない話です。

以上の経験から「低コストで質の高い医療」を考えた結果、何も「うめぼしを食べてリンポチェに相談に行きましょう」と言っているわけではありません。
ただし、「うめぼし」や「経験者への相談」といった方法でも、ケースによっては「ノーコストで質の高い健康法」が実現できると思います。
そこで重要になるのが、「どの部分にハイテク設備やIT技術や医療予算(金)をかけ、どの部分で削るか」ということ、
つまり、「医療費の使われ方を調査分析し、必要、不必要を仕分けして、不必要を徹底的に切り捨て、それに代わる低コストのものを探す」必要があります。

日本には「ハイテク=高価=良い!」みたいな迷信も多いと思いますし、本当は「うめぼし」を食べればよかった程度のものに、過度に医薬品が使われたり、
例えば地方自治体が主体になって「朝のラジオ体操」でもやったほうが健康なのに、そこへ高額IT機器の導入だけが決定され、あまり活用されていないということもあるのではないでしょうか?
「西洋医学=特効性がある=良い!」という考え方もどうなのでしょう?
「じっくり、ゆっくり、健全な身体を作っていきましょう」という考え方をもっと広めていくのも良いと思います。

また、旅先での経験から「医療費削減と質の向上は、医療の世界で考える問題」ではなく、生活や社会システム全体として取り組むことで実現可能な問題だと考えるようになりました。
予防医療の分野であれば、ハイテクに頼らなくても、「健康を維持する知恵」を取り入れたり、「健康を省みず医療に頼る風潮」を改めたり
(朝から点滴を打って会社に来る人、カップラーメンとタバコだけで深夜まで残業する人!将来の医療費食いつぶし予備軍も多いですぞ!)、
高齢者の認知症や孤独防止のために、例えば継続可能な量と質の仕事を続けてもらう。など。

ほかにも、農村の健康的な暮らしから学んだこととしては「ノーリタイヤメント」のシステムがありました。
生涯を通じて仕事(農作業や子供の世話)があり、生活が急変しないまま、いつまでも社会や家族の役に立ち、尊敬される存在として、本人も緊張感を持って健康維持につとめていて、病院で暇をつぶす必要など絶対にない。(低コストで質の高い健康法)

また以前、スタッフのメール(メールへの返信)の中で、医療をヒューマニティー(ケアの部分)とテクノロジーの部分に区分けされてましたが、ヒューマニティーの部分を医療分野以外の面から補足できれば、そういう部分にかかる医療コストの削減にもつながるのではないかと思います。
(注:もちろんお医者さんにはヒューマニティーの部分も磨いていいただきたいです)
「話題があって、相談ができて、安心が得られる場所」
…難しいですねぇ。
宗教色の薄い日本では、「お医者さま神話」がダントツ人気でしょうか…。

心理療法士や臨床心理士の需要も増えてきているでしょうしねぇ…、こっちも医療保険は使えますか?医療費に含まれるのでしょうか?
日本の社会も病んでいますねぇ。

話が長引いてすみません。結論を先延ばしにしていたら、ポイントがずれてきました。
とにかく、医療費が必要な部分、不必要な部分をもう少し調査分析して、

■ 不必要な医療設備や治療、効率の悪い医療プロジェクトを洗い出す

■ 不必要に医療に依存する傾向や人は、社会システムや生活の面からも改善を促して、結果として医療費を削減する

というのが言いたかったことだと思います。たぶん。

このフォーラムの参加者は医療関係以外の人も多いので、社会面(医療以外の部分)から切り込んでいくプロジェクトもこれから増やしていきたいですね。

ちょっと的を得ないままここまで来てしまいました。
誰か上手な言葉でまとめてくださる方、いらっしゃいましたら「要約」をお願いします。

それではまた。ごきげんよう。

安希

追伸:
ネパールを離れる前に、チベット医学のお医者さまに診てもらおうと思います。
脈だけで診断してくださるという噂ですが、
「あなたは頭と性格が悪いです。もっと徳を積みなさい。」
なんて言われたらどうしよう~。戦々恐々。

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