204.北朝鮮に行ってきました。車中編2 
(新義州―平壌)

皆さま、こんばんは。
北朝鮮の車中編パート2です。車中で出会った人たちの振る舞い、そこから感じ取った市民の様子。それから後半では、金日成、正日親子や、恐怖政治についての感想を少し書いておきます。

■ エリートだけど普通のおじさん

列車のコンパートメントで一緒だったおじさん二人とお兄さん。お兄さんは、新義州の人ですから、入国審査後に下車しました。その後は、〝たぶん”ビジネスマンのおじさん二人との長い列車旅でした。新義州から平壌までの距離は、約225キロですから、日本の新幹線だったら、だいたい1時間半くらいの距離です。(のぞみは東京―名古屋間366キロを1時間40分で走行)。距離にして東京―浜松より少し短いくらいの間を、約11時間かけて走っていくわけですから、どんな列車かと言えば、はい、超スロー列車です!

私はゆ~っくりした列車の旅が大好きなので、良い思い出となりました。それに、平壌市内では、ガイド(監視)が付き、一般市民との交流は一切ありませんから、往復の列車の中が、いわば唯一の自由行動時間でした。

さて、コンパートメントのおじさん二人は、とても良い人たちでした。もちろん、国外への旅行が許されている身分ですから、北朝鮮では超エリート階級の人たちと言えます。でも、特権階級の金持ちっぽい嫌味さが全然なく、高い身分を鼻にかけたような態度も、逆に鼻につくようなジェントルマンぶりもなく、だからと言って外人である私に変な媚びを売ることもない。素朴で、おちゃめで、穏やかなおじさんたちで、本当に楽しい旅でした。ベタベタしない、普通にいい人。

二人は、いっぱい食糧を持っていて(キムチやらナムルやらい~っぱい!)、お弁当を一緒に食べましょうって誘ってくれました。それから、北京で買ってきたKFCのハンバーガーとミルクコーヒーも!(って、冷えてるじゃんか~!)KFCは日本でも食べられるし、それに、知り合って間もないときから、おじさんたちのキムチとKFCをバクバク食べてしまうようなお下品なことでは、やはり日本女子の面目がつぶれると思い、柄にもなく控え目に対応(本当はパクパク食べたかったけど・・)。「ありがとうございます、お気持ちだけありがたく頂戴いたします」みたいに、すまし顔を決め込んでみたのでした。ほっほっほ。ねっ、おばちゃんらしくないでしょ?(笑)

そうこうしていると、今度は魚の乾物がい~っぱい出てきて、おじさんは魚の皮をせっせせっせと剥ぎ、中身をこっちに回してくれる・・と。(長時間の列車の旅って、経験者なら分かると思いますが、やたらとお腹が空くんですよね。食べることが最大にして唯一の楽しみですから、何かしらずっと食べている)。おじさん、身の大きい部分は、全部私の方に回してくれるんですよね。しかも乾物ってむちゃくちゃ硬いので、噛んでも噛んでも呑み込めない・・・。従って何度も言いました。
「硬くて、まださっきの分も呑み込めてないので・・・。もう十分ですので、あの~このくらいで・・・ほんとに。おじさんも食べてください、もっと食べてください!」と。
でもおじさんはもう、はりきって皮を剥いてくださる。剥きまくってくださる!そして栄養のある目ん玉は、全部私にくれるんですよ。目ん玉が出てくる度に、わぁ~~おじさま、また私が食べるんですの~~~、またですの~~ひえ~、と言いつつ、食べる。(笑)するとついに登場、韓国の焼酎。もうここまで来たら、宴会です。潔く、出されたものは食べ、出された酒は飲む。とにかく、魚だけでなく、みかんや乾燥フルーツも含め、ず~っと食べてました。

私が中国で買っていったカシューナッツもみんなで分けて食べましたが、初めてだったようで、最初は不思議そうな顔をしていました。でも最後は、「美味しい、美味しい」といって、全部食べてくれました。コンパートメントに入る前、誰と一緒になるんだろう?北朝鮮の人っていうのは何者なんだろう?と、心配もありましたが、超エリートおじさんたちは、警戒するような人たちでは全然なかったです。日本食では、そうめんが好きだと言っていましたよ。(要するに、冷麺好きの朝鮮の人ですから、単に冷たい麺が好きなだけじゃん?笑)

■ えっ、それは日成でしょ? 

愛嬌があるのは、何もこのおじさんたちだけでなく、おじさんの友達だという車掌さんと、その上司もです。上司は、軍服みたいな格好で、さすがに威厳がありましたが、でも明らかに暇そうだったし、彼なりのおやじギャクに気づいてもらいたそうでしたね。(笑)我々のコンパートメントに入り浸る北朝鮮のおっさん達(列車の職員または警備員)。たまにヒソヒソ話もしていましたが、乗り合わせた外国人が、な~んにも知らない(密告もできない)日本のおばちゃんで、きっと向こうも良かったんじゃないか、と思います。みなさん屈託のない笑顔というか、スレてないというか、日本も昭和はこんな感じだったのかな~と思わせる、ほのぼのとしたところがありました。

とくに車掌さんは、おっちょこちょいで、ひょうきんなおっちゃんで、しかも暇なのでず~っと一緒にいたわけですが、その時に、金一族のことが少し話題に出ました。彼らが何を言っていたのかは知りませんが、私の方を見て笑っていて、その中に「ジョンウン」という名前が混じりました。「ん?ジョンウンが何か?」とは思ったものの、新しい指導者のことは、どの程度話題にしていいのか分からなかったので、話を少しだけずらしてみることにしました。(私も含め、全員が酒を飲んでリラックスモードという条件だったので、勢いに乗って・・・)
「こちらは確か、金日成様ですね?」
と、車掌さんの胸についた金日成バッジを指さして言いました。

すると車掌はビシッと背筋を伸ばし、
「きみきみ~、ダメだよそんな指なんか指しちゃ!こちらは金日成主席様です!」
という感じで、胸のバッジになった金日成様様様~を、両手の平にお乗せするような仕草をし、金日成主席の偉大さを述べる口上のようなものを、ハキハキと最後まで述べたのでした。
あら~~、それは失礼いたしました。大変ご立派なお方ですのねぇ~~。

けれど、その一連の動作の間、彼の顔は笑っていたんですよね。決してバカにはしていないし、一応尊敬はしているんだけど、日本で言うところの、「よっ!社長(将軍様)!素晴らしい!」みたいな雰囲気がどこかに感じられた。
私がこれまでに観たことがある北朝鮮の映像は、全てシリアスでした。悪ふざけも、冗談も、愛嬌も、ちょっとした笑いも、そういうものが一切介在しない、一瞬の隙もないような映像ばかりでした。その反動もあって、バッジの金日成様様様~を手の上に乗せながら、ちょっと冗談っぽく口上を述べる彼の姿は新鮮であり、また、どこかホットさせるものがありました。

イカツイ上司もその隣に座って、微妙な顔(照れてる?笑)をしておりまして・・・、すると車掌に続いて、自分のバッジも手のひらに乗せるような仕草をして、「金日成様!」とやるので、おばちゃんは彼に言いました。
「あの~、それ日成様じゃなくて・・・正日様じゃん?」
すると上司は自分の胸元を確認。そこには、間違いなく正日様が、ポチッとくっ付いておられまして・・・、
「ああ!これは間違いました。金正日将軍様です!」
と言い直し(ええ加減じゃのぉ)、ささっと去って行ったのでした。

■ 金日成バッジと、息子バッジと、親子バッジ

周囲を見渡した感じでは、一番多いのが金日成バッジ。次に、金日成と金正日が並んで載っている四角いバッジ、つまり親子バッジ。そして、2011年に死去したばかりの金正日のバッジは、実はあまり見かけませんでした。金日成が建国の父として神格化され、尊敬されている(そうでない部分もあるだろうけど)のに対して、その息子正日に対する人々の目はどんなものだったんだろうか・・・と。

平壌到着後、市内を回ってみて改めて感じたことですが、尊敬されるに値するもの(北朝鮮国内の価値観において)を残したのは、金日成であって、金日成の94年の死去以来、時が止まってるような印象でした。金正日は、尊敬されていたのではなく、民衆に、尊敬しているような舞いを強いること以外に、何もできないまま世を去って行ったような気がしましたね。だって、国の根幹にかかわることは、全て金日成がやり終えていて、平壌でも「これが金日成主席が残した・・・」という偉大な遺産(北朝鮮にとっては)はあっても、「これが金正日総書記が残した・・・」というものは、一つもなかったですから。もちろん、親子バッジがあるように、街中の肖像画や銅像には、金日成の隣に、ときどき金正日が並んでいたりはしますが、正日単独で・・・というのはほとんどないですし、何より話題に上らない人という印象でした。

そして、偉大な父の後を継ぎ、父に対して、また彼自身には不似合いだった家柄や地位ゆえに、ある種の強いコンプレックスを持たざるを得ないような状況(運命)に置かれたことで、金正日は恐怖政治をやる以外になかったのだろう、と思いますね。実力では圧倒的な支持を獲得(維持)できないわけですから、もう血も涙もないことをやって「尊敬してます」と言わせるより他ない。外見的なコンプレックスもあったかもしれないし、いづれにせよ普通にしていたのではポピュラリティーを獲得できない自分の限界に気づいていたと思います。金日成は、一般家庭から上り詰めていったある意味での実力者ですが(彼は建国と恐怖政治を両方やった)、世襲の正日に関しては、父が金日成でなかったら、絶対に国のトップには立てなかったであろう人物であり、また本人にしても、立たなくて済んだ、はずです。国民も、彼自身も、なんだか不幸。

※ 少し話は飛びますが、歴史を見ていくと、恐怖政治を引き起こした独裁者には共通点があります。コンプレックスです。それは血筋であったり、身体的なものであったり、能力の問題であったり、その他であったり、いくつかの複合であったり、いろいろですが、必ず、コンプレックスがあります。ヒトラー、スターリン、ポルポト・・など。裏を返せば、強いコンプレックスがないと、民衆を強烈に惹きつけ煽動していくのは難しいのかもしれません。一部の民衆を強く引き付けるもの=破壊による不満の解消と優越感の獲得 というメカニズムを理解するには、強いコンプレックスが必要だからです。

民衆は、金正日総書記のことを表面的には「偉大な将軍様」と言いますが、そこには、金日成に向けられていたような尊敬や愛着のようなものは全くないと感じました。

私は、世代的にも金日成のことはあまり知らないし、印象にもなかったので、金日成も正日も一括りにして金独裁ファミリーという認識しかなかったわけですが、現地でバッジを見たり市内を回ることで、この親子の間には計り知れない差がある(あった)ということを知りました。世代がかわっても、この国の民にとっての偉大な人(少なくとも、そう語られている人)はただ一人、金日成だけ。(憶測だけど、現地ではそのような印象を強く受けました)。

さて、バッジの話と金親子の話で、パート2はお終い。
パート3では、車中からみた景色や駅の様子について書いていきます。
あと、画質はすごく悪いですが、車内から撮影した写真をたくさんUPしますね。

ではでは。ごきげんよう。

安希

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2件のコメント

  1. 新義州から平壌までの距離は、約225キロを11時間!!!びっくりしました。でも親しみの持てる人たちが出てきて読んでいる私は思わずニコニコしてきました。日本で北朝鮮の映像に出てくる人たちとは思えない愛らしさにびっくりしています

  2. 百聞は一見にしかずですね!おばちゃん〔おばちゃんじゃないww〕のレポートにわくわくです^^

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