映画『もったいない!』〜食べ物の『モノ化』を考えてみる〜

みなさん、こんにちは。

数日前に、映画『もったいない!』を観に行ってきました。
世界の凄まじい食料廃棄の現実についての映画です。世界で生産される食料の半分近くが捨てられています。まだまだ食べられる食物が捨てられています。お店に並ぶ前に捨ててしまうものも大量にあります。一方で、世界には飢餓に苦しむ人たちがいます。なんでやねん? という話ですね。

もちろん、この食料廃棄の問題は、随分昔から知っていました。総菜屋、飲食店、大学のカフェテリア、コンビニ、そういった場所で働いてきたので、捨てられていく食品の多さには、ただただ胸が痛むばかりでした。でも、慣れないと仕事にならないので、バンバン捨ててきました。それから農業法人でバイトをしたときの「インゲンの仕分け作業」。あれは辛かった。もう、少しでも曲がっている、傷がついているインゲンは出荷できないんです。心痛む作業でした。

映画の中でも、規格に合わないキュウリ、ジャガイモ、賞味期限の近づいた(でもまだまだ食べられる)ヨーグルト、スーパーの棚を埋めるために(余ると分かっていながら)作られたパンなど、「食べられるかどうか」とはまったく関係のない基準で処分される食品がたくさんでてきました。あ〜もったいない!

ただ、私が食料廃棄の問題に興味を持ったのは、やはり途上国を旅していたときです。食の貧困に喘ぐ地域がある一方で、大量に捨てられていく食べ物がある。なぜそんなことが起きるんだろう・・・と、普通の旅人ならみな疑問に思うところです。それに、旅をしていると「食の歪み」も目の当たりにすることになります。世界的な食品メーカーが持ってくる、ケミカルたっぷりな変な食事を食べている地域がたくさんありました。地元で昔から食べてきた芋や穀物や果物に代わって、先進国が持ち込んだインスタント食品が普及していたり・・・。(ネスレーとコカコーラの世界戦略は恐るべしです)

なぜこんなことになってしまったんだろう?と、いつも思います。私たちが贅沢を止めればいいのか?残さず食べれば問題は解決するのか? もちろんそういった小さな心がけも大切ですが、一番の根っこは、もっと違うところにあるように思います。問題は、食べ物が「モノ」として扱われるようになり、食べ物の流通がマクロビジネス(またはグローバルビジネス)に巻き込まれてしまったことです。余剰食料を捨てないと食料価格の下落を招いてしまいます。だから、食べ物がマクロビジネスの一部である以上、価格を維持して利益を上げていくためには、廃棄量を増やすしかない。選りすぐりのものだけを高価格で売り、あとは捨てる、というふうにしないとビジネスが成り立ちません。

でも、やっぱりこのままでは『もったいない!』ですよね。EUで廃棄される年間9000万トンの食料(日本は年間1800万トン)があれば、世界で飢える人たちを3回救済できるそうです。こんな非効率を放っておいていいはずがありません。ではどうすればいいのか?昔、私はとても単純に、じゃあ余ってる先進国の食べ物を途上国へ持って行けばいいじゃんか?と思っていました。地図を上から眺めて、こっちで余ってるなら、こっちへ持って行って・・・という「食べ物を効率的に移動させる」ことを思いついたわけです。

しかし時間とともに、その「食べ物を移動させる」という考え方自体が、実は根本的に間違っていると思うようになりました。たぶん、一番いいのは、「地産地消」に戻っていくことです。現在の非効率と不均衡を生んだ原因は、食べ物をモノと見なし、数値化し、机上の論理で移動させようとしてきたこと、なのではないでしょうか?移動させることによって経済を動かし(輸送、燃料、さまざまなコストを付加し)、数量のコントロールによって値段をコントロールし、利益を出すことに熱心になりすぎた結果ではないかと思います。(これは、ペットボトル化されたグローバルな水争奪戦の問題にも通ずるものがあります)

だから、食べ物はできるだけ移動させないほうがいい、と思います。食べ物は、遠くに行けば行くほど「モノ化(商品化)」します。庭の畑でとれた野菜は、どんなに形が悪くても気になりません。直販所に並ぶ野菜は、少々形が不揃いでも気になりません。でもスーパーで売られる野菜は、ちょっと形が違うだけで敬遠してしまう。それは私たちが野菜を「モノ」として見るようになった途端に起きる現象です。ただの思い込みなのに・・・、不思議ですよね。でもそれが現実です。

映画の中で、アフリカのバナナ農園が出てきます。輸出向けのバナナです。現地の人たちは、先進国が安価で輸入するバナナを作りながら、自分たちは食べるものに困っています。そして、先進国では、少し色が変色したバナナや余剰バナナが、店に並ぶ前に大量に捨てられたりするわけです。せっかくアフリカから運んできたのに・・・。(泣)

2年前の冬、クリスマス前のルーマニアで、ショッピングモールに行ったときのことを思い出します。スーパーの入り口には、山積みになった大量のバナナがありました。共産主義時代にバナナは貴重品だったため、クリスマスだけバナナを食べるという贅沢が慣習になり、今もその名残でクリスマスと言えばバナナです。ただし、入り口に積まれた大量のバナナは色の変色が始まっていて、「クリスマスの終わりと同時に、大量に捨てられるだろう」と友達は言っていました。
「このバナナは、グローバル化(ルーマニアの自由経済化)の負の側面を象徴している」と。

もうすぐまた、バナナが大量に捨てられるクリスマスがやってきます。そして、その頃までにTPPの交渉が合意を迎えているのでしょうか?(アメリカの財務長官がラストプッシュに来るみたい・・)食品の「モノ化」と「もったいない!」がこれ以上進みませんように・・。機会があれば、映画のほうも是非。『もったいない!』

ではまた、ごきげんよう。
安希

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8件のコメント

  1. 岩波新書「バナナと日本人」というおもしろい本がありまして。
    日本のバナナはフィリピン産が一番多くて、でもドールのような巨大農産物会社がバナナ農園の内部を撮影させることは、まずない。
    働いている人には農園の中でしか通用しないクーポンで給料が支払われる、
    労働条件の苛酷さは言うまでも無く、使っている農薬は、とても心配なものがある、など。
    最も古いのは「お茶」ですね、16世紀にイギリスがカリブ海に奴隷制プランテーションを作って砂糖を大量に生産して、三角貿易をはじめたとき、三角貿易の一つがお茶で、お茶を飲む習慣がヨーロッパをはじめ、世界各地で始まって、それはアジア、中東、アフリカが植民地化されるタイミングと本当によく一致しています。
    日本の豆腐がアメリカからはるばる太平洋7000キロを運ばれてきた大豆で作られているのはよく知られていますけど、確かに何か、おかしいですよね。
    でも日本は戦前からベトナムや中国からコメを輸入していて、豆腐の大豆は新しいほうらしい。
    「地産地消」が理想なのはもちろんですけど、何しろ数百年かかってできあがったシステムなので、じゃあ、自分はどうすればよいのだろう?と思います。
    ウォーラーステインの世界システム論とか、エリック・ウィリアムズの低開発論とか、読むたびに絶望したくなります。
    ではアメリカのアーミッシュみたいに自給自足が望ましいのか?
    われわれは、水洗トイレ+エアコン+冷蔵庫を手放すことができるか。

  2. 2ヶ月程前のラジオで取り上げられ、観に行きたいと思いながら、なかなか時間が作れず…。そろそろ上映終わりですよね。
    単身生活、週末だけままごと程度の自炊を実施中。「ロスフード」を目指しゴミはなるべく出さないように心掛けています。が、無意識に手にする野菜や果物は、形や色のいい物を選んでますね。見た目悪くても味は、一緒だろうに。来週から、出来の悪いやつを拾ってみましょう。
    今年の夏、エアコン使いませんでした。高校野球見てて頭痛したのは、軽い熱中症だったのでしょう。平気です。
    炊飯器は、しまいました。土鍋を使いガスで炊いてます。意外に簡単で美味い。
    先週末、冷蔵庫の電源抜きました。寒くなってきたので。
    ウォシュレットの便座ヒーターと温水は春から切ってます。今朝は、しびれました。
    家族には無理でしょうが、一人では、楽しんでやってます。

  3. とりあえず、東京一極集中を見直してはどうでしょうか。
    地方は、住み良いですよ。

  4.  富山賢人さんの言うとうり、東京および首都圏の住生活の貧しさは地方に行くと実感できます。東京・大阪・名古屋などの人口集中地帯は人の住むとこではないと思います。
     で、食生活はどこと言わずこの国全体が「もったいない」の気持ちがなくなっています。
     北海道を半周してきましたが、首都移転をしなければいけないなと強く感じました。
     北海道には少なくなったけど専業農家がいるので農村の美しさはヨーロッパに負けないと思いました。
     「もったいない」が世界に広まるようにしたいと思います。
     東京には「おもてなし」なんかどこにもありませんから…。

  5. 首都移転するなら皆さんどの辺がベターだと思われますか?
    私は全て東京から首都機能を去勢する必要は無いと感じます。その代わり日銀を大阪へとか、最高裁を仙台へとか、国連大学を広島へとか、アジア開発銀行を福岡へとか、その様な感じの『分都』ならありかと思います。

  6. 「まちだのやま」さんのご指摘に従い、「富山県人」改め
    以降、「富山賢人」と名乗ります。
    決して、「賢人」ではありませんが・・・。
    昨日、とある、(「某」というのでしょうか)教育機関で30分ほど
    「講義」と言うか、「畜産のお話し」をしてきました。
    栄養学を専門とする学生が対象でしたが「もったいない」
    については、想像以上に関心が薄い事に愕然としました。
    一方、100人ほど参加した学生の中に、数人は「食する」
    ということに関心がわいたとの、感想が寄せられたのが、
    救いです。
    私自身「命をいただく」「食する」「もったいない」
    などなどの普及について、今一度考え直したいと反省しました。

  7. 東京都には、国民の1割が住んでいるので人口密度が過密だと思います。
    地方に分散して住んで、地産池消を進めて、「食糧のもったいない」を実行
    すれば良いと思います。
    首都機能の一極集中は、私はむしろ、去勢する必要がなく
    集中しているほうが合理的と思います。
    日銀は航空写真では「円」になっていしね。
    こんなに小さき国土ですが、もう少し、東京都の人口を地方移住して
    薄めていいんじゃないかと思います

  8. 富山の賢人さんへ、
    >東京一極集中を見直してはどうでしょうか。
    何故東京に一極集中しているんでしょうかね?
    文明社会に生きる=>現金収入必須=>労働対価を得る=>企業へ就職=>企業先が一極集中
    地産地消(ここでは「同一地域における労働者を同一地域企業で賄う」ことを意味する)できるほどの企業が地方にあるんですかね?
    好き好んで東京住んでるわけじゃありませんがな。w

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