世界旅2006:Hello Money?と手を差し出す物乞いの子どもたちについて(チベット)

どうもこんにちは。安希です。

第3話:旅行者の責任

旅を始めて三ヶ月。まだ三ヶ月しか経っていませんが、何が一番印象的だったかと聞かれれば「物乞い」です。
特にチベット自治区を抜けてきた今、「物乞い」について考えずにはいられなくなりました。

体当たりでお金や物をねだってきたラサの子供達。お金を渡さない私を非難の眼差しで見つめながらいつまでも右手を引っ込めようとしなかった老婆たち。
バスの外から窓ガラスを叩き続けた物乞い。
11時間のヒッチハイクの間、ほとんど片時もそばを離れずにいつまでもいつまでも物とお金をねだっていた沢山のストリートチルドレン。

出会い頭の挨拶として「Hello Money」を覚えてしまった小さな街の小学生達
(どの街へ行っても、Helloではなく、みんなHello Money と言って右手を差し出して挨拶をしてきました。)
トラベラーを見ると、走って追いかけてくる子供達も数多く…。

寝ているとき以外、物乞いの存在を感じずに旅をすることは、ほぼ不可能かもしれない、というのが率直な感想です。
では、私は彼らにお金を渡せばよいのでしょうか?それとも渡すべきではないのでしょうか?

先進国の所得レベルで考えるところの「微々たる額のお金」を渡せば、私は彼らから(たとえ建て前だけであっても)感謝され、彼らは私の視界から姿を消したでしょう。
けれども、私はお金を渡すことを拒み続けました。
その判断が正しいか正しくないかという議論はここではおいておくとして、とりあえずは「物乞い」を生み出した原因について考えました。

「物乞い」は旅行者が生み出した産物です。

彼らよりお金持ちの地域からやってきた人間が、目の前にいる貧しい人々に対して安易に(安易でない場合もあるかもしれないけれど)お金を渡したことが物乞いの始まりです。
Hello Money と言って右手を差し出せば旅行者は簡単にお金をくれる、と信じさせ、この信念は回を重ねるごとに
「お金をくれない旅行者のほうがおかしい」や「他の人が貰っているのだから自分ももらって当然」
という認識に変化し、旅行者からはどんな手段を使ってでも何かを恵んでもらうのだという意識が、アグレッシブになった物乞いたちの態度に表れているような気がしました。

一例としては、物乞いに対して慎重な姿勢(簡単に物をあげたりしない)を取り続けていた韓国人の青年が、一度だけミスをしたことがありました。
小さな農村でハイキングの途中に出会った少女と話しているうちに、学校での勉強の話題になり、その少女は「学校で頑張って勉強するためにはペンが必要なのでペンが欲しい」と言いました。

私は、「Hello Pen?」と右手を差し出す子供がいることを予め何かの本で読んでいたため、彼女には「学校で頑張って勉強するのは良いことだけど、あなたにあげるペンは持っていない」と答えました。
すると隣にいた彼が韓国製の高性能のペンを取り出し、「この高性能のペンをあげよう。これで頑張って勉強するんだよ」と言って高級ペンを一本渡してしまいました。
少女は大喜びで、彼に何度も何度も礼を述べて去っていきました。(何もあげなかった私は、タダの冷たいおばちゃんに成り果てて…。)
それからしばらくハイキングを続けていると、Hello Helloと叫びながら後ろから別の少女達が走ってくるのです。
息を切らせて追いついた彼女達は、手を差し出して、Pen? Pen?を繰り返しました。

つまり、ペンをもらった少女から情報を聞きつけて、彼女達は私達を追いかけてきたのです。ここで青年は「ペンを渡したことは僕のミスだった」と認めました。
そして、友達は高級ペンを手に入れたのにもかかわらず自分達は何ももらえなかった少女達は不満そうに去っていきました。

つまり、私達にとって「たかが一本のペン」が「Hello Pen? 少女」を生み出したり、彼女達の間に不公平を生む結果になることもあるのですね。
旅行とは一時的なものであり、地域から地域へと通り抜けていく行為に他ならないのですが、「旅行者の責任」といったものがあるとすれば「立ち止まって考える努力をする」ことではないかと感じています。
これは別に時間的な意味合い(長時間立ち止まる)ではなくて意識の問題です。

「ある土地に立ち寄りました。目の前の子供がHello Moneyと言いました。金を渡したら喜びました。さようなら。」ではなく、
彼らの生活を長期的に、また包括的に考えて行動しなければいけないように思います。これが金持ちの地域からやってきた旅行者の責任ではないかと。
物乞いの子供達をどれだけ増加させても、また彼らに対して、一瞬で消えてしまうような小銭をどれだけ渡してみても、子供達の将来を好転させることは出来ないと思います。

ここでもう一つ、モンゴルでの話を取り上げたいのですが、モンゴル人の友人にストリートチルドレンのことについて訊ねたことがありました。
「彼らはどうしてストリートチルドレンになってしまったのか。物乞いで生計を立てる以外に生きる方法はないのか」と。

答えは、「ドメスティックバイオレンス、両親の離婚、少数ではあるが貧しさ、がストリートチルドレンを生み出している。
そういった子供達はストリートの組織(マフィアみたいなもの)に取り込まれ、物乞いを学び、学校にも通わずに生きていくことになる。
公的に子供達を保護する施設(孤児院みたいなもの)も当然あり、そこでは寝食の世話が受けられ、また学校にも普通に通うことが出来るが、多くの子供達が施設を抜け出して再びストリートの生活に戻ってしまう。
理由としては、学校へ通わず友達仲間と一緒に物をねだりながら生活しているほうが楽だから。
そして、彼らは成長してからも読み書きが困難な場合が多い。」というものでした。

モンゴルで聞いた話を鵜呑みにして、「だから子供達は施設に行ったほうがいいのだ!」と言いたいわけではないのですが、
「物乞い」を生活の手段として提供してしまっているのが旅行者であり、またお金を渡すことでその行為を(致し方なきにしろ)肯定してしまっているのだとすると責任重大です。

つまり、「物乞い」以外の方法で生活していく知恵や、教育の大切さ、ストリートに残ることの無意味さを子供達に理解してもらうには、「お金を撒かない」という選択をしなければいけないと思います。
先ほどの「立ち止まって考える努力」に戻りますが、「彼らの生活環境、生活背景、生活レベル、価値観、将来」など沢山のことを熟考した上で、目の前の物乞いに何をすべきかという判断を下し、
そして自分の行為が後々彼らに与える影響に対しても常に責任の意識を持たなければいけないと、今はそんな風に考えています。
(例外として、例えばインドでは物乞いという職業的階層があったり、障害を持っているにも関わらず公的補助がほとんど受けられない場合や(中国の道端には障害者が非常に多かったです)、
また国が貧しすぎて子供が見殺しになっている場合などもあるので、あくまでもケースバイケースですが。)

話が長くなりますが、この物乞いと旅行者の関係からもう少し進んだところで、途上国と先進国の関係にも触れておきたいと思います。

第1話のなかでも 「ただお金をつぎ込むことや近代化=豊か」ではないと書きましたが、先進国が途上国へ援助する場合、やはり大切になるのは
「立ち止まり、その土地に本当に必要なシステムについて慎重に検討すること」だと思います。
このプロセスには、現地での調査、地元住民との話し合い、慎重な計画、そして時間をかけて実行する、という骨の折れる作業が必要になります。

つまり、「先進国から大金を持ってきました。高性能の機械も持ってきました。食料だって一時的に用意しました。医薬品もありますよ。それらを上空から投げ落としました。先進国ってすごいでしょ?どうやら貧しい皆さんは喜んでいる模様。それでは自由に使ってください。さようなら。」
というのでは、本当に百害あって一利なしです。

確か今年二月、ノーベル賞受賞者のマータイさんの講演会に参加させていただいた際、アフリカで慈善活動をしている日本のグループ(企業)からのレポートがありました。
そのなかで、砂漠化が進んでしまったアフリカの農村(砂漠化=食糧難、水不足、生活環境悪化、衛生環境悪化)での活動が紹介されました。
それは、日本で昔から行われてきた「土作り」を地元住民に伝授し、土を育て、木を育て、森を育て、水をよみがえらせ、果実を実らせ、野生動物が戻り、人々は持続可能な(これからもさらに育てていく余地のある)環境とノウハウを手に入れた。というものでした。
確かに作業にはとても時間と手間がかかりますが(水が出るのに7年かかったとかだった気がします)、
この例に見られるような、その土地の状況と未来を親身になって考えることこそが、援助する側には一番求められているのだと、今改めて思いますね。

ヒッチハイクをして路上にいた11時間という長い間、ずっと傍らでしゃがんでいた子供達の目を見て「NO」と言い続けることは容易なことではありませんでした。
(きっと子供達の目には、いじわるおばさんにしか映らなかったと思うし…。はぁ。)
あの時の何ともいえない重い気持ちをいつまでも忘れずにいたいと思います。
そして、お金持ちの国の人間が行うべき適切な援助を、これから長い時間と手間をかけてやっていかなければいけないと感じました。

旅を続けることで日本の「すごさ」を強く実感します。
資金、技術、知恵などなど、日本は本当に世界でも数少ない発達した国だと思います。
そして、日本からの旅行者、日本からの援助に求められているのは「本当の意味での成熟した対応」であり、また私達の国はそういった対応が可能なレベルにあるのだと、旅をつづけながら感じております。

私達「アジアパシフィック医療改革フォーラム」としても、
「その地域の特徴にフィットし、地元住民が持続して利用発展していけるような医療システムを一緒に考え、時間をかけてサポートしていく姿勢」が大切なのでしょうね。
全くにもって骨の折れる作業ですねえ(^^;)

とまあ、ラサ~カトマンズのシリーズは終了です。
第3話は柄にも無く真面目路線だったので、次回はネパールを題材にコメディーでいきましょうか。(^^)
ネパールはご飯は美味しくて最高だけれども、ちょっと電波関連の弱い国ですね。3G携帯も繋がらないし…。
WHY?

それではみなさん、ごきげんよう。

安希

スタッフからのメール(抜粋):

安希さんへ

>そして、日本からの旅行者、日本からの援助に求められているのは「本当の意味での成熟した対応」であり、また私達の国はそういった対応が可能なレベルにあるのだと、旅をつづけながら感じております。

って重要ですね。ペンの話しも含め、宇宙船地球号の山本先生とか、学部時代にお世話になった国際協力で有名な先生のお話をほうふつさせますね~。

スタッフ

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