世界旅2006:標高4000メートルで酒盛りを!(チベット)

こんにちは。安希です。
第2話は基本的にヒッチハイク体験記なので、とくにテーマもポイントもありません。予めご了承下さい。

第2話:郷に入っては、郷に従い飲みまくれ!

ラサ~カトマンズのヒッチハイクは、チベット第三の都市、ギャンツェまでは怖ろしく順調でした。
検問もなく、交通手段もすぐに見つかる。ドライバーも乗り合わせた人々も親切で、あっという間にギャンツェに辿り着きました。
しかし、ギャンツェからヤドンという田舎へ行くという段になって、いよいよ許可証の影響力を実感するはめに…。そうか…、許可証がいるのかぁ…。
街のチベット人ドライバー達には正直に許可証を持っていないことを告げ、それでもヤドンまで乗せてくれないかと交渉しましたが、
「連れていってあげたいけど、許可証がないと難しいなあ…」と、とても残念そうに断られました。

ローカルチベット人にとってはお金になるせっかくの話なので、彼らはもちろん車を出したいけれど、中国の検問が厳しすぎて、ヤドンまで行くのは不可能とのこと。
う~ん、やられました。
しかも、街のはずれの橋が壊れてしまって交通が麻痺し、、バスに紛れ込むことも出来ない。
というわけでヤドンを諦め、一度シガツェへ戻り、そこからサギャという比較的小さな町の方へ行ってみる事にしました。

サギャへ行くにも当然許可証が必要ということで、バスターミナルの窓口ではチケットを売ってはもらえません。さて、どうやってバスに潜り込もうかと考えていたところ、数人のチベット人に声をかけられました。
(ここに書いている全行程において、言語はチベット語と中国語のみだったので、会話の手段は、ジェスチャーと絵と漢字少しと『勘』です。)
どうやら彼らはバスやミニバンの運転手で、うちの車に乗っていけといっているらしい。

そこで私達は、40元でラツェ(サギャのさらに先)まで行くというお兄ちゃんについてバスターミナルへ行ってたところ、お兄ちゃんは私達のお金を持ってカウンターへ行き、バスのチケットを買ってきてくれたのです。
外人が窓口へ行ってもチケットは買えない、けれど、お兄ちゃんは出来るだけ多くの人をバスに乗せてお商売したい。
そこで自らチケットを買ってきて、裏からバスに乗せてくれていたのですね。
ちなみにチケットの正規価格も40元。ということは、お兄ちゃんは手数料もなし、騙しもなしで、チケットを回してくれたことになります。

乗客が必要なローカルバスと、交通手段が必要な外人が裏で手を組んで、真ん中に立ちはだかる中国の規制をサラリと無視した格好ですね。
規則を破るのは悪いことかもしれませんが、双方が得をした以外に誰も損をしていないし、人も死んでいないところを見るとオッケーオッケー。

さて、バスに揺られて数時間、ふと外を見ると「サギャへようこそ」の看板が!私達はドライバーに話してバスを飛び降りました。
すると、殺風景な田舎の畑から、素っ裸の男の子達が走ってくるではありませんの~。(パンツもはいていませんでした。)ぎょえ~、誰だ君たちは~!
私達は物乞い少年達にほとんど襲撃された形になり、バックパックや飲料ボトルに伸びてくる手を遮りながら彼らの群れから逃げ去りました。

そして、サギャ(23キロ先)への分かれ道に立って、ヒッチハイクを始めることに。と、そこへ一台の農耕トラクターがやってきました。
荷台には数人のチベット人と穀物の入った沢山の袋が積まれています。私達は、20元を10元に値切ってトラクターでサギャへ向かいました。(地元の人はたぶん5元くらい)
その23キロの道中には沢山の小さな村々があり、トラクターの荷台からチベット族の牧歌的な生活を眺めながら、ようやくサギャへ辿り着きました。

サギャという所は、中国が観光地としての開拓に着手して間もない場所らしく、中国石化(中国のガソリンスタンド)の建設や、街の警備に当る警官や軍人の多さが目につきました。
サギャ二日目には、チベット族のお祭りかなにかが行われていたようですが、あまりに多い警官の数にビビッて、私達は太鼓の音に近づくことも出来ず、仕方がないのでバックパックを担いで農村の小道を歩き始めることに。

5時間強のハイキングの間には、好奇心旺盛な地元の小学生が沢山近づいてきました。
歩けば歩くほど、子供たちの数は増えて、私達は行列を成して農村を闊歩!
カメラを向けるとおお張り切りでポーズをとる子、または、何を勘違いしているのか、「キャー」と大騒ぎして、ジャケットやカバンで顔を覆って逃げ出す子(もちろん面白がって隠れているのです)。
それでも、全員本当に暇そうな小学生達。鼻水を垂らしながらキラキラした眼で、いつまでもいつまでも私達についてきましたよ。

ハイキングにも疲れた午後3時半、再び一台のトラクターをヒッチしました。
民族衣装で着飾ったお姉さんやおばさん、子供3人(2歳くらい)と乳児とおじさんとお兄さんの、総勢12名がすでに狭いトラクターに乗っています。
それでも値段を交渉すると、25元でラツェまで行ってくれるとのこと。荷台はすでに一杯だったにも関わらず、私達の為にスペースを空けてくれました。

トラクターの荷台に揺られながら、皆さん満面の笑みで声を張り上げ、チベットの歌を歌っています。
内面から喜びがにじみ出るような彼らの笑顔に、こちらも親近感が湧いてきて…、うん、こうなったらもう一緒に歌うしかないですね。はい!
そして、実はこのトラクターこそ、私のチベット生活で起きた最大のミラクルだったのです。

お姉さんの一人がしきりにチベット語で何かを説明してきたので、意味は分からないけどオッケーと返してみると、トラクターはそのまま道をそれて畑の方へ突進。
そのまま狭い民家の道を抜け、河原まで来ました。すると突然、お姉さん3人組が勇ましくトラクターの荷台から飛び降りました。
乳児に授乳中だったお姉ちゃんはオッパイ丸出しのまま飛び降り、彼女達は靴と靴下をすばやく脱ぎ捨てると、民族衣装の裾をたくし上げて川の中にじゃばじゃば走っていき、水深をチェックしてトラクターにゴーのサイン。
トラクターは水の中を突っ切って、あと少しで対岸というところでタイヤをぬかるみにとられてあえなくストップ。ここで全員がトラクターを降りて救出作業を開始しました。
乳児を抱え、または幼児を背中におんぶして、しかも民族衣装のまま「ぬかるみ」を素足で走るチベットのお姉ちゃん達。おお~、たくましいのでございます。感動しました!

トラクターはそのまま小さな村の民家で停車。するとみんなぞろぞろとトラクターを降りて地べたに輪になって座り始めました
そして、そこへ村の人たちがプラスチックの容器を持ってぞくぞくと登場してきたのです。なんですの?その容器は…。
トラクターの皆さんはというと、カバンや民族衣装のあわせ衿の隙間から自分のお茶碗やコップを出してきて…、はい、そうです。その場は酒盛り会場になってしましました。

高地でのアルコールは気をつけたほうが良いとのことで、チベット入りしてから禁酒していた私も、ああも勧められると飲まざるを得ないじゃありませんの!
チベットのお酒とやらをぐびぐび。
チベットの飲み方は日本と同じで、お茶碗のお酒が少しでも少なくなると、誰かがすぐに足しに来るので、もう限りなくぐびぐびぐびぐび!

「もう無理よ!」と言ってもそんなものは通じず、今度はだれそれさんの奥さん、次は従姉さん、みたいな感じで次から次へとお酒を酌み交わしまして…、3時間近く飲んだ後ようやく出発!
ところが次の村まで行くと、またもや親戚やらお友達やら(誰か知りませんが)がお酒を抱えて大勢でトラクターを取り囲むではありませんの!
ここでも断ることが出来ずぐびぐびぐびぐび。日も暮れて、やっとまともにトラクターが動き出したのは夜の7時30分でした。

そしてここからラツェまで一時間のトラクターの荷台で、私達はみんなで手を握り合い、大声で歌を歌い、おばちゃんは私の額に自分の額をつけて何度も祈りをささげ、みんなで身を寄せ合って寒い高地の夜道を突き進みました。
しかも、チベットのお姉ちゃんもおっちゃんも、お酒とギャグが大好物!
チベット人があんなにもノリのいい人たちだとは驚きです。
(ネパールのチベット仏教僧院に来て4年目になる私の姉に言わせると、チベット人の会話は基本的に短いギャグの集合なのだそうです。チベット人がちょっと長めのセンテンスを話すのは、唯一お経を読んでいるときだけ!なのだとか。なるほど、どおりでジェスチャーギャグがあそこまで通じるわけだ。)

8時30分、ようやくラツェに着いた私達は、すっかり親しくなった皆さんと名残惜しくも何度もハグをして分かれました。
異色の世界に住む民族の人たちと、歌い続け飲み続け、体を寄せ合って過ごした5時間は強烈な体験でした。

さて、ラツェ三日目。私達はヒッチハイクを試みながら、次の目的地へ向かって少しずつ歩き始めたのですが、約6キロ歩いたところで検問にぶち当たりました。
中国人の振りをしてゲートの隅っこを通り過ぎようとすると、後ろから声がかかり、一人の警官が近づいてきます。う~ん、やばい。
「あら、こんなところにゲートがあったなんて、全然気がつかなかったわねぇ。」とばかりに白を切ってみましたがダメでした。

警官にパスポートを要求されてしぶしぶ提示。
それでも、「パスポートの写真と今の私、あんまり似てないでしょ?大丈夫かしら?」と、帽子もサングラスも取って微笑んで見せると、警官も相好を崩してすぐにパスポートを返してくれましたよ。
オッケーオッケー。やはり許可証は単なる迷信だったのですね。

しかも、検問を少し過ぎたところで、なんとトラクターで一緒だったチベット一家にばったりと再開したのです。しかもそこは彼らの家でした。お互い、もうビックリ!
そこで家に招いてもらい、チベットのご家庭を拝見することに。
決して裕福ではない土壁の小さく暗い部屋の中には100匹くらいのハエと、泥んこの子供たちと、祈りをささげる老婆がいました。

トラクターで親しくなったおばちゃんは、私達のためにお茶碗を何度も丁寧に洗い(食器もかなり泥だらけだったので)、白湯を注いでくれました。
相変わらず腕白な子供たちは、私達にちょっかいをかけてきて、その度におばちゃんは、「コレ!お客さんに何してるの!」と竹の棒で子供の頭を叩き、それからこちらを振り返ってニヤリ。
叩かれたことなんて全然気にしないガキんちょ達は、再び悪さをしてまた叩かれ、おばちゃんはこっちを向いてまたまたニヤリ。
きっとこれが彼らの日常生活なのでしょう。子供達はおばちゃんに頭を叩かれながら元気に成長していくはずです。

さて、この日のヒッチは成果が上がらず、途中でヒョウまで降り始めたので降参してラツェの宿へ戻ることになりました。
ラツェは何もない小さな小さな街なので、普通の人は夜到着して翌朝には宿を去っていくのに、ヒッチに失敗した私達はラツェで3日目の夜を過ごすことになったわけです。アホです。
ところが、ラツェに三日もいる変てこな外人に親近感が湧いたのか、宿のお兄ちゃんが夜になって私達の部屋を訪ねてきたのです。10本のビール瓶を携えて!
言葉が通じないので断れないし、いつも親切だったお兄ちゃんだし、一緒に飲もうよと強く誘われたので、はい、もう飲まざるを得ないじゃありませんの!

というわけで、停電で真っ暗になった部屋にフラッシュライトを灯し、三人で朝3時まで飲みました。お互い理解できる言葉は3言。
チベット語でお兄さん、お姉さん、それから乾杯。以上。
宿のお兄ちゃんの屈託のない笑顔に応える形で、ひたすら飲酒の高地トレーニングに励みました!はい!
(彼は本当に嬉しそうだったのです!照れたような、幸せそうな、素敵な笑顔絶えることなく。)

そして翌朝、いよいよ本格的にヒッチハイク開始。
許可証を無視してヒッチハイクしてきたポーランド人のカップルとイスラエル人のカップルまで途中で加わり、私達は6人で車を探すことにしました。
しかし実は、ここからがヒッチの地獄でした。どの車も検問を怖がって全然乗せてくれない。
レンタルカーはというと、4人で1200元だのと法外に高い。11時間粘って一台も捕まらず夜の8時になりました。

そこで私達は一つの結論に達しました。
『ドライバーの多くが許可証神話を信じている。』と。
そして、昨日歩いて通過した6キロ先の検問がどうやら有名な難所なため、ローカルバスやトラックの運ちゃんは、ヒッチハイカーを乗せてあの検問を通ることを本気で怖れているらしい。
そうか~、ということは、昨日のようにあの検問を足で超えてしばらく行ってからヒッチすればいいってことかしら?

では、明朝早くに歩いて検問を通過するか、今夜中に通過してテントを張って夜通しヒッチをやるか…、とみんなで迷っていた夜9時ごろ、突然背後でクラクションが鳴りました。
振り返ると、私達の宿のボスがハーレーにまたがってこっちを見ているではありませんの!
「うわっ、ボス~!」私達はボスに駈け寄りました。

実はその日の午前中、昨晩一緒に飲んだくれた宿の兄ちゃんが私達の交通手段探しを手伝ってくれていて、おそらくその兄ちゃんが、
「あの二人組み、もしかしたらまだヒッチ出来ずに、~ストリートにいるんじゃないかな」とボスに言ってくれたのだと思います。
ボスは心配になって私達を探しに来てくれたのですね。

そして、ボスは「車、見つかったぜ!」とかっこよく言いました。
車が見つかった??
そうなのです。ボスは地元のコネを活用して、地元のドライバーが集まる酒場なんかを当って車を探してくれていたのです。
しかもランドクルーザーのチャーターで6人でたったの600元。許可証のことも心配するなと言ってくれました。
さすが地元人です。まさにミラクルでした。

翌朝出発した私達は二箇所の検問も問題なく通過。許可証神話は一体どうなっているのでしょう。
とにかく次の目的地にも無事辿り着き、次のヒッチを開始。
トラベルメートのビザの期限が3日後に近づき、私達は多少の焦りとともに、ネパール国境付近まで行ってくれる車を探すことにしました。

しかし、この街はさらにヒッチの地獄でした。金儲けに味を占めた意地汚い運転手が法外な金額を提示してくるのです。二人で1500元。隣町まで700元。など。
7時間のヒッチでもマトモな車が捕まらず、途方に暮れた夜8時、逆方向のラサへ向かうという運転手のお兄ちゃん達が私に声をかけました。彼らは、夕方レストランで顔を合わせた運転手達でした。
「もうこんな時間からヒッチしても捕まらないから、一緒に飲もう」と誘われ、韓国人のトラベルメートは車を探してどこかへ行ってしまったし、標高4500メートルの屋外は寒いし…、なんだか良心的な感じのお兄ちゃん達だし、
「よし決めた!お兄ちゃんよ、一緒に飲もうじゃありませんの!」

ということで、私はヒッチを諦めて、再び飲酒の高地トレーニングに方向転換。
すると、いろいろな情報が出るわ出るわ。筆談とジェスチャーで話したところによると、明朝8時にレストラン前でヒッチか、午後3時にラサから来る車を捕まえれば良い。しかも値段は一人100から150元で、国境近くの村までは行けるとのこと。許可証も心配いらないらしい。

私達は翌朝8時から、運ちゃん達に言われた場所でヒッチを開始し、10時前に一台のトラックを止めました。
そして、レストランの中にいた昨日の運ちゃんの手を引いてきて、交渉に当たってもらうことに。すると決まった!一人100元で乗せて行ってくれるらしい!さすが地元パワーです。
私達は、すっかり親しくなった運ちゃんと握手を交わし、トラックで国境近くへ向かいました。
その後はトレッキングと短距離ヒッチをつなぎ合わせて、ついについに、15日、ビザが切れる一日前に、ネパール国境の町、コダリに滑り込みました。

チベット人たちのお酒パワーと地元パワーとギャグのセンスと、そして何よりも彼らの親切さに感謝感謝です。チベットのチベットらしい豊かさに少しですが触れることが出来ました。
ちなみに、ラサから合法的ツアーを組んでランドクルーザーを使った場合、交通費は5日ほどで一人1200元前後。
違法ローカルヒッチの旅でかかった交通費は、合計375元でしたよ。もちろんトラクター代も入れて(^^)。

またまた長いメールになりましてすみません…。
第3話:旅行者の責任 は、書きあがり次第送らせてもらいますね。

それではみなさん、ごきげんよう。

安希

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