世界旅2006:お祭りの華、生け贄のヤギをご馳走になりました(ネパール)

おはようございます。安希です。ネパール農村ライフ第2話です。

第2話:ネパール、ド田舎体験記

ネパール最大のお祭り「ダサイン」をローカルファミリーと祝うため長距離バスを途中下車した姉と私。
先ずは、ローカルバスに乗って山をいくつか抜け、もう少し小さな町まで行くことになりました。
ところでこのローカルバス、その混雑具合たるや凄かった。
ダサインの為に里帰りする人々でごった返しているのです。

二人がけシートには四人が重なり合うように腰かけ、通路は荷物の山になって足の踏み場が無く、屋根の上一杯に乗っている男の子達の、屋根からはみ出した足が窓の横に幾本もぶら下がり、山道のカーブに来ると、遠心力で振り回された荷物が屋根の上から落っこちたり、という具合でした。

足の置き場が無い為に、車内のつり革(縦に伸びた鉄パイプ)にぶら下がった私達は「ネパール版けんすい運動」を体験。
上腕二頭筋をプルプル震わせながら町を目指したのでした。

さて、町に着くと、彼は家族へのお土産だと言って、乾麺やりんごを買い始めました。そこで私と姉もお土産を探すことに。
とても暑い日だったので、子供達にコーラでもどうかしら?と思った私達は彼に質問。
「ねえ、あなたのお家には冷蔵庫はあるのかしら?」

彼は、家に冷蔵庫は無いと言った後に(あやふやな英語と日本語のミックスで)こう続けました。
「アキさん、水とトイレットペーパー買っていくがいいねー。僕の家の近くにもお店あるねー。だけど水とトイレットペーパー無いねー。」
「…はい。水とトイレットペーパーね。分かりました。」
水2リットルとトイレットペーパーを用意した私達は、いざ彼のお家へ。
「アキさん、ここから歩いて行くねー。一時間くらい。途中で休みながら行くねー。」

町へ来ていた彼の従弟と近所のおじさんとお友達も連れ立って、私達は彼のお家へ歩き始めました。
そして歩き始めてすぐに気づいた。『道が無い?』
ということで田んぼのあぜ道を一列に並んでしばらく歩くと、川にぶつかりました。
川の深みには水牛が二頭、背中まで水に浸かって心地良さそうにしています。そこで気づいた。『橋が無い?』
スニーカーと靴下を脱ぎ捨てた私達は、ズボンの裾をまくり上げ、ジャバジャバと水の中へ。
水牛さんのお隣を失礼して川を抜けると山が近づいてきました。そこで気づいた。『山登り?』

前を行く従弟の少年がつけてくれる「足場」を辿りながら、私達、斜面を登る登る!
息が切れて汗が額を流れ落ち…。そして一回目の休憩になって、並んで腰を下ろした姉と私は、ペットボトルを手に呟いた。
「水…。」「…足りないよねぇ。」「足りないねぇ…。」「明日の朝、生け贄のヤギだけ見たら下山しようか。」「うん。」

アゴから滴り落ちる汗が地面に吸い込まれ、びっしょり濡れたポロシャツが背中に貼り付いて…、姉と私は再び呟いた。
「シャワー…。」「…無いよね。」「無いねぇ…。」「明日、できるだけ早く下山しよう。」「うん。」
結局、3回の休憩を含む約2時間のトレッキング経て、日の傾きかけた夕方、ついに山頂付近の斜面に建てられた彼のお家へたどり着きました。

ではここで彼のお宅を紹介しましょう。
まず、赤土壁のお家は、バナナの木に囲まれて、棚田の続く山の斜面に建っています。
シャワーなし、水道なし、ガスなし、冷蔵庫なんてあるわけなし。

家の中も土作り。床に掘った穴(日本で言う「いろり」)に薪をくべ、その上に鍋をのせて妹さんがクッキング。
家の横には三畳くらいの小さな小屋(日本の「はなれ」でしょうか)があり、それももちろん土作り。
反対側の横には、家畜の小屋が並び、中にはヤギ(頭数不明)、外には水牛4頭がいて、彼の弟さん(一ヶ月の娘がいる)やお父さん(おじいちゃん)が乳搾りをします。
家の前には簡単なブランコがつるしてあって、妹さんの娘(3歳と1歳)が一日中二人乗りをしながら大声で数を数え、その面倒を彼のお母さん(おばあちゃん)が見守ります。

ところで私達が泊めてもらうお部屋はというと「はなれ」。
土壁の室内にはシングルベッドが一台あり、穴の開いた蚊帳がかぶせてあって、天井にはビニール袋が貼ってあります。
そして中の白熱灯を点けた私達は気づいた。

「かっ、壁に巨大グモが!」

子供の手のひら大のクモが壁のあちこちに!しかも卵を抱えたクモまでいるじゃありませんの!(さすがにビビりました。)
彼は、「ごめんねー。ゴキブリたくさんいるねー。蚊もたくさんねー。この蚊帳使ってねー。」と余裕の表情。
しかし、余裕を失った私の口からは変な言葉が…、
「オッケー、オッケー。大丈夫ねー。ゴキブリ私のフレンドねー。モスキートー私達のファミリーねー。だけどねー、クモは、クモは私達のお友達じゃなーいのねー。」

私が推測するところ、彼らはクモをまるで怖れていません。
クモを怖がる私達が面白かったのか、妹さんまで大はしゃぎして、楽しそうにクモの駆除(全部ではないけれど)を始めました。もちろん素手で。

表に椅子を出して食事を終えると、やることもなくなって、農村のゆったりとした夜になりました。
近所の子供や親戚が入れ替わりやってきて表に座り込み、おしゃべりが続きます。
目が合うと皆さんニッコリと微笑んで、家の外にはとても穏やかな時間が流れています。
停電して暗くなった夜空には満天の星。蛍も飛んでいましたよ。

「はなれ」滞在時間をできるだけ短縮する作戦の私達は、「もう寝る?」と聞かれるたびに、「この美しい星空をもう少し眺めていたいわ。」と、遠まわしに入室拒否。
いつまでも夜空を見上げながら、翌朝までの時間を計算し、明日の下山の手順に思いをめぐらせておりました。

いよいよ避けて通れない就寝時間がやってきました…。
笑顔で「おやすみ」と言った後、私達は完全武装することに。
まず、フリースの裾をズボンの中に入れ、フードをかぶって紐をきつく絞る。
そしてマスクをかけてサングラスを掛け、靴下のなかにズボンの裾を入れる。
完全密閉状態でシングルベッドに二人で横たわると堅く腕組みをして、頼りなげな明かりを灯したまま就寝。(うとうとするだけで全く寝ていない)

そして夜中に目を開けた私は、蚊帳の天井からぶら下がる怪しげな物体を発見!
「ちょっとお姉ちゃん、何アレ!?」
拳半分ぐらいの大きさの白くてブツブツした物体が今にも落っこちてきそうなのです。
「クッ、クモの卵!」「違う!変な虫!」「何よコレ!!」「ぶつぶつの昆虫!」「どこから来たのよ!」「知るわけ無いでしょ!」

私と姉は縮み上がり、渾身の力で抱き付き合って(あ~やってしまった。)ガクガク震えるばかり。
「ちょっとぉ、蚊帳を揺らすなって言ってるでしょ!虫が落っこちてくるでしょ!」
「そっちがユサユサやってるんでしょ!!」
「だから動くなって言ってるでしょーが!」
「しゃべると揺れるでしょ!!」

ひとしきり抱き付き合って息も絶え絶えになった私達の目も、徐々に薄闇に慣れてきて、よく見ると、それは蚊帳の内側にぶら下がった虫ではなくて、蚊帳の上に転がった小さな「トウモロコシ」だったのでした。(・・;)

トウモロコシが突然蚊帳の上に落ちてくるあたり、さすがはネパールのミステリー。
この後は土砂降りの為に雨漏りが始まり、水に侵されて使用範囲が更に狭くなったベッドの上で、私達は超密着状態&硬直状態で、一刻も早い夜明けをただただ祈り続けたのでした。

待ちに待った朝が来ました!(唯一の露出箇所だった手の甲を蚊に刺された以外は無傷!)
今日はダサインということで、午前中は生け贄のヤギ。午後はヤギのクッキングです。
地元の若手男子たちが、近所の家を回って用意されたヤギを殺していきます。

まず、家の戸口の前で、その家の人間(または占い師)が赤か白の粉を撒いて儀式開始。
ヤギには清めの水をふりかけ、一人がヤギの角、一人が両足を引っ張って固定。そしてもう一人が大きなナイフを振りかざしたかと思うと首をスパッと切り落とします。
首と胴体がバラバラになったヤギは、その後もしばらく動き続けます。
青年達はヤギの胴体を逆さに吊るしてタライの中に血を溜め、その血は後で煮詰めて、ご飯に混ぜて食べます。(うん、まずまずのお味でしたよ。)
それが完了すると、青年達はぞろぞろと次の家へ行き、次のヤギの首を落とします。

この日は全部で5頭のヤギのギロチンに立ち合わせて頂きました。
全て一発で首を落とした青年達の技術の中に、彼らの伝統と誇りを見せてもらった気がしますね。

さて、生け贄のヤギは、毛をむしり取られ、足も内臓も綺麗に解体されて部分分けされ、女性陣のクッキングの材料に。
まずは、「フレッシュなキドニー(腎臓)をどうぞ」と手のひら一杯に差し出されたのは、ぶつ切りになった生の内臓。
レバー(肝臓)の間違いではないかと思いましたが、まあ医者でもない私には関係のないことなので、気にせず頂くことに。
日本のレバ刺しと同じ感じですね。
ただ、見るからに血が抜けていないのとグロテスクなぶつ切りというところがちょっぴり違う点です。

次は内臓のカレー。
ゴムバンドのようなものや、指サックみたいな形のゴムゴムしたもの(内臓で指サック型の部分といえばどこでしょうか?)が入っていました。
(体が拒絶反応を起こし、飲み込もうとしてもカレーが逆流してきてしまう姉は、この時点で内臓関連の食べ物からリタイア。)
次は炒め物。骨付き肉と、噛めども噛めども噛み切れない分厚い皮膚がターメリックで炒めてありました。

さて、私達の下山作戦ですが、結論から言うと失敗に終わりました。
彼に、「もう一晩泊まって行ってねー。僕の家族みんなねー、長く居て欲しい思ってるねー。」と懇願され、
確かにご家族や親戚のみなさんには本当に親切にしてもらっていたし、さらに、彼の説明では「祝日だからカトマンドゥへ行くバスはない。」ということだし…。
彼とは何度も話し合いましたが、だんだんと疲れてきて、感覚も鈍り、考えることが面倒になり、そして、「明朝には絶対下山」の約束だけはどうにか取り付けて、「はなれ」での二晩目を迎えることになりました。

下山できないと分かれば、もう腹をくくって山生活を楽しむしかない!
私達はまず、山肌を流れる湧き水を使って青空シャワーを敢行。
そして夜には家の中にお邪魔して、妹さんと弟さんのお嫁さんと私達で火を囲み、女の座談会を開催することにしました。

私達が話し始めると、お茶碗を持ったお父さんが笑顔で登場しました。お茶碗の中にはヤギの目玉二つと脳みそが入っています。
「お父さんはね、目玉と脳みそが大好物なのよ。」
妹さんはそう言って微笑み、目玉と脳みそをお鍋の中へポチャと放り込みました。
お鍋をかき混ぜながら私達は話を続けます。

「ところで妹さん、あなたはお幾つですか?」「22歳です。(3歳と1歳半の子供がいます)」「22歳!ですかぁ…。」
「それではお嫁さんは?」「18歳です。(赤ちゃんがいます)」「18歳!!ですかぁ…。」姉と私、にわかに沈黙。
すると彼が解説を始めました。
「僕の妹さん、17歳で結婚したねー、お嫁さん、16歳で結婚したねー。」
「あら・・・・・。そうなの・・・・・。」私と姉、ここで撃沈。
「二人は結婚はしませんか?」「しませんねぇ。」「どうしてですか?」「どうしてかしら。」「ネパールねー、みんな若くて結婚するねー。」「日本ではみな年老いて結婚します。」
妹さんはオタマで目玉をすくい上げ、煮え具合をチェックして微笑み、お嫁さんは赤ちゃんのお尻をなでなでしながら微笑み、夜は和やかに過ぎていきました。

さて、クモについて考える間もなく眠りに落ちた私達(疲労に助けられ暴睡することができました)は、妹さんご自慢のほうれん草の炒め物と、お父さんが絞ってくれた絞りたてミルクと、もぎたてのバナナの朝食を取り、ご家族や近所の皆さんの熱いお見送りを背に下山しました。

ところが下山までしたにもかかわらず、「心配ないねー。もう少しここに居てもいいねー。」と、相変わらず彼一人が、我々の切羽詰ったカトマンドゥ行きを理解していない。
祝日でも一本ぐらいはバスが出ているはずだ、という他の人からの情報を頼りにバスを探そうとすると、「僕、探すねー。アキさん、ここで休んでいてねー。」と的を得ない。
ここでついに姉が反抗!(姉は切羽詰ると英語を話すらしい)
「あのねえ、何度も言うけど私は明日学校があるのよ(ウソです)。だからどうしても今日中にカトマンドゥへ行かなくてはいけないの!妹も今夜人と会う約束があるの!(ウソです)何度も言ってるんだからいい加減理解しなさい!」

彼は、バスが午後には「たぶんMaybe」ある。と言ったり、次の瞬間には「必ずSure」あると言ったり。明朝10時までは無いと言ったり、意味が分からない。
(彼は私達を引きとめたかったのとバスの運行状況が全く分からなかったのだと思います。)

ここで私は決意。
「Meybe、Sure、Maybe、Sure、ってさっきから繰り返してるけど、要するに知らないんでしょ?だったら僕には分からないって言えばいいじゃない。私達でどうにかするから。」
「心配ないねー。僕、知ってるねー。」
「だから知らないんだってば。だからもういいわ。私が信じるのはMaybe Sure Maybe Sureの情報じゃなくて、自分の足だけ。だから歩いて山を越えます。」
というわけで、私と姉は約20キロのハイキングで数日前に長距離バスを降りた地点を目指し(もちろん道中でのヒッチハイクを狙いつつ)、そこからは毎日同じようにやってくるであろう長距離バス(昼ごろ通過するはず)を最ヒッチする作戦にでました。

すると、約1時間ほど歩いたところで、私達は神の足音を耳にしました。
後ろからバスがやってくるではありませんの!

「死んでも止めるから。」

並々ならぬ決意のもと、私達は迫り来るバスの前に飛び出して
「ストーップ!ストーップ!ストーップ!!」
ギギィ~と音を立てて、バス、止まりました!止まりましたよ~!

この後、バスの中で知り合った「とてもしっかりした少年」がカトマンドゥまで行くというので、私達も彼についていくことにしました。
長距離バスへの乗り継ぎもバッチリ。
親切な少年の助けのおかげで、バス料金をぼったくられることもなく、昼過ぎにはカトマンドゥに到着。
アパートに戻った私達が最初にしたこと?それはもちろんシャワーです!(生きているって最高~ですね!)

私達をホストしてくれたご家族の皆さん、親戚の皆さん、ご近所さんに感謝します。
農道ですれ違うたびに、「ナマステー」と言って手を合わせ、微笑んでくれた農村の皆さん、美しかったです。
またいつか、山を登って会いに行くかもしれません。それまでにはクモ恐怖症も克服しておきますね。

次回は「低コストで質の高い医療」です。
農村や旅先での体験をもとに、予防医療についても考えてみようと思います。
結論らしきものに辿り着くかどうかは怪しいですけれど…。

それではまた。ごきげんよう。

安希

メールが長くなり失礼致しました。

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